第2話 山田君と月曜日 二回目~
2030年2月10日 月(二回目)
俺は自宅のベッドの上で目が覚めた。時間は朝七時ちょうど。どうもここがセーブポイントらしい。
体に異常はないのもいつも通りだ。
先週、車にはねられて死んだはずの俺だが、なんの因果か恋愛の天使シェリエルの力でこうして生きながらえている。まあ、そこら中に即死フラグがうようよしている状態が、健全な生命活動と言えるかどうかは疑問であるが。
月曜日は
この曜日だけは、俺のことを「タケル」と呼ぶ。ただし二人きりのときだけ。
どういうわけだか月読は月曜日だけぐいぐい来る。他の曜日はまるで会ったこともない人間のように振舞うのに、この曜日だけはやけに積極的な娘さんになるのだ。
「今日は休むか……いや、この前は家で殺られたな。どうあっても近づいてくるのであれば、むしろこっちからたくさん話しかけて、喋らせないぐらいの気迫が必要かもしれん」
もそもそと朝ご飯を食べ終え、義理の妹と洗面所で歯磨き場所の争奪戦を繰り広げた。
「おにぃ、邪魔! あたしの番だってば!」
「うっせ。俺だって今日は気合入ってんだよ」
「彼女もいないくせに……いないよね? でしょ?」
「当たり前だろ。馬鹿なこと言ってないで早く磨け」
そんなやり取りも終え、戦いの時間が始まる。
行くか、戦場へ。
俺は壇ノ浦の合戦に挑む平家武者のような気持ちで学園へと向かう。孤立無援の孤軍奮闘。友達の誰が死に戻りなんて信じてくれるのだろうか。この問題は俺が乗り越えなくてはいけない課題だ。命を救ってもらえたからには頑張らねばなるまい。
革靴を履いて玄関のドアを開ける。頭の中は常にフル回転だ。悪いが今日はトップスピードで物事を進めさせてもらうぞ。
バタン。
出た先で待ち受けている月読伊緒。
「おはよう、タケル。愛してるわ」
アアアアウウウンン!
ごぼりと血が口から吐き出される。
出待ち。まさかの出待ちだった。
畜生、こいつのパターンが読め……ない……。
俺は家族の悲鳴と、月読の泣き声に見送られ、再び天国の門をたたいた。
――
「お主、もうちょっと粘れんかのぅ。今の死でまた一つのカップルが破局する運命になったぞ」
「ドア開けたら即死とか無理ゲーですってば。こうシェリエル様のほうで月読の行動を制限できたりしないんですか?」
「無理じゃなー。神は本来、緊急事態以外干渉できんのじゃ。お主に命を吹き込むだけで精一杯よの」
「もうこの月曜日で詰んでないですかね……」
いや、頑張れ俺。先週も乗り切ったはずだ。月読の行動を察知し、その裏をかく。
俺に必要なのは情報と狡猾さだ。
「まーた体が透けてきましたね。それじゃあ行ってきます」
「簡単に死ぬではないぞ。あとで始末書を書かされるのは妾じゃからのう」
神の世界も書類主義なのか。誰も知ることのない天界の真実を知ってしまった。
――
2030年2月10日 月(三回目)
またベッド……か。もうこれ以上は死にたくないな。
いくら生き返れるとはいえ、死ぬときは超絶苦しい。穴という穴から血液が噴き出してくるのは、常軌を逸している痛みなのだ。
「玄関は危険だな。よし、トイレの窓から出るか。それならば読み切れまい」
洗ったばかりの、モスグリーンのベッドシーツ上で、俺は作戦を練る。大丈夫、学校まで行けば撒ける。どうにか月読の機先を制して、決定的なワードが出るのを防ぐのだ。
登校とはスニーキングミッションである。見つかる前に舞台を整え、決定打が出る前に逃げるのが賢明だ。
「しかしNGワードが多すぎるんよなぁ」
好き、愛してる、つきあって。それに類する言葉は軒並み死ぬ。
文章、手紙、板書。文字系もアウト。手を握られる、抱き着かれる、キスされるのは言わなくてもわかるだろう。
月読伊緒は日常の行動で愛を混ぜてくるから、本当に始末に負えない。
「こんにちは山田君。教科書を見せてくれないかしら。好きよ」
「あら、ネクタイが緩んでるわ。愛してる」
「窓を開けてくれる? それから私とつきあって」
とか。
回避できる気がしないが、やらないと明日にならない。
この死に戻りの何が恐ろしいって、相手の行動が俺の行動によって変化するというところだ。完全なパターンは少ない。
一回登校拒否をしたことがあったが、Lineで告白文が流れてきて無事死亡した。
「おし、人影無し。行くか……」
もう不審者丸出しだが仕方がない。何度も血反吐ぶちまけたら、先に精神が死んでしまう。背に腹は代えられないというものだ。
――
「校門には……いない。玄関もよし。OK、今回の月読は教室に直行したか」
人ごみにまぎれ、ひたすらに気配を消して靴を履きかえようとして、手を止める。
昇降口の靴箱が……ちょっと開いてる。
くそ、これか。
恐らく中身は手紙かもしれないが、俺にとっては爆発物が仕掛けられているに等しい。ちくしょう、こええ。
「な、なあ佐藤。ちょっと頼みがあるんだが」
クラスメイトを呼び止め、申し訳ないことを頼むことにした。
「悪い、ちょっと今日手を怪我しててさ。すまんが靴箱開けてくれないか?」
「ん? ああいいよ。ほれ」
「ありがとう。あいててて」
チラリと中身を見る。
そして速攻で首を横に向ける。
「おい山田、なんか紙が貼ってあるぞ。おいおい、やるじゃねえか。これって……」
「いい、言わなくていいから! いたずらが多くてさ、最近。ははは、悪かったな佐藤。今度お礼するから!」
あっぶねー。靴箱の裏に白い紙面を見た瞬間に、血液が逆流するような危機感を感じたのは正しかった。
確実に愛の言葉がガッツリと書かれてるに違いない。そんなもん見たらまた即死するに決まってる。
俺は目をつぶり、手探りで靴を履き替えて靴箱を閉める。一瞬たりとも気が抜けないのは理解していたが、毎回手を変え品を変えアプローチしてくるのは勘弁してほしい。
「目を閉じてると危ないわよ、山田君」
「…………わぉ」
隙を生じぬ二段構え。
月読伊緒は俺を観察していたのだ。
「おはよう月読。今日も元気そうだな」
「目を見て話して?」
大丈夫? 死なない?
いや、待て。こいつを自由に泳がせるほうが危険だ。会話の主導権を握って、一方的にまくしたてる。多少ネジが飛んでる人に見えるが、命には代えられない。
「今日の一時間目なんだっけ」
「数学。ところで――」
「いやー、俺数学苦手でさ。この前のテスト13点だったんだよね。赤点だよ」
「それは大変。私が教えてあげるわ。そうそう――」
押せ。押せっ。
「月読は頭いいからな。大学は良いところ行けるんじゃないか? 俺とは大違いだな! 羨ましいぜ」
「同じ大学に行くわ。だから私と――」
「あー、トイレ! 漏れる漏れる。わり、先に行ってて!」
「私もご一緒するわ」
「いや、それはないだろ」
うぐ、思わず素に戻っちまった。月読を見ると、にんまりとほくそ笑んでいる。こいつ、俺が適当に喋ってるのに気づいていたんだな。
「ねえ山田君。今日のお昼だけど」
「あ、うん。購買でパンを買おうと……」
「私、今日お弁当作ってきたの。いつもの生物準備室で会いましょう」
「お、おう。ありがとう」
じっと俺の目を覗き込む、真っ黒の瞳。
「ねえ……隠し事してないよね?」
「してない……と思うけど」
うお、沈黙が怖え。月読は俺の背中に回り、すんすんと鼻を鳴らしている。
「何を嗅いでるんですかね」
「他の犬の臭いがしないかどうか、ね。まあいいわ、トイレ行くんでしょう?」
「あ、ああ。それじゃあまた」
脱兎のように、で合ってるかな。俺はしたくもない小用のため、一心不乱にトイレへと向かう。くそ、背中に突き刺さる月読の視線が痛い。
適当にホームルームの前までトイレで過ごし、ドアに手をかけてためらう。
「いない……よな?」
めちゃクソ怖い。
耳を当てて外をうかがうが、人の気配はしない。キィ、ときしむ音をたててゆっくりとドアを開ける。
いない。よし、誰もいない。
俺は余計なことはせず、真っすぐに教室へと向かう。
何も見ない。何も聞かない。そして多弁。とにかく月曜日はチャラ男で過ごす。
いっそ月読も呆れてくれればいいのにと思いながら、俺は自分の席に着いた。
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