恋愛弱者の山田君 告白されたら即死亡、フラグをすべて叩き折り、大好きなあの子に想いを届けたい!
おいげん
山田君はすぐに死ぬ
山田君と月曜日
第1話 山田君と月曜日 一回目
2030年2月10日 月
月曜日は憂鬱だ。それは学生も社会人も、なんなら児童もそうだろう。
今受けている日本史の授業ってのは中々に興味深い。
日本書紀にて
ヤマタとは首が八つあることだ。某国民的漫画の眼鏡主人公が、「首は八つだからナナマタじゃないの?」と突っ込んでいたが、それは間違っている。
祟り神、厄災の神、水神。多くの権能を持つ強力な邪神というのがおおよその見解だろう。
「—―その尾には
「
「はい」
日本書紀の時間、滅茶苦茶長いな。いくら日本史オタだからっていって、導入で五時間も費やすのはいかがなものだろうか。
担当の
私立
指名されて続きを読んでいた俺、
隣を横目で見ると、先ほどまで音読していた
クールビューティーなんて言葉は今では陳腐化してしまっただろうが、彼女を表すには合致しすぎている文字列だ。
黒く長い髪は腰まで伸びており、一本一本が光を放っているように艶やかだ。天然の細い眉と猫のようなすました瞳、出るところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる、人類垂涎の体をもっている。
月読の口元が密やかに動く。
『は、や、く、よ、ん、で』
わかってるってばよ。でも流石に教師をまるっと無視して、女子からの手紙を見るわけにもいかないだろう。もうそろそろ勘弁してほしい。
「よし、では次—―」
一仕事終わった。古語はどうしてこう難解な文字が多いのだろうか。
アルファベットやラテン語は昔と大幅に変わらず使われているのに、日本語の移ろいは激しすぎると思う。
さて、月読はなんと書いてきてるのだろうか。俺は机の中に手を突っ込み、ガサリと紙をほどいて目を通す。
【はいてない】
ぶー--っ。
こいつ、何を言って、いや書いて……。
顔を静かに月読に向ける。ごくり、と喉が鳴ってしまうのは、俺の修行不足からなるものだろう。
俺の視線に気づいた月読は、誰にも見つからないようにそっとスカートの裾を上げ始める。ゆっくりと、カタツムリが這うように。細いが決して痩せぎすではない、肉感のたっぷりとある足の付け根が目に飛び込んでくる。
本来はくべきものが存在するところには、肌色の新雪が広がっていた。
(やめろバカ、こんなところで露出とか自殺行為だぞ)
俺の心を理解したのか、月読の顔には羞恥や屈辱ではなく、嗜虐的な嬉しさを目に浮かべている。わずかに上気させた桃色の頬がなまめかしい。
授業を終えるチャイムが鳴る。月読は一瞬でいつもの無表情に戻り、何も起こっていませんよ感を出して教科書を片付けていた。それが妙に腹立たしい。
今日は月読伊緒の日か。これから起こるだろう出来事を想像して、俺は暗澹たる気持ちになる。
月読に目で合図される。彼女は外をチラと見て、顎を軽く振った。
今日の昼休みは穏当に過ごせそうもない。俺はポケットに手を突っ込み、あたかも購買にでも行くような
月曜日に誘われる場所は決まっている。
鍵が壊れている生物準備室は、今まで俺たち以外に姿を見たことがない。俺は人目がないことを確認し、そっと中に入った。ホルマリン漬けの薬臭いサンプルたちが、無機質に出迎えてくれる。
とてもではないが、食欲のわかない部屋だ。
からん、とドアが開く。俺に遅れること一分。月読が部屋を訪れた。
「お待たせ」
「そんなに待ってはいないけど。おい……さっきはなんであんな真似したんだ」
「今日は暖かいから。タケルへのお土産に、朝まではいてたのをあげようかなって」
「いらないから。いや、うん。見せなくてもいい」
月読はポケットから薄緑色の布を取りだそうとしていた。こんなところで渡されても何に使えばいいというのか。ランチョンマットにパンツとか、狂気の沙汰っスよ。
「いっぱい匂いついてるのに」
「問題はそこじゃない。何もないなら帰るぞ」
「ふー」
猫みたいに威嚇してくる。そのパンツ食ってやろうか?
月読の眉が吊り上がっている。俺の上履きをぎゅっと踏みしめ、憎らしそうな視線をぶつけてきていた。
「浮気したでしょ」
「してないが。というか俺たち付き合ってすらいないだろ」
「妹さんのシャンプーの香りが強い。タケルは嘘つき」
「家族なんだからそりゃ仕方ないだろ。それで……今日もか」
少々の間があり、月読は大きな弁当箱を、大きな胸の前に持ち上げる。
「作ってきたから。一緒に食べよ」
「用件はそれだけ、だよな」
「ええ、多分」
意味深な微笑を一つ。月読は俺の隣の椅子を引き、生物準備室のくたびれた机の上に二人前の弁当を広げていく。
唐揚げ、ポテトサラダ。ハンバーグに白身魚のフライ。白米に梅干しは日本人のソウルフードだ。
「しかしなんで毎回月曜日なんだ? いつもは月読は購買だろう。この日だけ作るのは大変だろうに」
「月曜日はラッキーディだから。それに料理なんて大したことないよ」
「……そうだな、レンジでチンは割と時間かかるもんだしな」
太ももをつねられる。手弁当を振舞ってくれている月読伊緒は、料理が壊滅的にできない子だ。
以前自作と称して持ってきてくれた弁当は、まるで何かのサナギのようだった。箸をつけた瞬間に、奇怪なクリーチャーが生まれてきてもおかしくレベルなほどに。
「はい、あーん」
「自分で食べたいんだが」
「今日は何曜日?」
「月曜日、だな」
月読は月曜日にだけ迫ってくる。月読にとって一日だけの特別な日らしい。
「唐揚げ。お口を開けて」
そう
「唐揚げじゃなかったのか」
「体をあげるって言ったの。聞こえてなかった?」
ラノベ主人公特有の、難聴スキルは持っていない。
月読は、俺が絶対に手を出さないことを知ってか、教室での一件のように挑発もエスカレートしていく。
「冗談よ。はい、あーん」
「いただきます。あぐ、むぐ」
「どう、おいしい? いい子だねタケル、愛してるわ」
アアアウウウンン!
瞬間、血液が凝固したかように、体の自由がきかなくなる。寒気などを通り越して、凍りついたと錯覚するほどに。
「た、タケル!?」
俺の口から大量の血が吐きだされ、そのまま床に倒れ伏す。ああ、硬い。体温を失っていく体でもその無機質さは十分に感じられる。
「タケル! タケル!」
「あ……が……」
もう目が見えない。月読が泣いているのか、笑顔でいるのか、もう何もわからない。ただ一つ言えるのは、俺はまた死ぬということだけだ。
張りのあるメゾソプラノの声をバックミュージックに、俺は意識を手放した。
――
ぷかぷかと雲の海をただよう。俺はまた戻ってきてしまった。
はぁ、嫌味かお説教か。俺も好きで死んだわけではないのだから許してほしい。
「なんじゃお主、まーた死んだのかや?」
呆れた声で俺を出迎えたのは、自称神。それも恋愛の神シェリエルだと言い張っている。聞いたこともない神様だが、こうして顕現しているのだからしょうがない。
「いや、あの状況は無理ですよ。この前月読の誘いに乗らなかったら、教室で告られたじゃないですか」
「まったく、情けないやつじゃのう」
見た目は中学生くらいだろうか。栗色の巻き毛と、青い瞳は典型的な西洋人だ。
頭の上にこれ見よがしに輪っかが光っており、背中に羽がついていてパタパタと浮いてなければ、子供のたわごとだと思ってスルーすることだろう。
「お主が死ねばその分、世界から恋愛の赤い糸が消えるのじゃぞ。それはやがて強い呪いになってお主を締め上げるじゃろう。上手く女子たちの心を冷めさせ、一秒でも長い時間生存するのじゃ」
「そう言われてもですね……」
曰く、俺は【恋愛特異点】とかいう謎の人間パワースポットらしい。俺が一日生き残れば、その分世界で誰かが愛を育める。逆に俺が死ぬと、成就するはずだった恋が無残に散ってしまうそうだ。
生きる運命の赤い糸の機織り機。俺が以前死んだときに、生き返ることを条件としてこの天使と交わした契約だ。
どうも人類は少子化だとか恋愛忌避だとかで、絶滅の危機にあるらしい。その状況を打破するために、現世に生きる人間を依り代として恋愛の力を高めるそうだ。
神様のお仕事や仕組みは俺にはわからんが、とにかくやるべきことは一つ。
【誰からも愛の告白をされてはならない】
告白されれば即死する。そして世の中から愛が一つ減る。
過剰な期待と使命を背負ってしまった俺は、日々フラグを叩き折ることに精進しなくてはならない定めとなった。
「とにかくお主は死ぬでない。そのためのセーブ能力じゃろうが」
「死んでから発動とか、遅すぎやしませんかね……」
「まったく、よわよわな男じゃのう」
「すいません……」
「お主の希望通り、例の娘からだけは愛情を受けても平気な体にしておるのだぞ。お主の恋愛が成就すれば、これまでにないパワーが集まるじゃろう。期待しておるぞ」
「やってやりますよ……きっと、いつか」
この物語は、即死する恋の赤い糸とタイムリープする力を与えられた、俺の恋愛回避生活だ。
さあ、また月曜日が始まる。
行くぞ、月読。今度こそお前の攻撃を退けて見せる。
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