第33話 桜の花と記念写真
菜種梅雨という言葉があるように、冬から春への変わり目は雨が多いものである。
「なかなかお散歩日和にならないものだねえ」
彼は雨雲に恨むような視線を向けている。せっかくの有休消化日だが、今日も雨だ。お出かけはお預けになる。
「この雨風で桜が散ることがなさそうなことだけはありがたいですよ」
ずいぶんと遅い開花宣言になったが、ここ数年が早過ぎただけなのだ。今年は満開の桜の下で入学式を迎える人も多いだろう。
私からしたら、桜は出会いよりも別れのイメージだなあ。
私のときは卒業式に桜が見頃になっていたことを思い出す。ふと、スマートフォンを手に取って昔の写真を表示させた。
あどけなさが残る顔が並んでいる。半数は進学で上京し、もう半分は地方の国立大に進んだ。高校はそもそも進学校ではあったのだけども、私の代はとりわけ優秀なほうだったと聞いている。
みんな元気なんだろうか。
「またげぇむかい?」
あきれたような視線を向けられて、私は頬を膨らませる。
「いつもゲームをしているわけじゃないですよ。今日のデイリーは終わってますし」
「げぇむ、してるじゃないか」
「だから、違いますよ」
証明するように、私は彼に画面を向けた。彼はマジマジと見つめている。
「写真?」
「はい。高校の卒業式のあとに撮ったんですよ。みんな進路がばらけてしまうので、記念にって」
滅多に自分たちの写真を撮らないタイプの集団だったので、こうして仲が良かったメンバー全員が写っているのは珍しい。
大学生になって就活が始まる前に一度集まったが、全員は来られなかった。また集まろう、次は誰かの結婚式だったりするのかななんて話をして別れたのに、流行病で叶わないまま今に至る。
……結婚、私が一番乗りになると思ったのにな。
卒業時にも、大学生のときも、私には幼馴染の恋人がいた。地元が地元なので、結婚式をするなら盛大にすることになると思っていたから、みんなを呼ぶ口実にはちょうどいいと考えていたのに。
期待していたようにはならなかったし、結果からすれば別れて正解だった。私にとっても、あの人にとっても。きっとこれでいい。
「いい写真だねえ」
「桜も綺麗ですし、素敵でしょう?」
「うん。でも僕は梅の方が好きだけどね」
そう返されて、私は納得する。
彼は梅の花の方が好きだろうと予想はしていた。彼の髪からはいつもほんのりと梅の花の匂いがするから。
「あー、梅の時期は仕事が立て込んでいましたからね……」
「次の機会を楽しみにしているよ」
そんな機会があるのか謎ではあるけれど、一緒に眺めているところを想像できたから私も楽しみにしているのだろう。
「ふふ……写真かあ……」
「花見に行けたら、記念に撮っておきます? 桜を添えてになりますが」
憧憬の感情を察して私が提案すると、彼は柔らかく微笑んだ。
「僕が写ってもいいのかい?」
「そもそも写るんですかね」
彼は怪異だ。自称神様な怪異。
素朴な疑問に、神様さんは笑った。
「昔のふいるむに写り込めることは確認しているけれど、その機械にどう写るのかは試したことがないなあ」
「ほう……?」
好奇心が湧く。私はスマホのレンズを神様さんに向けた。
「おや、今試すのかい?」
「部屋が片付いていないんでここでは撮りませんよ」
シャッターを切ったらどうなるのか不明だが、レンズ越しに彼を捉えることはできるらしい。スマホの画面に彼は表示されている。
ほんと、良い顔だな……
私に都合のいい幻だと言われたらそういうものだと納得できそうなくらい、彼の顔は大変好みである。
じっくりと堪能して、私はスマホを置いた。
「ありゃ。撮ればいいのに。待受画面に最適じゃないかな」
「自分で言わないでください」
「僕の顔、好きなんでしょ?」
どうも心を読まれていたらしかった。私は咳払いをする。
「それはそれ、これはこれなんですよ。外から帰ってきて見るのがいいんです」
「ふふ。それはそれ、ね」
楽しそうにされると、ちょっと不愉快である。私が頬を膨らませていると、彼に頬を両手で挟まれた。
「な、なんですか」
「もっと堪能してくれて構わないんだよ?」
「充分ですが」
「そう?」
彼の手が離れて、その指先が私の胸元に向けられる。
「君の白い柔肌に赤い花びらを散らすのもいいかなあって思ったんだけど」
その言葉の意味するところに気づいて、私の肌は上気した。
「ありゃ。もう桜色だ」
「からかうのは大概にしてください!」
愉快げに笑う彼の声を背中で聞きながら、私は寝室を出るのだった。
《終わり》
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