第26話 バイトするんですか?
「はい?」
仕事を数日休んで熱は下がったはずだが、また上がったのだろうか。聞き間違いのような気がする。
私がきょとんとしていると、神様さんは困ったような顔をした。
「そんなに意外だったかい?」
「意外というか……神様さんがバイト、ですか?」
聞き返せば、神様さんは頷いた。
「居候をしているだけというのもね。生活費の足しになればいいかと思って」
「別にお金には困っていないですけど?」
「それは知ってるけど、僕なりのケジメみたいなものだよ。あと、社会勉強」
「あー、社会勉強……」
社会勉強として外と接点を持つのは確かに必要のように思えた。私は唸る。
神様さんは怪異である。成人男性の姿をしているが、中身は少々世間とズレた感覚の持ち主だ。家に引きこもって家事手伝いをしてもらう分にはなんら問題ないし、料理に至っては私よりもずっとこなせるわけだが、世の中との接点が私と兄貴だけというのはよろしくない気はする。
「バイト先の候補は?」
「梓くんに相談したら、ウチで働くのはどうだって言われて」
「兄貴が?」
私がいない間も兄貴はこの家を行き来しているのだろうか。いつに間にか本当に仲良くなっているようである。
まあ、互いのことを詮索しているという面もあるんだろうけど。
「表に出ると面倒になりそうだから、厨房のほうをって話さ」
「さては、それを期待して神様さんに料理を教えていましたね……」
「あはは、僕もそう思う。厨房を任せてもいいと思える程度には僕はいい生徒だったみたいだね」
「少なくとも私よりは使えるでしょうよ」
「笑えないなあ」
私が卑下すると、神様さんは苦笑した。私の料理の腕が壊滅的であることは焦げた鍋を何度か洗ってもらったことから自明である。悲しい。
「弓弦ちゃんの体調もよくなってきたし、今月中には研修に行きたいな」
「まあ、そうですね……」
「そんなに不安かい?」
浮かない気持ちが顔に出ていたのだろう。神様さんが私の顔を覗き込んだ。
ほんと、イイ顔だよな。
「バイト先が兄貴の店なのは朗報なんですけど、兄貴と一緒ってところが不安でして」
「まあ、ていのいい小間使いが欲しかったんじゃないかな。僕が店で働けば帰りに食事を持たせることができるし、行き来しなくてよくなるのはいいことだよ」
「兄貴がそこまで考えているだろうことはわかっているんですが」
「利点は多いよ。弓弦ちゃんが帰るまでには僕も帰宅するつもりだし、寂しい思いはさせないさ」
「そこは……心配していないです」
「そう?」
ただ、思ったことはある。
前の彼氏とのすれ違いは、仕事の勤務時間が合わなくなったことがきっかけだった。互いの仕事が忙しくなって時間の調整すらする余裕がなくなって、結果、別れることになった。あんなに仲がよい幼馴染だったのに。
ああ、よくない。もう吹っ切れたはずじゃないか。
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