第25話 料理の腕前
「うん、熱は上がってないみたいだ」
「薬も効いているんだと思いますよ。今夜も飲んでさっさと寝ます」
「それがいい」
神様さんはほっとしたように笑った。
私はキッチン周りに目を向ける。テーブルの上にはマドレーヌが置かれていた。部屋で感じた香ばしい匂いの正体はそれだろう。
「兄貴は何か持ってきたんですか?」
「うん。そこの焼き菓子が差し入れで……りぞっと? っていう食べ物の作り方を教えてもらったよ」
「神様さんが作るんですか?」
「うん。今夜はそれを食べるようにって」
完成品を持ってこなかったのは、まだ夕食にするには早い時間だったからだろう。リゾットならば温めるだけにするよりは出来立てのほうがきっと美味しい。
そういう気遣いはありがたいのだけども。
私は苦笑して思わずぼやいた。
「神様さんの料理の腕が上がりますね……」
料理が得意である兄貴から教わらなかったわけではないが、私は上手に食事の準備ができない。そんな私と比べたら、神様さんはずっとまともに料理ができる。教えがいもあるだろう。
なお、神様さんに食事は不要である。味覚もあるし食べることも可能だが、怪異なので必須ではない。
神様さんは肩を大きくすくめた。
「適材適所だよ。弓弦ちゃんより僕の方が向いているってだけさ」
「家事をさせるためにここに繋ぎ止めているつもりはないんですよ?」
「温もりの供給要員ってことかい?」
「まあ、ええ、はい……」
否定できない。私は微苦笑で誤魔化す。
だいぶ婉曲的な表現にしてもらえたが、私が彼をこの姿で固定している理由はそういうことである。柔らかく言えば抱き枕みたいな存在であることには違いない。
「ふふ。いいんだよ。君が長生きしてくれたほうが僕にとっては都合がいい。衛生と栄養状態の向上は僕が目指すところでもあるんだ。遠慮することはないよ」
「家政夫が欲しかったわけじゃないんですよ……」
できるのならば自分でできるようになりたかったのだが、どうも私には致命的にセンスがないのだった。
ため息混じりに返せば、神様さんの大きな手が私の頭を撫でる。
「僕は張り合いがあって楽しくやっているよ。ほら、君は部屋で暖かくして待っているといい。眠れないなら、げぇむをしているのもいいんじゃないかな」
「神様さんがゲームを勧めてくるとあやしく思うんですが」
「僕だっていつまでもげぇむの彼に嫉妬心を抱いちゃいないんだよ。楽しい時間を過ごすのも、良い薬になるでしょう?」
「それは……ええ」
今日は寝込んでいたのでゲームを起動していない。ログインボーナスを得るためにも、少し触っておこうと思った。
「ご飯が準備できたら呼ぶからゆっくりしていて」
「はぁい」
甘えていいと言われてもどうしたらいいのかわからない。貸しを作りたくない性格なので頼りすぎるのも自分としてはどうなのかと責めてしまいがちである。そういう部分が災いしてしまい、休むにも休めないのが現状だ。
だから、時間を区切って何をしているといいのかを提案されるとすんなり受け入れられる。彼の言葉だからというよりも、この方法が私自身を納得させるのにちょうどいいらしかった。発見である。
私は彼の提案に従っておとなしく部屋に戻ってゲームをすることにしたのだった。
《終わり》
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