第14話 明日は納会
「明日はお仕事だよね?」
「ほとんど納会ですけどね。若手は準備や片付けがあるので、いつもと同じように出社して、退社はまあまあ遅くなりそうです」
「うん。じゃあ、今夜は?」
彼の指先が私の手の甲を妖しくなぞった。これはお誘いのような気がする。クリスマスイブもイチャイチャしたはずだが、隙あらばちょっかいを出してくるのはいつものことだ。素直に反応して拒まないあたり、盛っているのは私のほうだろうか。
「まだ日が暮れたばかりですよ」
「お疲れのようだから、マッサージが必要かなって」
誘惑する表情。この顔にすごく弱いことを私は自覚している。
そっと顔を背けた。
「夕食が終わるまでに呼び出しがなければ、考えます」
「ふふ。そんなに赤くなることないのに。意識してるのかい?」
「するなという方が無理があるんですよ」
降参である。図星すぎてつらい。言い訳をもう少し増やしておこうと思った。
ご機嫌な様子で神様さんは私の前にまわる。
「げぇむはいいの?」
「クリスマスイベントはクリアしましたし、正月はログインボーナスとガチャがあるだけなので、走る必要はないです」
神様さんと暮らし始めたときはゲーム用語はちんぷんかんぷんだった彼であるが、私が熱心にゲームをしていることで、ある程度は内容や意味を理解したらしかった。
私の説明に、神様さんは不安そうな顔をする。
「ふぅん……弓弦ちゃんがいいっていうなら構わないんだけど」
「いつもはヤキモチを焼くのに、気にかけるんですね」
「この姿は君の推しの姿も参考にしているからね」
「でも私、別に甘崎くんの代わりに神様さんと過ごしているわけじゃないですよ? 初めから、そういう目では見てないですし」
そう、ゲームキャラである甘崎くんの方が誰かに似ていると思って推していたのだ。その誰かというのは、おそらく神様さんである。確証はまだないけど。
私の返事に、彼は目を丸くして驚いた顔をした。目を大きく開けるとほんとお人形のように愛らしいと思う。
「そうなのかい? 正直に言っていいんだよ?」
「似てるとは思いましたけど、それはそれで、これはこれ。神様さんは神様さんですよ」
私の煩悩で生まれた容姿がそれであることは認める。ふんわりした甘めの顔立ちに、日本人の平均身長よりちょっと高めの背丈、肩幅はそれなりにあるけど全体的に華奢と見せかけて、脱ぐとちゃんと男らしい筋肉のあるボディ。私が求めていた外見だ。
なお、体の相性もいい。
「ふふ」
神様さんの顔が喜びで崩れた。キリッとしている顔も素敵だが、幸せそうに蕩けた顔も好きである。ちょっとだけ、夜のときの顔を思い出してしまった。
「最近の弓弦ちゃんを見ていて、少し心配だったんだよね。君のげぇむの時間を奪いすぎていないかって。僕がいない時間も大事にしないといけないっていう認識があったから、さ。弓弦ちゃんが僕を僕だから選んでいるっていうなら、本当に嬉しい」
「大袈裟な……そこまで深い意味はないんですけど」
神様さんは神様さんなのだ。それ以外に表現がしにくい。だが、それが彼を定義づけているとも言えるのだろう。
一方で、怪異に怪異としての名と物語を与えるのは、私の立場としては大変に危うい行為である。得体の知れないものは得体の知れないもののままにしておいた方が無かったことにしやすいのも事実。これほどまでに私の生活に溶け込んでしまっているのは、正直よろしくない状況だ。
とりあえず、実家で分析だよねえ……
正月は帰らない連絡を入れている。仕事のスケジュールを思い返すに、確実に実家に帰れるのは大型連休中になりそうだが、できればその前に一度帰省したいものだ。
「――ふふふ。夜まで待てないや。疲れない程度にイチャイチャしよう」
実家に帰ることを考えていたら反応が遅れた。神様さんに背中を押されて寝室に連れて行かれてしまう。
サクッとベッドに押し倒されたかと思うと、もう逃げ場はなかった。
「ちょっ、まだ早いですってば!」
「大丈夫大丈夫。少し気持ちのいいことをするだけにしておくから、さ?」
獲物を狩る視線で射抜かれる。抗議の言葉は深い口づけに飲み込まれてしまった。
《終わり》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます