第13話 煩悩と除夜の鐘


「……年末になるとその一年を振り返りたくなるのが人間だよねえ」

「まあ、そういう機会がないと反省しないからいいんじゃないですか?」

「そうやって振り返っておいて、除夜の鐘で煩悩を除去するんでしょ? そう簡単に除去できるわけがないのに」


 珍しく神様っぽい発言である。彼こそ、煩悩の塊のような存在なのに――半分以上私のせいだとはいえ。

 私は送信ボタンを押して画面を閉じる。仕事はおしまいだ。


「除去したことにしないと穢れを持ち越すみたいで気持ちが悪いんじゃないですかね?」

「穢れは穢れだよ。そんな簡単には祓えないさ」

「人間ですからねえ。気持ちの問題でしょ」


 ノートパソコンを寝室に片付けてリビングダイニングに戻る。そんなちょっとした作業の間に、神様さんはポットのお湯でインスタントコーヒーを用意してくれた。ほんと、気がきく。


「飲むよね?」

「ありがとう。すごく助かる」


 受け取ったマグカップで指先を温める。パソコン作業を長時間していると自然と指先が冷えてかじかむからよろしくない。

 日が暮れると部屋は急激に寒くなる。今年は暑いくらいの冬ではあるが、朝晩の冷え込みはそれなりにきついのだ。だから温かい飲み物はありがたい。好みもしっかり把握されていて、濃いめのブラックが絶妙なタイミングで出てくるのはとても嬉しい。

 元カレは私が用意してやる方だったことも、ふと思い出した。啜ったコーヒーがいつもより苦く感じられる。


「神様さんは」

「うん?」

「私に尽くして、虚しくならないんですか?」


 前にも聞いた気がするが、改めて確認したくなった。彼のメリットはないのだ。私がここにいるから、彼もまた縛られてここにいるだけで。

 彼は目を瞬かせた。驚きの表情。


「ありゃ、感傷もぉどってやつかい?」

「まあ、そうですかね。日が翳ってきましたし」

「ふふ。僕は君がちゃんと感謝してくれるから、嬉しくてやっているんだよ。そもそも僕が関わろうとしなければ、君は僕を観測しようともしないでしょう?」


 確かに、私は彼がいてくれることで助かる場面はそれなりにあれど、別に彼がいないと生活できないわけではない。いや、生活力がなくて兄貴が出入りしているくらいではあるのだけども、一応は一人暮らしができる程度の人間である。

 だから、彼がいなくても問題はない。彼を無視してもいいくらいなのだ。

 そこまで考えて、部屋を見渡す。仕事が忙しくてデスマーチに入ると部屋はすぐにゴミ屋敷のような様子になる。洗濯物がたまってその辺に散らかり、郵便受けに突っ込まれていたチラシや書類で玄関は足の踏み場がなくなるのだが、今はそうはなっていない。神様さんがいるからだ。

 ……でも別に、神様さんが片付けているわけじゃないんだよね。

 他者の目を感じることで、あるべき場所にあるべき物を置くことが仕事で疲れて億劫であってもやろうという気になるという話である。モチベーションの問題だ。


「ふふ。体の関係だけでもいいんだよ? 弓弦ちゃんがそういう割り切りを求めるならそれでも僕は構わないさ」

「あ、いえ……」


 コーヒーを飲み終えてテーブルに置く。マグカップの横に置いた手に、神様さんの手が重なった。

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