クリスマスイヴとうさぎの着ぐるみ

第9話 リリースが終わって打ち上げはせず

 暑い師走にうんざりしていたのは事実だが、だからといって急激に寒くしないでほしい。着るものがないではないか。

 クリーニングから回収したままになっていたダウンジャケットを着てクリスマスイブに休日出勤していた私は、打ち上げ兼クリスマスパーティの飲み会を辞退して帰宅を選んだ。さすがに連勤が続きすぎている。こんな状態でお酒の付き合いは勘弁してほしい。

 部屋の明かりが外廊下に漏れている。ひとり暮らしのはずの私の家が明るいのにもすっかり慣れてしまった。

 誰かのいる暮らしはちょっとだけ楽しい。寝るだけのために帰る場所だった数年間と比べて、帰る目的があるのはいいことのように思えた。


「おかえり、弓弦ちゃん」


 玄関の鍵をかけると、声をかけられる。ニコニコしている彼はサンタクロースを意識したのか赤いシャツに白いベストを着ている。頭には赤い円錐状の帽子。

 似合うというか……これはあれだな、推しの衣装に寄せてきたな。

 彼を見てデジャヴを感じたのは、私が推しているゲームキャラクターの甘崎くんのクリスマスイベント衣装に似ているからだ。クリスマスイヴに握手会をするという甘崎くんが着ていた服がこういう感じだった。

 私がじっと彼――神様さんを見つめていたからだろう、彼は肩をすくめた。


「ありゃ、お気に召さなかったかい?」

「私より衣装持ちですよね、神様さんって」

「弓弦ちゃんがファッションに無頓着なんだと思うよ」

「別に服装でテンションが変わるタイプではないので」


 爪ぐらい塗ったらどうかと言われたことはあるけれど、手間とお金の無駄だと思えてしまった私である。

 私がダウンジャケットを脱ぐと、神様さんはいつもの調子で受け取って掛けてくれた。手慣れてしまったけどそれでいいんだろうか。


「――兄貴はきたんですか?」

「うん。一時間前くらいに届けにきたよ」

「じゃあ、ご飯食べたいなあ」


 バッグを寝室に置きに行って私はリビングダイニングに戻る。神様さんはコンロの鍋に火を入れ始めた。


「温めに時間がかかるから、先にシャワー浴びていてもいいよ」

「でも、パジャマは寒いんですよねえ……」

「そういうと思って、暖かいやつを出しておいたよ」

「ん?」

「シャワー浴びてる間に出しといてあげるから、行っておいでよ」


 出しておいたということは、プレゼントだとかそういうことではなく、家の中にあったのを出したということだろうか。

 私が首を傾げていると、神様さんは私の背中を押して脱衣所に案内した。


「え、ちょっと」

「梓くんから調理方法は聞いているからこっちは任せておいてよ」


 そう言われると、扉が閉められた。

 というか、少しは仲良くなれたのかな?

 事情が事情のため、私の兄貴である梓と神様さんは犬猿の仲である。仲が良くなりすぎるのは私にとっては少々都合が悪いものの、喧嘩はしてほしくないという微妙な立ち位置だ。私情は挟まず事務連絡がスムーズならそれに越したことはないが。

 私は神様さんに食事の準備を託し、シャワーを浴びることにしたのだった。

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