第8話 夜を待たなくてもいいですよ

「――ああ、そうそう。梓くんから二十四日の食事はどうするのか相談するように言われてたんだった」

「兄貴が? 私に連絡くれればいいのに」

「忙しそうだったから遠慮したんじゃない? あと、僕がどうするのかの探りを入れたかったんだと思う」

「あー、なるほど……」


 神様さんの動向については兄貴も気にするところではあるだろう。私が彼と一緒に暮らすことについては目を瞑っていてくれているわけだが、別に賛成しているわけではない。怪しい動きを感知したり私に害をなすとみなしたりすれば、対策を検討するはずだ。


「たまには一緒にお酒飲もうよ。だめかな?」

「兄貴から許可出てるんですか、それ」


 私があきれて返すと、神様さんは人差し指だけ立てて見せた。


「一本は空けていいって」

「……私からも確認しておきます」

「僕は意図的には嘘をつけないよ?」

「知ってますけど、念のために、ね」


 テーブルに置いていたスマホを持ち直して、アプリで兄貴にメッセージを送る。履歴を見ていたらずっと既読スルーになっていたことに気がついた。なるほど、これなら神様さんに会いに来るのは妥当な気がする。


「ふふ。楽しみなことがあるっていいねえ。この体を得てよかったって思うよ」

「消える予定があるみたいなこと、言わないでくださいよ」

「何事も永遠に続くわけじゃないからね。感謝は言えるときに伝えておかないと」


 それもそうだな、とは思うが、私は素直じゃないから感謝も想いもきっと伝えきれないまま一生を終えるのだろう。私は私でいい。

 バイブレーション。兄貴からの返信。たまたま休憩時間だったらしい。食事とお酒は手配してやるから時間を指定するようにとあった。お酒の話を向こうからしてきたあたり、神様さんの言っていたことは本当なのだろう。兄貴が私にお酒を勧めるのは珍しいことだ。


「連絡、きましたよ。クリスマスセットを持ってきてくれるみたいです。私の帰宅が何時になるかわからないので、神様さん、受け取っておいてもらえますか?」

「梓くんが嫌がると思うけど、僕は構わないよ」

「じゃあ、時間決めて送っておきますね」

「了解」


 すっかりこの生活が馴染んでしまっている。いつかは終わるものだと、終えねばとさえ願っていたはずなのに。


「弓弦ちゃん?」

「はい?」

「たくさん、楽しい時間を過ごそうね」

「なんですか、急に」

「今夜も暑そうだけど、一緒に寝たいなあっていうお誘いだよ」


 何かをはぐらかされた気がした。いつもよりもちょっと神様さんが儚げに見える。


「……夜を待たなくてもいいですよ?」


 消えてなくなってしまいそうな気がして、私は誘いを受ける。仕事が忙しくて彼に構う時間が取れなかったのは事実だ。彼の状態を確認しておいてもいい気がする。

 私がおもむろに立ち上がれば、彼は目を瞬かせた。


「窓、閉めたほうがいいかい?」

「そうですね。声が響くとよくないですし」


 長い髪をシュシュでさっとまとめて彼のそばに行く。神様さんは優しく微笑んで私を抱きしめてくれた。


「ふふ。誘ってみるものだねえ」

「案じてるだけですよ」

「うん、わかってる」


 見上げた私の唇に彼は自身の唇を重ねる。


「君の優しさにつけ込んでいるんだよ」

「欲求不満の解消に利用しているだけなので、お気になさらず」


 返して、私は自分から彼にキスをしたのだった。


《終わり》

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