第10話 それぞれの見解

サレは相変わらず細身ではあったが、発見時より

ガリガリではなくなり、顔色も随分血色が

良くなっていた。


サレの一連の特殊な様子は、年配の医師の

見立てでは前述の通り、生まれ付きの問題又は

特性のようなものだと結論付けられた。

この国においても虐待の概念はあったが、

おおよそ人々が抱く虐待の概念が激しい暴力

であり、この医師の意識もまたそうであった。


サレには暴力や暴行の跡はほとんどなく軽い

怪我や傷のみで、これらは普通に生活していても

負ってしまう範囲内だとされた。

また、激しい暴力に耐えてきた子どもは

非常に怯えていて警戒心も強く、それは必ず

一目見ただけで解るとのことだった。

強い言葉やたまたまでも振り上げた腕等に

強く反応し、咄嗟に身を庇ったり身を丸く

するなどの防御体制を取ることがほとんどだが

この子にはそういった反応がまるでない、


「ふと腕を上げてしまった時、この子はその

腕の動きをじっと見ていた。被虐待児とは

考えられない。」


医師は確信を持ってそう判断したのだった。


近隣国家が児童虐待防止の動きがある中

この国ではそのような動きは特に鈍かった。

強権的な軍事独裁国家であるこの国で貧富の差は

広がり続け、弱者は打ち捨てられていった。

特に不遇な子ども達に救われる機会はほとんど

なく、地域や側にいる者達の善意や思いやりに

委ねられているような状態であった。

孤児や捨て子が一定数いることを望んでいる者が

国の中枢にいる為このような問題が改善される

可能性は無いに等しかったのである。



『ナーナは違う。』


ミーシェのそれは直感的なものであったが、

それだけではなかった。


『ナーナは初めてスープを渡した時、すごく

驚いて手を離していた。こぼれたスープが足や

手にかかってもその部分を熱そうにはしていな

かった。元々少し冷ませていて熱くはなかった。

そしてこぼれた後すぐに拭くものを探して

綺麗にしようとした。

その様子は反応が鈍いなんてものじゃなかった、

むしろどんな大人より速い反応だった。』


それに…………


『もう一度渡したスープをじっと見つめていた。

何か、何か思いがあるように見えた。

ナーナは何か抱えている。何かを我慢している。

ナーナは感情や反応が薄い子なんかじゃない、

きっと僕やリノンと同じ普通の子の筈だ。』


ミーシェの見解は医師のものと真逆であった。

だがミーシェの考えは上手く説明できず、

中々人には伝わらなかった。

リノンだけがずっと理解し、共感してくれた。


リノンは昔から優しくて勘が良くて、

ミーシェの事をよく理解し支えてくれていた。

リノンはこう言っていた。


「ナーナはきっと大丈夫よ。私達と一緒に

過ごしていれば、会話もできるようになって

笑顔にもなれると思う。怯えてるというより、

人に慣れていない感じがあるけれど、よく話を

聞いてくれるし、こちらの意図をちゃんと分かって

いるわ。あの子はきっと本当は普通の子より

賢いと思うの。

賢いから先回りして考えて自分を抑えている

ような気がするの。」と。


リノンと二人でならきっと大丈夫だ。

一緒にいれば幸せになれるというほど

この世界は優しくも容易くもないけれど、

それでも精一杯支え合い寄添えば、

きっとささやかに楽しく暮らせると

そう信じている。

ミーシェはそう強く心に誓い願ったのだった。


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