第6話 病院にて

どうやらサレはあのまま意識を失っていたようで

気が付くと病院のベッドに寝かされていた。


サレは病院もベッドも知らなかったが、妙に

寝心地のいいフワフワしたものに包まれて

それは白くてとても綺麗なものだと思った。

その時は気が付かなかったが、足には包帯が

巻かれていた。

その部屋は見たことのないものばかりが置かれて

いたが、「外」ではないことだけが分かった。


身体は動くが力が入らない。

『どうしたものか』と考える知恵もないまま

周りをただ眺めていた。


その内部屋の外側から声が響いてきた。

誰かと誰かが喋っている。

それは経験のしたことない不思議なことであった。

そしてその声の主達がサレのいる部屋に入って

きたのだった。


「あっ、この子起きている!

目が覚めたんだ、よかった無事だったんだね!」


サレを保護した若い警官は嬉しそうにそう

声をかけてきた。

一緒にいた年配の医者は目を醒しているサレを

見て、目の瞳孔や口の中をチェックした。

一通り身体検査を終えて、


「健康状態は余りいいとは言えないが、

取り敢えず命に別状はない。

栄養のある物をしっかり食べることができれば

すぐに元気になるだろう…………」


そう診断した後少し暗い顔をした。


「どうしましたか?」


「全ての反応があまりにも悪い。

こちらに顔も向けず、声や言葉にも反応しない。

物は見えているようだが興味の意識がない

このような子は初めてだ………」


「そんな、何かの病気なんでしょうか……?」


「分からない。明日もう少し詳しく検査して

みるとしよう。」



年配の医者は検査を通してサレの発育状況や

健康と発達の状態を調べたが彼にとってみても

なぜこのような状態なのかは解明できなかった。


「言葉は話せないようだ。

視覚・視聴に大きな問題はなさそうだと言いたいが………反応あるけれど反応が極めて薄い。

それが元々なのか、環境の為なのかこの子は

話してくれないので解らないな………」


しかしサレはスプーンの握り方が変わっている

以外は食事も自分で取れたし排泄行為も自分で

できた。

人として生活していたであろう様子が伺える。


サレを保護した若い警官はミーシェという名で、

とてもサレのことを気にかけていた。

サレを保護した夜、温かいスープを飲ませようと

した時に、サレは初めて触れた温かい物に驚き

手を離してこぼしてしまった。

サレは慌ててそれを拭こうと近くの布巾を手に

取ったのだが、ミーシェが


「大丈夫、僕がやるよ、熱かったかな?

次はもう少し冷まして持ってくるから待ってて。」


と、サレが汚した所を拭いてやり、

もう少し冷ませたスープをまた持ってきてくれた。

サレはその一連のミーシェの行動が理解でき

なかった。

ミーシェは最初から優しくてにこやかで、

じっとサレの瞳を見つめてきた。

ディアは睨みつけてはくるが、目を見ては

こなかった。

サレは瞳を見つめてこられることが本能的に

怖く感じたが、相手に敵意や悪意がないことは

段々分かってきた。


初めて食べた温めのスープはとても身体に

優しかった。

胃に届くまで温度が保たれていたそれは、

冷たいものを消化する時よりずっと受け入れ

易い、お腹に温かみを感じるのは初めてだった。

サレは心から驚いた。

このような物が存在したことを

そしてディアがわざとこのような物を自分に

与えなかったこともよく理解できた。


殺しはしないが満足はさせない。

この微妙な人の嫌な部分を凝縮したような匙加減

を理解し受け止めるのは非常に困難で労力の

いることであった。


サレは温いスープを見つめた。

悔しさが込み上げると惨めさに支配されそう

になる。


『そんなものは感じたくない!

あんな奴のせいで辛いという思いを抱えるなんて

絶対に嫌だ。自分の心にあいつを………

あいつからの影響を残すのだけは受け入れ

られない!』


サレは具体的に自分の感じている事を言葉には

まだ変換できなかったが、どういう思いがある

のかは自分で少しは理解できていた。


じっと、ぐっと、何かに耐えた後、サレはスープを

飲み干した。

一緒に貰ったパンはまだ身体が受け付けなくて

食べられなかった。


スープを飲んだ後、サレはミーシェをチラッと見た。

本来は何かを発するはずなんだろうとは思ったが

サレは生憎言葉を発せられなかった。


「食べ終わったのかい?

もっと欲しくはないかい?」


ミーシェはサレを見つめ、尋ねたが、サレは

目を伏せ微動だにしなかった。

意思を伝えるという行為を知らないので

頷いたり首を振ったりもできなかった。


「よし、分かった、今日は少しだけでも

食べれてよかった。待ってて、これを片付けたら

温かいミルクを持ってくるよ。

熱くないよ、飲みやすく蜂蜜も入れるから。」


そう言ってミーシェは、自分で持ってきた牛乳と

蜂蜜を病院の施設を借りて温めてもらった。

サレはそれを素直に飲んだ。

ミーシェの声も表情もとても穏やかで優しい。

サレは自分がそれを飲むことを“望まれている”と

感じた。

とても不思議な気持ちだった。

新しく何かを知ることは、今まで知らないままに

していたことにも気付かされる。

それはサレにとっていい事ばかりではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る