第4話 その時

ディアはラジオが好きだった。

誰とも交流の無い中でラジオを聴くことで

世の中を何となく知り、自分だけが

取り残されているような不安から開放

されていた。


サレはそんなラジオを盗み聞きすることで

少しずつ言葉を理解していった。

そしてそのラジオから大事な情報を得たの

だった。


その日サレは何となくぼうっとしていた。

何かについて考えていたのかもしれない。

充分な運動をしていないサレは力も弱く

発達も遅く小さくてガリガリであった。

器用さもなく大体がおどおどのろのろと

した動作が多かった。


食事をこぼしてしまうことはしょっちゅうあったが

その日は食事を大きくこぼしてしまったのだ。

スープのほとんどがテーブルと床にぶちまけられてしまった。

いつもだったら慌てて片付けて掃除をするのだが

掃除をしてもしなくてもどうせ怒鳴りつけてくる。

それが分かっていたサレはしばらくこぼれた

食事を眺めた後何もせずに2階の部屋に

戻っていった。


その時なぜサレがそんな行動をしたのか

本人を含め誰にも分からない。

ふと魔が差したのだろうか?

感情を極限にまで押し殺し続けたストレスは

測りしれない。

ただ抑圧が爆発したというわけではなさそうで

本当に、ただ何となく急に


    『『全てがどうでもいい』』


という思考に支配されたような、

そんな行動であった。



サレが2階の自分の部屋に戻ると、少し呆気に

取られていたディアは遅れて激怒した。

サレがディアに対して反抗的な態度を取るのは

初めてのことであった。

ディアはサレにとっては神の如き存在で、

生殺与奪の権利を持っているだけではなく

感情も行動も全てを支配しているに等しかった。

こんな小さな無力な幼子に対してではあるが

人一人を全支配をしている状況に僅かながらも

ゴミのような自尊心が満たされるのである。


それに反抗されるとは許せない事態である。

怒りに満ちた足音を床や階段に叩きつけて

ディアは2階のサレの部屋に向かった。


「お前のような生きている価値もないゴミ同然

のガキがなんて態度だ!許されると思うな!」


と怒鳴りつけた後殴りかかってきた。


サレはただ冷静にその動きを見つめ、

その全てを避けてしまった。


黙って大人しく殴られていればその内終わる

ことは分かっていたのだが、ただ何となく……


尺に触ったのだろうか?

反抗期的なものの現れなのだろうか?

ディアに対する全てが心底馬鹿らしく

なったのだろうか?


全ての攻撃を避けてなお、暗く物も言わぬ瞳で

佇んでいるサレに、息を切らし激昂が治まらない

ディアは叫んだ。


「てめえ、何で避けるんだ畜生!

お前なんか、お前なんか生むんじゃなかった!

見てろ!許さないからな!」


そして「このクソガキが!!」

と叫び毒づいた。


その時の睨みつける眼の眼光の鋭さは蛇のような

なんとも形容し難い憎しみの凝縮であった。


サレはこの時初めて人の殺気に触れた。

生き物は本能で死を避けるようにできている。

殺気を感じた瞬間、自分がどうなるか理解できた。

サレにとって死は恐ろしいものではなかった、

だが………


『その相手がこいつだけは嫌だ。』


この感情だけははっきり自覚していた。



ディアはゆっくり部屋を出ていこうとした。

何度も振り返り睨み付けたが、サレには何の

変化もないように見えた。


『そう、この子はいつからか私に怯えもせず

何の反応もしなくなったっけ………』


ディアはそんな事を思い出して少しぞっとしたが、

それでも自身の怒りが治まらないので

リビングにある長い鉄の棒を持ってこようとした。


サレの感覚は異様に研ぎ澄まされていた。

ディアは気付いていなかったが、サレは

じっとりとした脂汗をかいていた。

そしてこの子は予測した。

素手で何とかならないなら道具を使うだろう。


ならば……………


怒りに震えながら肩を上下させているディアが

階段に差し掛かった


““その時””


サレはディアに身体ごと後ろから体当たりした。

サレの身体はディアを吹っ飛ばす程の体重も力も

なくて、反動で後ろに落ちた。

だが全く予想していなかった衝撃を食らった

ディアはバランスを崩し頭から階下に転げ落ちた

のだった。


「ひっあああぁぁぁっっっ!!」


と息を呑むような叫びを上げ下まで落ちたディアは

そのまま、その後声を上げることもなくぴくりとも

動かなくなった。


サレはただ静かにその様子を眺めていた。


『コレはもう動かないだろうか?』

『コレはもう何もしてこないのだろうか?』


しばらくその様子を観察していたサレは

多分もう大丈夫だろうと判断した。

ディアの気配が消えたのだ。


サレは物心付いてからずっと、ディアの気配を

探り続けていた。

今どの辺にいるのか、どんな感情でいるのか、

どんな状態なのか………

それを知ることはここでは何より必要な情報で

あった。

ずっと神経を研ぎ澄ませ、僅かな空気の揺らぎも

読み取っていた。

その探り続けていたディアの気配が今やっと

初めて消えたのだった。



ラジオで聞いていたあるおばさん探偵の物語では

人が殺され推理が始まる。

『人を殺す方法』で印象に残ったものが

首を締める、石(又は鈍器)で頭を殴る

そして高い場所から突き落とす、であった。


人が死ぬ。


それが具体的にどんな状況を指すのかよくは

分からなかったが、そのドラマの中では

重要な事らしくて、なぜ殺されたのかなどに

ついて深く議論されていた。

どうやら殺すという行為は皆が嫌がることで

殺された者はもう二度と動かないということが

理解できたのだった。


ディアはこのラジオドラマにいつも夢中で、

「絶対にあいつが犯人よ。」

「こんなやつ殺されて当然よ。」

等とすっかりドラマの中に入り込んでいた。


その為このラジオドラマの間はサレに対して

意識が向いていないのでサレは自由に動くことが

できた。

首や頭がどこの部分を指すのかはっきり分から

なかったので勝手にここだろうかと推理していたが

高い所から突き落とすことだけはどういうこと

なのか想像がついたのだった。


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