#5

 突如として目の前に現れたダーティア。何故か自宅だった建物の中にいる。


「何で真人間がこんな所にいる?」


 真人間(まにんげん)と呼ばれたマイク達は震えていた。ガスマスクを着けていたため汚染区域外の人間だとバレたらしい。


「俺たちは人間だ……」


 その呼び方に反応するが相手のダーティアは反論する。


「俺たちも人間だ、ダーティアなんかじゃねぇ」


 すると彼はこんな事を言う。


「それより何で俺ん家にいる? 真人間の癖によ」


 かつてマイクの家だった場所を自分の家だと言ったのだ。それには流石にマイクも腹が立った。


「何言ってんだ、ここは俺ん家だ……」


 小さな声で震えながら言う。


「あぁ? 汚染区域にお前の家がある訳ねーだろ」


 ダーティアの彼は更に否定をした。


「さっさと出てけ、とにかくここはお前ん家じゃねー」


 しかし我慢できない。思わずマイクは想いをぶつけてしまった。


「お前らが奪ったから俺たちは追い出されたんだ! 本当ならここでずっと……!!」


 怒りを露わにするマイクにクリスは少し恐れていた。


「お、おいよせって……!」


 しかしマイクは止まらない。


「お前らダーティアのせいでどれだけウチが苦労したと思ってる……? 返せよ、俺たちの家を返せ!!」


 憎しみの目でダーティアを睨みながら彼の肩に掴みかかる。すると鬱陶しく思ったダーティアは力を解放しマイクの顔面を殴り飛ばした。


「落ち着けこの真人間野郎がっ!!」


 背後からゲートのような亜空間が拓きそこからビヨンドのような腕が出てきてマイクの顔面を殴る。


「ごはっ……」


 その衝撃でガスマスクが歪み顔から外れてしまった。


「マイクっ!!」


 心配そうにクリスは見ているが一歩も動けない。


「うぅ……っ」


 汚染区域の中でガスマスクが外れてしまった。汚染物質が鼻や口から体内に侵入していく。


「あ、やべ……」


 少し焦っているような素振りを見せるダーティアの男はそのままクリスの方を睨む。


「お前はどうする?」


 思い切り睨まれたクリスはダーティアの持つ力を見せつけられたばかりというのもあってか震えが増していた。


「ひっ、うわぁぁぁっ!!!」


 そのままマイクを置いて走り去ってしまうクリス。その様子を薄れていく意識の中でマイクは見つめていた。


「(待って……)」


 そして走馬灯のように記憶がフラッシュバックする。そこに映っていたのはやはり母親の苦労する顔ばかりだった。

 その中でも一際目立ったのはある言葉。


『アンタはアンタの幸せを見つけてそのために生きて? 私の命なんかいくら削っても構わないから』


 最期までその言葉が後悔するかのように繰り返し脳内で流れていた。


「(母さん、俺結局何も出来なかったよ……)」


 マイクは逆に母親のために自らの命を削ってしまったのだ。親子で似てしまった悲しき遺伝である。

 そのままマイクは母親を想いながら目を閉じた。

 ・

 ・

 ・

「……はっ」


 マイクは絶望の中で目を覚ます。辺りを見回しながら身体を起こした。


「ここは……?」


 一瞬整理が出来ず状況が理解できなかったが少し冷静になりここが何処だか思い出した。


「俺の部屋だ……」


 かつて住んでいたが今は汚染されてしまっている自宅二階の自室。そこで目を覚ましたという意味は。


「(汚染区域……!)」


 よく見ると所々から赫い汚染物質が滲み出ている。


「あ……」


 慌てて口に手を当てるとガスマスクも何もしていなかった。それなのに苦しくない。


「はぁ、はぁ……」


 ふらつく足で部屋を出て階段を降りる。やはり息は全く苦しくない、寧ろ新鮮な空気を吸っているようで心地よかった。逆にそれが恐ろしい。

 下の階に降りてリビングの扉に手を掛ける。そして恐る恐るゆっくりとノブを捻り開けた。

 そこにいたのは。


「お、目ぇ覚ましやがったな」


 そこには先程の家に居座っていたダーティアともう一人髪の毛が赤やピンクに変色した少女がいた。リビングのソファに堂々と座っている。


「この子が例の?」


「あぁ、多分汚染される前のここの持ち主だ」


 何やらマイクについて話しているようだが正直それどころではなかった。


「な、何なんだよコレ……俺どうなっちまったんだ」


 震えた声で訴えかける。


「汚染区域の中なのに苦しくない、俺の身体が変なんだ……!」


 自分の身に何が起きているのか頭では理解していた。しかし認めたくなかったのだ。


「……分かってんだろ?」


 ダーティアの男は言う。その通りだ、分かっているのだがマイクはそれを認める訳にはいかないのだ。


「嫌だ、そんな訳ない……だとしたら俺は今まで何のために……!!」


 しかし男は容赦なく現実を突きつけて来る。


「お前はもうダーティアになっちまったんだよ」


 その一言がマイクの目を無理やり現実に向かせたのだ。


「〜〜〜っ!!」


 膝から崩れ落ちるマイク。こんな時も頭の中は母親の事ばかりだった。


「何で……俺が、母さんから幸せを奪ったダーティアに……」


 それでも尚現実から目を背けようとし続けるマイク。


「そんな事ある訳がないっ!!」


 強く叫ぶ事で必死に自分に言い聞かせようとする。しかし男が強く肩を掴み現実を更に突きつける。


「じゃあ何で汚染区域でガスマスク無しでも平気なんだ?」


 そこでマイクは思い出した。


「お前が俺を殴ったからガスマスクが外れた、それで汚染されたんだ……!」


 事実を思い出し詰め寄った。


「それは悪かった、こっちもいきなり掴み掛かられて焦ったんだよ……」


 男は申し訳なさそうに言った。続けて背後の少女が言う。


「スタンはピュリファインに家族を奪われてるからね、余計に真人間を警戒しちゃうんだ」


 どうやらこの男の名はスタンと言うらしい。


「あぁ、でももうお前は同じダーティアの仲間だ。生きづらい世の中だが仲良くやろうぜ」


 そう言って手を差し伸べて来るスタン。しかしマイクにとっては相当な侮辱に思えた。


「ふざけんな、俺がダーティアだなんて二度と言うな!!」


 そう言ってスタンの手を払い除け家を飛び出した。


「おい待てよ!!」


 その声も届かずマイクはただ走り去って行った。

 ・

 ・

 ・

 しばらく走っていると汚染区域を出た。いつもの新都市アストラルの光景が見える、既に夜は明け時間は昼間だった。


「はぁうっ、苦しい……」


 感情に任せ汚染区域を飛び出した途端に息が苦しくなった。浄化されている区域でこうなるとは本当にダーティアになってしまったのだと絶望する。


「大丈夫ですか……?」


 明らかに苦しそうにしているマイクへ通りすがりの人が声を掛けるがマイクは苦しいなどと言いたくなかった。ダーティアになってしまったのだと認めるようなものだから。


「大丈夫、大丈夫なんですよ!!」


 そう言ってまた走り出し必死に苦しくない場所を探した。そして遂に出会う。


「はぁっ、ここなら苦しくない……」


 しかし周りを見ると赫黒い汚染物質が滲み出ておりここが汚染区域だとすぐに理解できた。


「そんな、そんな……うわぁぁぁっ!!!」


 するとそこでポケットに入っていたスマホに電話が。


「っ⁈」


 画面を見て相手を確認するとそこには母親の名前があった。


「クソッ、母さん……」


 母親のためを想い必死に金を稼ごうとした、その結果母親から幸せを奪った存在に成り果ててしまうとは。電話に出る勇気はなかった。


「ごめん、ごめん……」


 電話にそのまま出ずに着信音が切れるまで待った。するとこのような音声が流れる。


『留守番電話、一件』


 動けなかったマイクは操作が出来なかったので止められずそのまま音声が流れる。それはやはり母親の声だった。


『ごめんねマイク、昨日あんなこと言ったから出ていっちゃったんでしょ……? こんな母さんを許して……』


 どうやら母親はマイクが家出をしたものだと思っているようだ。


『でも私の気持ちは変わらない。アンタにはアンタの幸せを見つけて欲しいの、私のためじゃなくてその幸せのために命を削って』


 そして最後に母親はこう残した。


『私はアンタという幸せのために、そしてアンタは他の幸せのために。そうやって幸せを伝えて行くもんなんだよ』


 その言葉を最後に留守電は途切れた。正直マイクには意味が分からなかった。


「俺はずっと母さんのために生きた、今更他の幸せなんて見つけられるかよ……!!」


 そう力強く拳を地面に叩きつけるとある感触が伝わって来る。


「……ん?」


 地面に付いた拳から振動が伝わって来たのだ。こちらに何か巨大なものが近付いて来る。


「まさか……」


 ここは汚染区域、嫌な予感がした。

 そしてソレは姿を表す。


「グギョオオオンッ!!!」


 建物の影から巨大なビヨンドが姿を現したのだ。鋭い形相でマイクを睨んでいるように見える。


「(あぁ、ここまでかよ……)」


 このまま自分は何もわからずにビヨンドに殺されてしまうのか。鋭い爪の生えた腕がこちらに伸びる。


「ゴオオォォォッ」


 そしてその爪が振り下ろされた。

 ……と思った。


「……え…………」


 マイクは絶句した。目の前の光景を見て衝撃を受けているのだ。


「ギュゥゥゥン……」


 なんと目の前で異形の怪物ビヨンドが飼い主に服従するペットかのような振る舞いをしているのだ。この自分に対して。


「何で襲って来ない……?」


 よく見るとこのビヨンドは怪我をしているようだ、何かに追われているのだろうか。

 襲ってこない様子を見てマイクはここぞとばかりに思いをぶつけた。


「何なんだお前らは⁈ いきなり現れて家を奪いやがって!!」


 それでもビヨンドは動かない。


「ずっと恨んでたのに……急に親しくしようとすんなよ!!」


 その言葉には様々な思いが詰まっていた。

 以前から持ち合わせていた怒り、そして仲間だと認識されている事でダーティアになってしまった事をより実感させられる事への混乱。それにより母との関係や生きる理由が断ち切られてしまった事への虚しさ。これからの未来が一切想像できなくなってしまったのだ。


「クソ、マジで何なんだよ……」


 完全に項垂れてしまい地面を見ているとある存在がやって来る。


「いたぞっ!」


「よし、仕留めましょう」


 蒼白い特殊部隊のようなスーツに身を包んだ浄化警察。その名もピュリファインがやって来たのだ。


「ミニゲート解放っ!!」


 小柄なリーダー格の男が胸のミニゲートを縛っている鎖を解放し中から刀剣を取り出す。


「ソルジャーソード装着!!」


 そしてそのまま刀剣でマイクに平伏しているビヨンドを斬り倒したのだ。


「おぉっ!!」


「グギャアォォォッ!!!」


 目の前でビヨンドは消滅。何が起こっているのか余計に分からなかった。


「ふぅ……」


 そして小柄なリーダー格のピュリファインはマイクの前に着地する。


「ん、まさかこのビヨンドのダーティアか……?」


 そう冷静に呟きながらマイクに刀剣の刃を向ける。腰を抜かしながら倒れるマイクはずっと震えたままだった。


「(もう、嫌だ……)」


 訳も分からずダーティアに殴られ自分もダーティアと化し生きる理由が奪われただけでなく今こうして命を狙われている。

 自分はただ幸せになろうとしただけだというのに何という仕打ちなのだろうか。

 果たしてマイクは自分の幸せを見つけそのために生きる事が出来るのだろうか。






 つづく

 

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