#4

 その日の夕方、マイクは仕事に行くと見せかけて汚染区域に潜入するための準備をしていた。金品を盗んで入れるための大きめのカバンなどである。ガスマスクはクリスが持ってきてくれるため割愛した。

 そして早めに家を出ようとしたタイミング、そこで仕事から帰ってきた母親と鉢合わせてしまった。


「びっくりした、家出るの早くない?」


 そして視線は大きな鞄の方へ。


「何その鞄、何か持ち帰るものでもあるの?」


 大きい割に中身がないので不審がっている。

 流石に本当の事は言えないが金が手に入るのは楽しみであったためマイクは少し匂わせるような発言をした。


「ま、まぁボーナスが貰えるんだよ」 


「何それ、今になって急に?」


 流石にそのような浅い理由は通じなかった。

 勘のいい母親に対し何とか誤魔化そうとする。


「とにかく金が手に入るってこと!」


 何とか明るく振舞って見せるがやはり母親には通じない。


「危険な事しようとしてない? もしそうならやめて……」


 母親は何かを悟ったようで詰め寄ってきた。


「何度も言ってるけど私のために無理はしないで、マイクが幸せになってくれれば良いんだから……!」


「いや本当に大丈夫なんだって……!」


 必死に説得しようと母親の肩を掴んで言った。


「安全にたっぷり稼いで来るから! そしたら母さんも楽して暮らせるでしょ? こんなボロい仮設住宅じゃなくて良さげなアパートでも借りてさ!」


 自分の願望を母親に無理やり押し付ける。するとやはり良くない反応が返って来た。


「だからまだ若いのに無理して働かなくて良いのよ、お金は母さんが何とかするからアンタは学校行って勉強して良い職場に就いて? お願いだから……!!」


 今度は逆に母親の方がマイクを説得する。しかしそんな事を言われたマイクは思わず強く言ってしまった。


「俺の気持ちは無視か? 父さんが死んでから俺のために働いてばっかの母さん見てて辛かったんだよ、働ける年になったらすぐにでも恩返ししたいって思ってようやく仕事できてんのに! 俺はずっと母さんを想って……!」


「私はもう父さんと会ってからもう十分幸せに生きたから良いの、まだまだこれからのアンタの幸せを奪う訳には行かないでしょ? だからお願い、無理はしないで……?」


 お互い想いを譲る事はなかった。


「アンタはアンタの幸せを見つけてそのために生きて? 私の命なんかいくら削っても構わないから」


 その一言が決定打となった。


「俺は母さんの辛そうな顔を見たくなかった、母さんの幸せな顔が見たかった。それが俺の幸せだと思ってたのに……」


 そう言いながら玄関の扉に手を掛ける。


「今更どうやって他の幸せ見つけろってんだよぉ!!」


 勢いよく扉を開け飛び出そうとした。


「待ってマイク!」


「離せっ!!」


 腕にしがみつき止めようとして来る母親を思い切り突き飛ばしてしまった。


「あっ……」


 そのまま地面に倒れる母親を一瞬心配するが今は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


「ごめん……っ!」


 そして走り去る。クリスとの待ち合わせ場所へ一目散に向かって行ったのだった。

 ・

 ・

 ・

 仕事先に着くとクリスが待っていた。


「おー待ってたぞ、ガスマスクもちゃんと持ってきたぜ」


 手にはしっかりと二人分のガスマスクを持っている。やる気万全といった風貌だ。


「あぁ、ありがとな……」


「どうした、何か暗いぞ?」


「何でもない……」


 明らかに様子のおかしいマイクを見て少し首を傾げるクリスだったが気を取り直しガスマスクを手渡した。


「んじゃ周り誰も居ないし行くか」


 自分のガスマスクを装着し金品を詰めるための大きめの鞄を背負いながら先へ進むクリス。


「母さん……」


 その背中を見つめながらマイクは母親の事を考えていた。彼女には自分の幸せを見つけて欲しい、そのためには命を削っても構わないと言われたがそれは許せなかった。


「(母さんの命を削るなんて嫌だ……!!)」


 その想いでガスマスクを装着しクリスの後に着いて行き汚染区域に突入するのであった。

 ・

 ・

 ・

 突入後に内側から見た汚染区域はその言葉のままの見た目をしていた。

 空は赫黒く染まっているように見え、そこら中の物体から汚染物質が滲み出ている。


「うわ、これ吸い込んだらマジやばいだろうな」


 流石のクリスもその光景に少し恐れ慄いているようだった。


「なぁ、お前ん家よるか?」


 するとこんな提案をしてくるクリス。


「良いのか……?」


「せっかくの機会だし思い出の品とかあるだろ多分」


 そんな事を言われてしまうとやはり思い浮かべるのは母親の顔、そして父親と共に暮らした記憶も蘇った。


「……父さんが苦労して買った家だ、死んでからも暖かい家だけは遺しててくれたのに……っ」


 汚染されてしまったため家を出ざるを得なかった。母親は最後まで残ろうとしたが無理やり引き剥がし逃げて来たのだ。


「奪われた時の母さんの目はずっと覚えてる。そんな辛い思いをさせたビヨンドとダーティアが許せなくなったよ……」


「いつまでも浄化しないピュリファインもだろ?」


「あぁ、だから俺が母さんの幸せを取り戻すんだ。父さんが苦労して家買った時みたいに俺が働いて母さんに家を……!」


 自ら働き金を稼ごうとする理由はそれだった。母親の幸せのために自分は生きるのだ。


「お……」


 すると汚染区域の中でも広い敷地に出る。どうやらそこはかつての住宅街のようだった。


「ここだ、ここに俺ん家が……」


 記憶を辿り先へと進む。確かあの角を曲がればかつて父親が買った自宅があったはずだ。


「あっ……これだ」


 そしてとうとう見つけた、かつての自宅である。汚染されてはいるがそれを除いた外観は殆ど変わっていなかった。


「帰ってきた、母さん……」


 手袋をしながらドアノブに手を掛ける。そしてゆっくりと扉を開けた。


「そのままだ……」


 玄関マット、そして壁紙など懐かしいものが目の前に飛び込んで来て感動すら覚える。


「お前の家か」


「あぁ、何かここのもの持ち帰ったら母さん喜ぶかな……? いや汚染区域入ったって怒られるか……」


 そんな事を呟きながら奥へと進む。嬉しすぎてつい声が出てしまうのだ。


「本当に変わってない、まだ誰か住んでるみたいだ……」


 そんな事を言いながら進んで行く。リビングの扉の前に辿り着き扉を開けようとした。

 すると。


「ふぅ〜〜良いの出たわぁ」


 突如としてリビング隣のトイレの扉が開き中から見知らぬ金髪の男が出てきたのだ。


「え……」


「お……誰だお前?」


 こちらに質問をして来る男。まるで自宅で過ごしているかのような格好だった。それにガスマスクはしていない。


「まさか……ダーティアっ⁈」


 なんとかつての自宅に憎きダーティアが暮らしていたのだ。敵と遭遇し身構えてしまうマイクとクリス。

 一体どうなってしまうのだろうか。






 つづく

 

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