和解

物書未満

仲直りは記憶と共に

 遥か昔、強大な力を持つ二つの国があった。

 その二つは長いこと睨み合いを続け、大きな戦いも幾度となく起こした。

 それは代替わりを繰り返して、繰り返し続けた。


 しかし、ある時のこと突如として邪悪な軍勢が世界を覆った。

 どこからか、いつからか分からぬ内に邪悪は世界に根を張り、全てを飲み込まんとしていたのだ。


 邪悪の王たる者曰く、

「我らは邪悪を根源として生まれる者。貴様らに邪悪ある限り、不滅なり」


 邪悪は国々と大地、天空までに手を伸ばし世界を蝕んでいく。

 二つの大国はこの期に及んでやはり利権争いのような、そんなことをやっていた。

 お互いに勇者なるものを送り出しながら、しかし国の違いで勇者同士が刃を交えることも多くあった。


 そんなことをしている内に邪悪は世界を飲み込んでいく。


 そして、二つの国も大半を失った頃にようやく女王が顔を合わせる。


「貴女と会うのは久しぶりね」

「ふん。お前などに会いたくもない」


 二人は刺々しい。だが、それでも大国を治める者同士、実力は認めているのだ。


「あの邪悪の王が言う通りなら……私達の持つ剣を二振り、それも私達の手で」

「ああ。はっきり言って怪しいがな。だが……」


 倒せる方法はただ一つ。それしかないと邪悪の王は言い放った。

 あまりにも危険な賭け。しかし乗らなければ活路を見いだせないところまで、二国は追い込まれていた。


 敵陣へ女王が乗り込む。

 失敗すれば全て失うような行為。


「やるしかないだろう。不本意だがな」

「ええ。やりましょう」


 武勇、武芸に秀でる二人が斬り込む。


 そうして二人はほとんどの護衛もつけずに討伐の旅へと進んだ。


 ある時は怪鳥を。

 ある時は機械兵を。

 ある時は龍を。

 ある時は悪魔を。


 並み居る強大な敵を二人は打ち倒しながら邪悪の根城へと歩を進める。


「お前も衰えてはいないようだな」

「貴女こそ。懐かしいわね。子どもの頃を思い出すわ」

「ああ、そうだな。役も忘れたが」


 旅の中、二人の記憶が蘇る。ずっと前に押し込めた記憶が。


「私も忘れたわ。でも毎回、二人で悪いやつを倒して終わってたわね」

「……どっちが強かったか、なんて言ってた気もするな」


 それを語る二人には少し笑みのようなものすらある。幼き日の記憶が二人を繋ぎ直しているような、そんな光景。


「そういえば悪いやつは誰だったかしら……?」

「使用人にやらせたか? いや、誰だったか」


 かつてのそれと共に、二人は邪悪の根城へと辿り着く。

 長いような、短いような、そんな旅路。


 根城でもやはり熾烈な戦いは余儀なくされた。

 しかしそれでも進み続け、邪悪の王の前へ立つ。


「来たか。愚かなる女王ども。せいぜい我を楽しませよ!」


 邪悪の王は猛然と、そして冷酷に襲いかかる。

 幾重にも繰り出される凄まじい魔法、隙の見えない身のこなしと剣術。


 強き王。


 邪悪の王は正しくそれだった。

 二人の力をもってしても攻めきれない強さ。

 それが邪悪の王だった。


「ふはは! どうした女王ども! 貴様らの力はその程度か!」

「ぐっ……」

「崩れた貴様らの力など所詮この程度! やはり我には及ばぬか!」

「強すぎる……」

「もうよい! まとめ消し炭にしてくれるわ!」


 邪悪の王に膨大な魔力が集まる。

 二人を消し飛ばすべく放たれんとする魔力の塊。


 その時、二人の剣が小さく光を放つ。


「……! おい、お前の剣!」

「貴女の剣も……」


 二人にまた、記憶が浮かぶ。

 かつて、「悪いやつ」を倒した力が。


「賭けだ! 行くぞ!」

「仕方ないわね……!」


 互いの剣を持ち替え、鏡のような二人の動きが邪悪の王から放たれた魔力に突き立てる。


「押し込め!!」

「言われなくても!!」


 二人に駆け巡る、力。

 かつての記憶が繋ぐ二人の力。

 それは放たれた邪悪の魔力を打ち破り……


「ぐぉぉぉ……! なんということだ! この我が……!」


 邪悪の王の腹を貫いていた。


――


 それからというもの、世界から邪悪は去り、平和が取り戻された。

 二つの国はこの共闘を通じて和解し、同盟を結んだ。

 睨み合いを止めた二つの国はそれまでの治世を改め、人々のために力を使うようになり、多くの国々から慕われるようになり、二人は賢王とまで呼ばれるようになった。

 

 かつての女王は互いに未来を見つめる姿で銅像となり、人々に語り継がれている。


……その面影は月明かりの下で少し悲しそうにも見える、とは古い噂である。



――



「これで終わりだ、邪悪の王よ」


 壁にもたれる邪悪の王に女王が言い放つ。邪悪の王は血を流し、あまりにも弱まった。


「この我が……こんな小娘に……まだだ、まだ我は……!」

「観念なさい。邪悪に負ける私たちではないわ」

「ふん。邪悪などこの私が打ち払ってくれる」


 二人の姿は傷だらけだが、しかし頼もしい。

 天窓から月光が差し込み、二人を照らす。


「まだだ、まだ……ふふ、あはは……」

「なんだ。なにがおかしい?」


 突如、がらりと声色が変わる邪悪の王。

 その声はあまりにも人間的で。


「ああ。ようやくだ。やっとだ」

「なんのことかしら?」


「……その決めゼリフ。変わってないね。勇者のお二人さん」


 カタリ、と邪悪の王の割れた仮面が落ちる。

 するとそこには似つかわしくない青年の顔。


「えっ……」

「お、お前は……!」


「やっぱりどっちも勇者役か。二人らしいよ」


 二人が見たのはかつての「友達」

 その面影を残した青年。

 記憶の彼方に忘れかけた思い出。

 その最後のひとかけら。


「バカな! なぜお前がここに! なんでお前がこんなことを!」

「そんな子じゃなかったはずよ!」


 蘇る幼き記憶の光景。

 そこに彼はいた。

 二人と共に遊んだ少年の姿。

 小柄で弱かった怖がりの泣き虫。

 誰より笑顔の眩しかった軟弱者。


 そしてその記憶の彼と同じに笑い、そして言葉を紡いだ。


「そうだね。でもこうするしかなかったんだ。君たちが遠くに行き過ぎたから」


「遠く?」

「まさか私に会うためだけに?」


「ああ。君たちがずっと喧嘩してたからね。仲直りさせるにはこうするしかなかった。遠くの君たちに僕の声は届かないから」


 青年から語られるのは、ただただ二人を仲直りさせたかったという言葉。

 そのためなら世界すら飲み込むという彼の覚悟。

 友達を思い続ける純粋すぎる心。


「君たちにはさ、お互い剣を向けて欲しくなかったんだ。だから僕が悪役で……そうすれば二人は喧嘩しないし……」


「だからって……!」


「いいんだ。どっちが勇者役かくらいの喧嘩ですませてくれれば。それだけなんだ」


「でも、そんな……!」


「これで、喧嘩をやめて仲良くする、そのための理由を作れるだろ? 外に向けてさ」


「なんでそうなる!?」


 女王の問いかけに青年は大きく息をついて、少し、そして殆ど見えていない目で見つめて答えた。


「世界を救ったから、だよ」


 その言葉はあまりにも単純な、しかし大きすぎる、そんな理由を紡いだ。

 その顔はどこか満足げだった。


「ああ……久しぶりに勇者ごっこできて楽しかったなぁ……」


「おい! ふざけるな!」

「ようやく会えたのよ!」


 二人は剣を捨て、青年に詰め寄った。

 だがその命は風に揺れる小さな火のようで。


「嬉し……なぁ。幸……よ。勇者に倒……て……た」


 もうほとんど力のない腕をなんとか広げ、二人の肩を包んだ青年は僅かに呟く。


「さよなら、僕の……友達おひめさま……」


 その言葉を遺して、青年は闇に溶けた。


――


 語られぬ、最期の記憶である。





「……二人が決めるまで待てなかったなぁ。僕は」


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和解 物書未満 @age890

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