もぞり




 手刀を打った理由を考えるから少し時間をちょうだい。

 魔法使いにそう言われた勇者がわかったと返事をして。

 時間は流れた。

 流れて、流れて、流れて。


 勇者の今わの際に、魔法使いは理由がわかったと言った。

 こしょこしょ。

 ベッドに横たわる勇者の耳元で、魔法使いは何かを呟いている。

 吐息が耳にかかってこそばゆく感じるも、何を言っているかわからない。

 もう少し、いや、もっと大きな声で言ってくれないと聞こえないよ。

 嘆願を言えたのかどうか、勇者にはわからなかった。



















(なんてことに、ならない、よな)


 手刀を打った理由を考えるから少し待っていて。

 魔法使いはそう言って、まず湖を一周してくるからと勇者の傍から離れた。

 その背を見送りながら空想が駆け巡った勇者は、もぞりと、座ったまま足を動かした。


 十二本の薔薇を手渡したかった。

 情けない自分に嫌気もさすが、それでも、魔法使いへの気持ちをどうしても伝えたかった。

 正直に言えば、求婚もしたかった。

 情けないと正直に言ってくれて、それでも、傍で寄り添ってくれる魔法使いと、ずっと一緒にいたかった。

 魔法使いが与えてくれる優しさと冷たさは、自分にとって、とてもいい塩梅で。


(甘えて、いたんだよなあ)


 こんなんでは、求婚を断られて当然である。

 もっと頼りがいのある人間になって出直そう。


 決意した勇者は、静かな湖面をずっと見続けていた。











(2023.12.14)



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