こしょり
城の背面に位置する湖を前に、勇者と魔法使いは芝生の上に横に並んで座ると、魔法使いは喧騒を遮断する魔法を使った。
今日は勇者一行が勝利を手に凱旋したのだ。
人の姿が見えない場所はあれど、静かな場所などどこにもなかったのである。
魔法をかけられて初めて静かな時間が訪れる中、魔法使いが口火を切った。
「あのさ。魔王に初めて相対した時、敵わないって、思った?」
「思った」
「そっか」
「情けないよな。本当に」
「じゃあ、本音だったんだ。死ぬ前に結婚したいって」
「ああ」
「勇者が負けたら殺されて、私たちも当然、殺されるってわかっていたよね?」
「魔法使いが拳戦士と僧侶を連れて逃げてくれるってわかっていた」
「ふ~ん。勇者は置いて逃げるってわかってたんだ?」
「ああ」
「で。態勢を整えて迎えに来るって思わなかったんだ?」
「ああ」
「へええ」
「魔法使い」
「なに?」
「身体、大丈夫か?」
「へえ、怒らないんだ」
「怒ってた。時間移動なんて。命を直接削る魔法だ。しかも。十二回も。おまえにも。私にも。腸が煮えくり返っている。情けない。私は本当に。情けないよ」
「本当にね」
ああ、もう求婚はしない流れだな。
魔法使いは思った。
(まあ。求婚されても、どっちにしろ、断ったけど。ぜんぜん考えたこと、なかったし。でも。あの十二本の薔薇は受け取ろうと、思っていたのに。あ。でも。求婚は断るわけだから、薔薇も受け取るわけにはいかない、か)
魔法使いの眼に映る湖は、本当に静かだった。
ゆっくりと、小さく、波が動いている。
こしょりこしょりと、秘め事を話しているようだ。
「魔法使い」
「うん?」
「受け取ってください」
いつの間にか身体を対面する姿勢に変えていた勇者に少しびっくりしながら、魔法使いは目の前にある十二本の薔薇を見つめた。
「あのさ。むしがいい話だけど。求婚は断るけど、この薔薇だけもらうってだめかな?」
「いいよ。受け取ってもらえて、すごく嬉しい」
やった。
魔法使いは喜んだ。
求婚を断っても、十二本の薔薇をもらえるなんて嬉しい。
本当だ。
なのに。
気が付けば勇者の頭に手刀を打っていた魔法使いは首を傾げた。
「あれ?なんで?」
「うん。なんで?」
(2023.12.14)
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