ほんっと




「いや。やっぱり。この十二本の薔薇は私が一緒にもっていくよ」

「………そうか。では。そのようにしておけ」

「ああ」

「そなたの死刑執行は明日、日が昇る前に行う」

「ああ」

「さらばだ。勇者」


 魔王は最期となるその呼び名を口にして、その場を後にした。

 明日はもう、その呼び名を口にすることはない。

 ただの、敗者、である。






「………私はもういいから。新しい仲間を探して魔王を倒してくれ」

「………情けない」


 魔王が去って暫くして、見張りの魔族が空に突如として出現した闇の中へと静かに引きずり込まれたかと思えば、その闇の中から入れ替わるように魔法使いが姿を見せた。

 魔法使いは牢屋の格子を挟んで、膝を抱える勇者の目の前に立った。


「情けないよ。おまえに求婚を断られたぐらいで動きを止める情けない人間だよ」

「ほんっと。情けない」

「そうですよ。情けないですよ」

「ありえないくらい情けない。生死をかけた闘いの最中でしか求婚できないなんて。付き合ってもないし。死ぬ前に結婚したいとか、ほんっとに情けない求婚だったし。誰がはいって言うか」

「そうですよ。情けないですよ。なんて言って求婚したのか緊張しまくりで覚えてもいない情けない人間ですよ。だから、早く見限ってください」

「はあ?本気で言ってる?」


 怒髪天を衝いているのが、ひりつく空気でわかった。

 勇者はそれでも、自分の言葉を撤回しようとは思わなかった。


「ああ。早く行け」


 勇者は最大の殺気を魔法使いに向かって放った。

 魔法使いは無表情のまま、そうわかったと淡々と言うと、闇の中へと戻った。

 ほどなくして、先ほど闇の中へと引きずり込まれた魔族が戻ってきて、闇は完全に姿を消したのであった。




(じゃあ、な。魔法使い)


 勇者は一枚だけ薔薇の花びらに触れて、目を瞑った。

 なめらかで、つめたかった。











(2023.12.12)



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