最終話-8(終) 姫騎士さんは今日も死にたい
ヒメナイトは、腕の中のナジャを、そっと、地面に立たせた。
「ヒメ様……」
顔を涙でクチャクチャにしてささやくナジャ。
魔王はヒメナイトの方へ向きなおり、
「きさま……ヒメナイ……」
と!!
ガイィンッ!
すさまじい脚力で一瞬にして
対する魔王は、とっさに《光の盾》を発動。どうにか
魔王の
(なんだこいつは!?
動きが……速すぎるっ!)
魔王の横をすりぬけ、
魔王はふたたび《光の盾》で打撃をしりぞけ、同時に《
広範囲に
さすがにこれは身のこなしだけでは
(この女!
と魔王が驚くのも無理はない。
剣聖が弟子たちに教えていたのは、決して剣の道ばかりではなかった。
剣にくわえて
いつもいつも、得意の武器が
ゆえに、どんな
すなわちこれは、
「だが! 剣がなければ
魔王がわめき、術をまき散らす。
《爆裂火球》、《
ヒメナイトは魔王の周囲を駆けまわり、次々に襲いくる凶悪な魔術を、かわし、くぐり、飛びこえ、
その速度はまさに
(――今!)
すぐさまヒメナイトが走る。魔術の
が!
ギリギリのところで《光の盾》が間に合った。
魔王から追撃の術がくる。ヒメナイトは、ふたたび
魔王はほくそ笑んだ。
(ふはっ!
速いは速いが、このていど!
剣を振るっていたときよりは明らかに遅い。
これなら、じゅうぶん
そのとき、周囲をかこむ反乱軍の中から声があがった。
「ヒメナイトさん! これを!」
と、叫んだのは、反乱軍リーダーのユンデ。
彼が投げ渡したものは、
「まずい!」
そこを狙って《爆裂火球》をはなつ魔王。
だがその瞬間。
ギャァッ!!
爆音とともに、ヒメナイトが消えた。
かと思えば、魔王の横手に、ヒメナイトが出現する。
いや、そんなはずはない。ヒメナイトに、空間を瞬間移動する能力などあるわけがない。
速いのだ。
(このッ……)
魔王が焦り、《光の盾》を展開する。
そこにヒメナイトの剣が――
「
そして。
バッ……ギィンッ!
魔王ですら初めて耳にする
「バッ……!?」
(バカな!?
魔王が
《光の盾》は、その気になれば竜の
いかに
だが、驚きにかまけているヒマはない。さらなるヒメナイトの斬撃が来る。
魔王は歯を食いしばり、《大爆風》を発動した。
自己を中心に、おそるべき勢いの風を起こし、周囲のものを吹きとばす術だ。
直接的な攻撃力はないが、かわりにすばやく発動できる。
ヒメナイトが風で飛んでいく。だが着地するや、すぐさま前へと突き進む。
「おぉぉぉぉぉおのれぇぇぇぇいっ!!」
魔王がイラだちの叫び声をあげ、術を撃って撃ってうちまくる。
ヒメナイトが止まる。
術を剣で斬る? ムチャクチャだ! 炎や水を斬ろうとするようなものだ。
だがそれを、ヒメナイトは実際にやってのけている。
(なんなのだ、この女はっ!?
速さといい、剣の威力といい、とてもただの人間とは思われぬ!
だがそれでも……近づけなければ何もできまい!)
術を撃つ魔王。切り抜けるヒメナイト。
しだいに、
*
(これじゃダメだ!)
決戦を
(なんだかわたし、ずーっと走ってた気がするなあ。
ヘンな
故郷を取り戻そうとしたときも。
竜さんが敵に囲まれたときも。
……これからも、ずっと走っていくんだろう。
なぜなら)
「ヒメ様には声が必要だ!」
反乱軍の中に飛びこみ、ユンデの姿を見つけるなり、ナジャは声をはりあげた。
「えっ!? ナジャさん! ご
「いいから!
みんなに言って!
ヒメ様を
「どういうことです?」
「どうもこうもない」
ナジャは、キッ! とユンデを見あげる。
「ひとりで戦えるヒトなんか、いないんだ!」
*
連射された魔王の術が、雨のようにヒメナイトへ降りそそぐ。
右へ、左へ、電光の速度で切りかえし、そのすべてを
(よし、いける!)
魔王が自分の
(そうだ。
たかが人間の剣士ふぜいに、負ける理由はどこにもないのだっ!)
だが、そのとき。
「ヒメナイト!」
声が起こった。
魔王とヒメナイトを取りかこむ、人間たちの
一度起こった
「ヒメナイトッ!」
「ヒメナイト様ァ!」
「がんばれ!」
「俺たちの英雄!」
「ヒメ様ァ!」
次々に次々に
「ヒメナイト!」
「負けるな!」
「
「かっこいいーっ!」
「私たちを救ってェ!」
「たのむ! 魔王を倒してくれ!」
「ヒメナイト!」「ヒメナイト!」「ヒメナイト!」「ヒメナイト!!」
「やっ……やかましいぞきさまらァーッ!」
だが魔王がどう叫ぼうと、ヒメナイトを呼ぶ声は止まらない。
人々の意志が、千万の声が、今、ひとりヒメナイトを求め、ヒメナイトを
その事実は、いかなる権力者でも、実力者でも、決して
「ハッ、ハッ、ハッ……」
ヒメナイトは、魔王の術を
ずっと欲しかったもの……
だが、違う。
必要なのは、それじゃない!
「
ヒメナイトが前へ
魔王は、《光の盾》の2枚
もう何十回くりかえしたか分からない
だが、魔王はこのとき、必殺の策をめぐらせていた。
(もう許さぬ! この我が最大最強の術で、きさまを確実に
そうら……術式が完成したぞッ!)
魔王が
「死ねェッ! 《
魔王の手から放たれた
いくらヒメナイトの速度でも、効果範囲外まで逃げるのは……無理!
(
が。
ヒメナイトの目は、まだ燃えている。
何を思ったか、ヒメナイトが……前へ出た。
《
その直後、
巻きおこる大爆発。
あろうことか、ヒメナイトは……その爆風に乗って、前へ、魔王へと飛んだ!
「なあっ……!?」
完全に予想外の行動に魔王の対応が一瞬、遅れた。
爆炎に背中を焼かれながら、文字通り
「《光の》……」
《盾》を発動するより速く。
「……ィィィイイ
ヒメナイトの剣が、魔王の
*
上半身と下半身とに斬り分けられ、地面に倒れるまでのわずかな時間……魔王は、最後につかんだ最悪の事実に、意識のすべてをとらわれていた。
(やはり……
今、確かに感じた。この異様な生命魔力の波形……
まちがいない。
王にして神たるもの……
《
まさか、こんなところに
ああ、気が遠くなってきた……これが死……
これで終わりか……
世の中を、キレイにしたかった、のに、なあ……)
*
どざっ……
ふたつになって
そのそばに、ヒメナイトもまた、倒れて転がった。
まわりの人々は、この光景を見……
「やっ……」
「やったああああああああ!!」
「勝ったああああああああ!?」
「魔王を倒した!」
「助かったんだァ!」
だが、喜べない者も、1人いる。
「ヒメ様ァ!」
ナジャだ。
ナジャは悲鳴をあげて、ヒメナイトに駆け寄った。
うつぶせに倒れたヒメナイトにすがりつき、ボロボロと涙をこぼす。
大丈夫? などと問うのも
無事なわけがない。
ヒメナイトは全身から、焼け
「ヒメ様! しっかりして! ヒメ様! ヒメ様ァ!」
「っつつ……ちょっとどいて。そこどいて! オラッ! ナジャ! ボヘェーとしてないで
と、
ナジャは涙にぬれた目を丸くする。
「キリンジッ! 無事だったの!?」
「『だったの』じゃねーよ! ヒトが
ああもう! 《小治癒》かけるんだから! そうそう。
《小治癒》~
いいかんじに
おちゃらけているが、キリンジも、全身にかなりの
それはそうだ。彼女も、竜と一緒に《
とっさに竜が手で包んで守ってくれなかったら、今ごろキリンジは、炭ひとつ残らず燃えつきていただろう。
とはいえ……生きている。
痛みをこらえて
見れば、奥のほうでは、
ナジャは笑った。
笑いは、涙の味がした。
「……ナジャ」
「ヒメ様! 気がついだんだっ!」
「うん……やったね」
「……はいっ! やりましたね!
ね……ヒメ様」
「うん?」
「大丈夫、ですか?」
ヒメナイトの全身に、痛みが走った。
一瞬顔をしかめて、それからヒメナイトは、かすかに笑う。
「死にたい」
そして、おだやかに息を吸い、
「でも……死ぬのはまた今度にしよう」
背中を温める《小治癒》の熱を感じながら、たまらなく
最終話 完
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