最終話-7 「だから!!」



 飛翔ひしょうする魔王。

 むかえうつ竜。

 竜の口から閃息ブレスが横ぎに、はなたれる。

 対する魔王が魔術を発動。

「《避弾経始ひだんけいし》!」

 ギァィンッ!

 耳を引き裂くような高音をたて、竜の吐いた光線が、あらぬほうへとハジかれた。

 すぐさま魔王は竜に接近。手の中に魔力の光をふくらませ、竜めがけて投げつける。

「《光の矢》!」

 バゥッ!

 これは狙いたがわず竜に命中。

 だが竜は、なにごともなかったかのように翼をはばたかせ、魔王へと閃息ブレスを連射する。

 ギャッ! ギャアッ! ギャギャッ!

 その全てを《風の翼》による高速飛行でくぐりぬけながら、魔王は小さくしたを打つ。

(《光の矢》クラスをにかいさず、か!

 太古竜エンシェント・ヴルムだけのことはある。

 これは、すきを見て大技おおわざを叩きこむしかないな)

「よかろうっ!」

 魔王が撃った次なる術と、竜の閃息ブレス衝突しょうとつし、空中に爆発の花をさかせた。



   *



 たまらないのが地上で戦っている者たちである。

 竜と魔王が撃ちおろした閃息ブレスや魔術の流れ球が、次から次へと降りそそぎ、そのたびに下へ大損害をもたらすのだ。

 魔王城はくだけ、城壁はくずれ、反乱軍も魔王軍も吹きとび、倒れる。

 だが、味方を巻きこむことも気にせず術をバラまく魔王に対して、竜は、閃息ブレスが人間たちに当たらないよう、気をつかいながら戦っている。

 となれば、被害ひがいが大きいのは、もちろん魔王軍のほう。

 流れ弾で体勢をくずしたところへ、反乱軍のとてつもない大軍におそわれる。

 象獅子ビヒモスなどの強力な魔獣も、アリのようにたかってくる反乱軍に引きずり倒され、1匹、また1匹とうしなわれていく。

 持ち場を放棄ほうきして逃げだす魔族も出はじめた。



   *



 そのころ、魔王城の宝物庫ほうもつこに、必死ひっし形相ぎょうそうで金銀財宝をカバンにつめる、ひとりの魔族の姿があった。

 魔貴公爵まきこうしゃくリリである。

「イヤだ、イヤだっ!

 死にたくない!

 なんでこんなことに……私が何をしたっていうのよぉ!」

「それが分からねえ、ってのが全てを物語ものがたってるよなあ?」

 魔貴公爵まきこうしゃくリリが、バッ! と身ぶるいしながら顔をあげた。

 宝物庫ほうもつこの入口で、開けっぱなしのとびらにもたれかかり、ニタニタとゲスな笑みをうかべている魔族がひとり。

 餓狼がろう将軍しょうぐんザザンだ。

「ザザン!? なんだきさまっ……何をしている!?」

「ハッキリ言わなきゃ分かんねえか?

 魔王軍は、もう終わりだよ。

 俺も、あんたと同様どうよう退職金たいしょくきんもらって逃げようと思ってね」

「なにを言うか!

 きさまは魔王様の強さを知らないんだ!

 あのおかたが人間ごときにけるハズがないっ」

「お前、言ってることとやってることが矛盾むじゅんしてねえか?

 まあいいけどよ。

 たしかに魔王は強いよ。人間の軍勢ぐんぜいが2、3万ってとこだろ。

 あのていどの数、魔王なら1人で皆殺みなごろしにしちまうさ。

 しかし、部下は全滅ぜんめつ

 くにのかたちをたもてなくなり、魔王様はどっかの山にこもって、また野盗団やとうだん親分おやぶんに逆もどり、ってわけだ」

「イヤよお……

 私、そんなミジメなイナカで、あんなバカのご機嫌きげんを取りつづける人生なんてっ……

 ね……ねえっ! あなたなら!?

 あなたならかしこいし! お金をかせいだり、ヒトを使ったりするのも得意でしょ!?

 私もあなたと行く! ね……いっしょにいさせて。守ってくれるなら、私を好きにしてもいいのよ……?」

 リリが、ザザンに身をすりよせる。

 大きな大きな胸のふくらみが、ぐにゅっ、とザザンの腕に押し当てられる。

 ザザンは、リリをかきいだき、強引にかべへ押しつけ、むさぼるようにくちびるをうばった。

 したをからめ、口の中をかき回し、豊満ほうまんな肉のいたるところを好き勝手かってみくちゃにした。

 そして、

「ん……♡ ぅんっ……♡」

 あえぎ声をもらすリリに……

 ズプッ!!

 ナイフを、ふかぶかと突き刺した。

「ん!? ……あっ……? え……」

 ずるっ……と、くずれ落ち、倒れふすリリ。

 彼女の豪華ごうか絢爛けんらん衣装いしょうで刃の血をぬぐい、ザザンは、冷たく鼻で笑う。

「は! 女なんか、いくらでもいるんだ。わざわざ無能むのうう理由があるか?」

 最初からザザンの目的はこれだったのだ。

 いままでさんざんを飲ませてくれた魔王軍の上層部に、少しでもいいから意趣返いしゅがえしがしたかったのだ。

 これで少しは気も晴れた。

 ザザンは、鼻歌を歌いながら、宝物庫ほうもつこ財宝ざいほうをあさりだした。

(魔王軍のテッペンに立ちたい、なんてのも、ウソだよ~!

 そんなメンドくせーこと、俺がやりたがるわけねーだろ?

 一生いっしょう遊んで暮らせるだけの金をいただいて、かしこいザザンくんはススッと逃亡とうぼう

 さっすが俺! 抜け目ないね~……)

 などと、ご満悦まんえつのザザン。

 そのとき。

 彼の首すじに、ぽたり、と焼けたしずくが落ちてきた。

「ぅっつ!?」

 飛びあがるザザン。いったいなんだ? とばかり、天井を見あげれば……

 天井の石材が、円形に赤熱せきねつして、中央からジワジワとけはじめている。

 あれは……?

 あれは……

 あれは……!

「あああああああああああああっ!?」

 事態じたいをさとったザザンが、その場から逃げだすより速く……

 竜の閃息ブレスが、宝物庫ほうもつこごとザザンを炎上えんじょう蒸発じょうはつさせた。



   *



 ゴッォォ……ン……

 もう何度目だろう。爆発の振動しんどうに足をすくわれるのは。

 ころびかけながら、どうにかみとどまり、ナジャはふたたび走りだす。

 ヒメナイトがとらわれているとうの中は、通路と小部屋が複雑ふくざつにからみあい、まるで迷路めいろのようになっていた。

 外で戦闘が行われている間、ナジャはひた走り、ヒメナイトを探していたのである。

(どこ……? どこにいるの、ヒメ様っ……)

 いくつめかも分からない、とびらを勢いよくりあける。

 と。

「ガアァッ!」

 いきなり聞こえる獣の咆哮ほうこう

 部屋の中には、狼にた魔獣が1匹、キバをむいてうろついていたのだ。

 驚きすくみあがるナジャに、狼が飛びかかってくる!

「うわあっ!?」

 ナジャは反射的はんしゃてき後退こうたいし、つまずいてしりもちをついた。

 その上へのしかかる狼。

 ナジャは……

「負けるかァーッ!!」

 とっさに左こぶしを前へ突きだし、狼の口の中へ突っこんだ。

 目を白黒させてとまどう狼。

 その横っぱらへ、右手で抜いたナイフの刃を、ズブッ!! と力まかせに突き刺す。

 狼は、ビクンと震え、ナジャの上によろめいて倒れた。

 あわてて狼の死体を押しのけ、立ちあがって逃げだすナジャ。

(ヤバいっ! 今のはヤバかったっ! 死ぬかと思ったーっ!)

 ズキン! と左手に痛みが走る。

 狼の口に手を突っこんだとき、こぶしにキバが食いこんでいたらしい。傷口から血が流れはじめている。

 だが手当てあてなど、しているヒマはない。

 血のしずくをしたたらせながら、ナジャはガムシャラに走りつづけた。

 今、この瞬間も、ヒメナイトは苦しみ続けているのだ。

(ヒメ様! ヒメ様! ヒメ様っ……)

 息が乱れる。

 涙がこぼれる。

「ヒメ様ァーッ!!」

 腹の底から絶叫ぜっきょうして、ナジャは次なるとびらを開く。

 と。

 目の前に広がる、地獄じごくの底のような寒々さむざむしい部屋の奥に……

 いた。

 大きな石柱。

 たれさがるくさり

 生気せいきをなくして、うなだれるばかりの――

 ヒメナイト!

「ヒメ様あああああっ!」

 ナジャが叫んだ、そのときだった。

 とうの壁と天井が、突然、攻撃魔術によって吹き飛んだ!



   *



 竜がキリモミ回転しながら空中にをえがき、術をける。

 魔王の魔術が狙いをはずして、後ろにあったとう粉砕ふんさいする。

 竜は強い……だが魔王はそれ以上に強い。

 はじめこそ互角ごかくだったが、次から次へと飛んでくる高等魔術のあらしに、竜はしだいしだいに追いこまれていった。

 とにかく攻撃が激しすぎて、けるだけでせいいっぱいなのだ。

 戦いが長びけば長びくほど、疲労ひろうがたまればたまるほど、竜の不利ふり拡大かくだいしていく。

 いまや、竜は完全に防戦ぼうせん一方いっぽう

(ころあいだな!)

 魔王はニヤリと笑みを浮かべ、眉間みけんにシワを寄せて、すさまじい魔力を集中させはじめた。

 魔王の手の中に、これまでとはケタ違いの破壊力はかいりょくめた、まがまがしい光弾こうだんがふくらんでいく。

「ヌゥゥゥ……

 ァァァァァ……

 ァァァアアアーッ!!

 受けるがいい!

 魔王ムゲルゲミル最大最強の究極魔術!

 《ぜる空》ァーッ!!」

 瞬間。

 カッ……

 と光が走り、


 ゴッガァァァァァァアアァアアアッ!!


 かつてない規模きぼの爆発、爆風、爆炎が、魔王城上空の空間ごと竜を飲み込み、炸裂さくれつした!

 《ぜる空》。

 それは人類が開発した攻撃魔術の中でも最強とされる破壊の術。

 効果こうか範囲内はんいないの空気を可燃性かねんせいの気体に変質へんしつさせ、大爆発を引きおこす。

 その威力いりょくは、城に撃てば城を一撃で崩壊ほうかいさせ、山に撃てば山の形を変えてしまうほど。

 欠点はただひとつ、術の準備に時間がかかりすぎること。

 だがこれが直撃したなら、たとえ竜といえど……

 ドズ……ン……ッ!

 重い音を響かせて、竜が、地面に墜落ついらくした。

 その衝撃しょうげき土煙つちけむりが舞いあがり、あたりを白くそめあげる。

 魔王は肩で息をしながら、ヒュウッ……と風をきって、竜のそばに着地した。

 そのとたん、がくっ、とヒザをつく魔王。

(ち……!

 《風の翼》を長く維持いじしすぎた。

 術式の魔法焼きつけが起こっているな。

 しばらく《風の翼》は使えんか……)

 さすがの魔王も、かなり疲労ひろうしている。

 だが……

 竜は倒した。

 残るは、反乱軍の、ろくに訓練くんれんも受けていない群衆ぐんしゅうのみ。

 それが、白い土煙つちけむりの向こうで、魔王を遠巻とおまきにかこんで、じっと様子をうかがっている。

「あんなもの、の敵ではない。

 はぁーっはははは!

 バカどもめ!

 部下が何人死のうと関係ない。

 ひとりでも、きさまらを全滅ぜんめつさせるていど、わけはないのだっ!

 それを……今から実際じっさい証明しょうめいしてやるっ!」

 魔王の手の中に、次なる攻撃魔術の光がともる。

 次の瞬間、魔王がはなった殺戮さつりくの術が、反乱軍を吹き飛ばした。

「弱い! 弱いなあ人間は!

 はっははは! はーっははははは……」



   *



「ヒメ様ァっ!」

 ナジャは叫んで、駆けだした。

 とうがくずれる。壁が、屋根が、床が、なにもかもが、ささえを失って崩落ほうらくしていく。

 ナジャは走った。泣きながら。

 石材をり、足元あしもとにあいた穴を飛びこえ、ガレキの下をくぐりぬけ、ただひとすじにナジャは走った。

(わかるよ、ヒメ様)

 そうだ。あの日から……

 ヒメナイトと出会ったあの日から……

 ヒメナイトと並び、ヒメナイトと歩み、ナジャはずっと、考えていた。

 なにが世界をゆがめるのか。

 なにが彼女を苦しめるのか。

(つらいよね。

 苦しいよね。

 自分のことが、好きだよね。

 なのに自分が、イヤだよね……)

 全ては、この、小さな小さな矛盾むじゅんのせい。

 でも、

 その矛盾むじゅんは、容易よういにヒトを、殺しうる。

 そのとき……

 ナジャの目の前で、床が完全にくずれはじめた。

 ヒメナイトがつながれている石柱を残して、床石が下へ落ちていく。ナジャのを、大穴がさえぎる。

 しかし……

 ……いや。

!!」

 ナジャは走った。前へ走った。走ってんだ。ヒメナイトへと。

 無我夢中むがむちゅうでのばした指先が、ヒメナイトの体に――とどいた。


「旅をしようよ!

 どこまでも……いっしょに!!」


 瞬間。

 ヒメナイトの脳裏のうりに、恩師おんしの問いがよみがえる。

「その剣で――

 お前は誰を守りたい?」


 まぶたを開く。ナジャがいる。ナジャがくずれゆくとうとともに、下の暗闇くらやみへ落ちていく。

 それを見た瞬間……

 ヒメナイトの目が、燃えたッ!!

「ナ……ァ……ア……ジャァァァァアアアアアアアッ!!」

 雄叫おたけびをあげ、両手につながれたくさりを引き寄せ、引いて、引いて、引きちぎる! 柱に足をつき、下をにらんで、上下さかさまのまま、

 ダンッ!!

 柱をって飛びだすヒメナイト。

 落下するナジャを空中できとめ、そのまま真下のガレキの中へ……



   *



 ドッガァァアアアッ!!

 突然、背後はいごで鳴り響いた轟音ごうおんに、魔王がふるえて、振りかえる。

 そこには、完全に崩落ほうらくした、とう残骸ざんがいが山をなしている……

 その、もうもうと立ちこめる土煙つちけむりの中に……

 立ちあがる人影ひとかげがある。

「なにィ……?」

 魔王のひたいから、汗がつたい落ちる。

 人影ひとかげが、土煙つちけむりを肩で切り、ガレキを力強くみしめて、逆巻さかまく風の中に姿をあらわす。

 まるで一振ひとふりのつるぎのように凛然りんぜんと立つその女は……

 つるぎ狂鬼きょうき

 ヒメナイト、復活!!



(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る