最終話-6 決戦、魔王城



 ナジャは、いそがしく働いているフリをしながら、魔王城の奥へとしのび込んでいく。

 とはいっても、危険は何もなかった。

 魔王城の中には、魔族も魔獣も、ほとんどいなかったのだ。

 魔族の大半たいはんは、南の国境こっきょうでの侵略しんりゃく戦争せんそうりだされているに違いない。

(なるほど、人手ひとで不足ぶそく……)

 あまりに人気ひとけがなさすぎて、ちょっと不気味ぶきみなくらいだが、ナジャにとってはありがたい。

(今のうちに探すんだ。ヒメ様はどこ!?)

 広大な魔王城を、右へ左へ、うろつきまわり……

 ある部屋の前をとおりかかったところで、ヒトの話し声が聞こえてきた。

 見れば、ドアが半開はんびらきになっている。

 ナジャはドアのそばの壁に背をつけ、そっと、聞き耳をたてた。

「やってられんな……」

「ぼやくなよ」

「魔王様はどうかしてるんじゃないか?」

「まあな……」

 どうやら魔族ふたりが、グチを言いあっているらしい。

「ほんと、この危機的ききてき状況じょうきょうわかってんのかね?」

「いやあ、わかってないでしょ。

 魔貴公爵まきこうしゃくどのにおだてられて、いい気分になってんだよ」

「知ってる? あの魔貴公爵まきこうしゃく、もともと魔王様の愛人らしいぜ」

「それでかよ!

 ロクに魔術も使えないくせに、なんであんなに出世しゅっせしてんだ? って思ってたけど、そういうことかあ……」

「魔王様の著書ちょしょのゴーストライターしたのもあいつなんだって」

「あー……買わされたな、魔王様の本……

 お前、読んだ?」

「3ページで挫折ざせつした……クソつまんねえもん……」

「ホント魔王様はさあ……

 思いつきでムチャな命令するし……

 そのくせ自分が言ったことをコロッと忘れてるし……」

「『忘れてる』で思いだした。

 あのヒメナイトってやつ」

「あー」

「『抹殺まっさつしろ』って命令とばしまくって、おおさわぎしたくせにさ。

 魔王様、完全に忘れてたそうじゃない。

 ありえるか?

 アレで何人も死んでるんだぜ?」

「なんか昨日つかまえたんだっけ? ヒメナイト」

祭壇さいだんに閉じこめて、ずっと拷問ごうもんしてるってよ」

祭壇さいだんって、地下のやつ?」

「いや、南のとうのほう。

 見まわり担当たんとうのやつが、『叫び声を聞くのがキツくって、こっちまでうつになりそう』ってグチってたわ」

「あー。それはしんどいなー……」

「ほんとなー……」

「もう、やめよっかなー……魔王軍……」

「いっしょに独立どくりつする?」

「いいねえ。やろっかな……」

 えんえん続くグチ合戦がっせんをよそに、ナジャはもう、走りだしていた。

 窓から空を見あげる。石づくりの大きなとうが、魔王城の南端なんたんに立っている。

(南のとう……アレか!)

 目標を見さだめて、ナジャは飛ぶように駆けていった。



   *



 そのとうは、城内じょうない中庭なかにわに立っていた。

 ナジャはにわをつっ走り、とうの入口に近づいていく。

 入口の前では、門番もんばんらしき魔族兵がひとり、草の上に座りこんで、とう外壁がいへきにもたれかかり、気持ちよさそうにイビキをかいている。

(チャンスだ……)

 足音をしのばせて近寄り、ナジャはとうとびらに手をかけた。

 重たい木のとびらを、体重を乗せて押し開ける……

 と。

「おい、お前! そこで何をしている!」

 いきなり背後はいごから、怒鳴どなり声をあびせられた。

 ナジャは、ビクリ! とかたを震わせ、そっとふり返る。

 そこには、身なりのいい魔族……おそらく魔貴族マグス・ノーブルであろう男が1人。

 ナジャを不審ふしんげに、にらんでいる。

「見ない顔だな……新しい女中じょちゅうか?

 こんな場所に何の用だ?

 ……ちっ! 見張みはりがいねむりとは! 魔王軍の軍規ぐんきも地に落ちたな!」

 魔貴族マグス・ノーブルは、眠りこけていた魔族兵を、ゲッ! と思いっきりっとばした。

 魔族兵が、悲鳴をあげて目を覚ます。

 そのあいだ、ナジャは内心ないしん動揺どうようを隠して、必死に考えをめぐらせていた。

(ヤバい、どうしよう、どう切り抜ける……?)

 そのナジャへ、魔貴族マグス・ノーブルが一歩、近づいてくる。

「あやしいな、きさま……

 さあ言ってみろ。なぜこのとうに近づいた?

 言えぬようなら……!」

 と、魔貴族マグス・ノーブルが、指先に魔術の光をともす。

 脂汗あぶらあせを浮かべるナジャ。

 魔術の光が、ナジャへ突きつけられる……

 と、そのとき。

 ばんっ!! ばばばばんっ! ばん!!

 突然鳴り響いた爆発音に、ナジャは飛びあがった。

「なんだっ!?」

 魔貴族マグス・ノーブルが、はじかれたようにふり返る。

 その直後、

 ヒュだッ! ダダッ! ヒュぅぁッ!!

 矢の雨! そうとしか表現しようのない無数の矢が、壁の外から、魔王城内へと撃ちこまれてきた。

「うわあ!?」

「矢!? 敵ィ!?」

「うお! わ! わあ!」

 あわてて逃げだす魔族兵。

 それを「あっ! バカ……」と止めようとしているうちに、頭を射抜いぬかれる魔貴族マグス・ノーブル

 ナジャはおおあわてでとう外壁がいへきにすがりつき、ギリギリのところで矢をのがれた。

(この矢は……ひょっとして!?)



   *



 魔王城の門前もんぜんに、殺到さっとうしてくる軍団がある。

 人間だ。

 武器を手に取り、雄叫おたけびをあげ、怒涛どとうの勢いで突撃とつげきしてくる、何千もの……いや! 万をこえる大軍だ!

 反乱軍!

 その先頭に立って弓をビュンビュン鳴らしつつ、反乱軍リーダーのユンデは絶叫ぜっきょうした。

「止まるな!

 進め!

 我々われわれの国を取り戻すんだァーッ!!」

 うおおおおおおお!!

 群衆ぐんしゅうが、足元の石をつかんで、魔王城の門番たちへ投げつける。

 たかが投石とうせきとあなどるなかれ。

 ただの石でも、当りどころが悪ければヒトは死ぬ。

 それが何百何千と、雨あられのように降ってくるのだ。

「うっ……うわああああ!?」

 門番たちは恐怖にたじろぎ、あわてて門の中へ逃げこもうとした。

 その後頭部を、こぶしだいの石が容赦ようしゃなく叩き割る。

 血がふきだす。門番が倒れる。その死体をみつぶし、反乱軍が一挙いっきょに城内へなだれこむ!



   *



「城内に入られただと!?

 門番たちは何をしていたんだ!」

 城の奥では、魔貴族マグス・ノーブル将軍しょうぐんが、おおあわてでよろいを身につけながら、ツバを散らしていた。

 報告ほうこくをもたらした部下の魔族は、床にひざまずいたままうなだれる。

「は! それが、あまりに突然のことで……

 城下町からいきなり敵がいてきた、と……」

「バカを言うな! 何もないところから軍勢がいて出るものか!」

 将軍しょうぐんの言いぶんは、しごくもっとも。



   *



 だが……実際、軍勢はいたのだ。

 ユンデと、その仲間たちが、魔都まとじゅうの人間たちに呼びかけたのだ。

 もうガマンならない。

 このままでいいのか?

 いつまで魔族に暮らしをおびやかされ続けるんだ!?

 今こそ立つとき!

 ヒメナイトを救いだせ!

 ヒメナイトなら、魔王を倒せる!

 その呼びかけは、ヒトからヒトへ、はやてのように伝わって……

 伝わるうちに、尾ヒレがついて、背ビレもついて……

 いつのまにやら大魚たいぎょになった。

「今日で、魔王軍は終わりだ!!」

 それはただの思いこみだ。人々の願望がんぼうが、たんなる憶測おくそく真実味しんじつみを与えただけだ。

 だがどんなタワゴトでも――信じてしまえば、それが真実!!

「魔王軍を、倒せェーッ!!」

 魔都まとの住人たちは、先をあらそって反乱軍に加わった。

 老いも、若きも、男も、女も、子供や、病人や、飼い犬や、ノラ猫さえも、狂乱きょうらんうずに身をとうじた。

 いまや、反乱軍の兵力は3万超。

 魔都まとの人口、約5万……その半数以上が、血走ちばしった目で、魔王城に押し寄せていたのである!

 対する魔王城守備兵は、たったの50名。

 勝負にもならない。

 魔王城は、みるみるうちに反乱軍の波に飲みこまれていく。



   *



 ……が。

「どいつもこいつも……」

 城内の庭園ていえんを埋めつくす反乱軍を、上空から見おろす黒い影。

「好き勝手かって秩序ちつじょを乱しおる」

 魔王ムゲルゲミル!

 反乱軍のひとりが、それに気づいて空を指さした。

「見ろ! 上だ! 魔王がいるぞ!」

「魔王だ!」

「殺せェ!」

「石投げろォ!」

 とたんに始まる投石とうせきあらし

 しかし魔王は、冷たく舌打したうちひとつして、

おろものォ!

 《爆裂火球》ゥーッ!」

 ゴバァァァンッ!

 投げ下ろされた殺戮さつりくの術。

 火球が反乱軍のドまんなかで炸裂さくれつし、爆炎と、土砂と死体とをまき散らす。

「《爆裂火球》!

 《爆裂火球》!

 《爆裂火球》!

 がどれほど心をくだいて、きさまら人間の幸せを願ってきたと思う!?

 そんな思いを、政治も分からないバカどもは平気でみにじる!

 こういうクズは社会から排除はいじょして、世の中をクリーンにせねばならんのだッ!」

 そこへさらに、聞こえてくる獣の叫び。

 魔獣だ。魔族たちが、城内で飼っていた魔獣をときはなったのだ。

 城内の建物を粉砕ふんさいしながら、大型の魔獣が5頭も6頭も駆けつけてきた。

 2階だての家ほどもある巨大な体に、肉食の猛獣もうじゅうを思わせる大きなキバ。

 象獅子ビヒモスと呼ばれる、強力な魔獣である。

 それが反乱軍の群衆ぐんしゅうにつっこみ、薄紙うすがみでもやぶるように、人間たちをちらしていく。

 たちまちきおこる悲鳴。

 魔王の術と、魔獣の攻撃で、戦いれしていない群衆ぐんしゅうがパニックにおちいる。

 これを見て、リーダーのユンデは顔色を変えた。

「まずいっ……!

 みんな落ちつけ!

 戦うんだ!

 敵の数は少ない! 落ちつけば勝てる相手なんだ!」

 しかし、必死の叫びは、恐怖にとらわれた群衆ぐんしゅうには届かない。

 このままでは、反乱軍が潰走かいそうしてしまう……!



   *



 そのとき、空の、はるかかなたから――

 ヒュッヒュッヒュッ……

 ギャッギャッギャッギャッギャッ……

 ギェッギィィィィィ……

 かんだか轟音ごうおんが、猛然もうぜんと近づいてきて……

 ギイイイィィィイヤアアアアアアッ!!

 閃光せんこう!!

 空中から、一直線に放たれた光線が、ナナメに魔王城をぎはらう!

「な!?」

 驚きの声をあげる魔王の目の前で、

 キュッゴアアアアアアアア!!

 大爆発が、城もろともに数匹の象獅子ビヒモスをフッ飛ばした!

「これはっ……光熱レーザー閃息ブレス!?

 まさか!?」

 はじかれたように振りかえる魔王。

 その視線の先にあったのは……

 超音速で飛来する、白銀巨体の飛竜が1頭。

 ――雪花石膏のアラバスタ・ヴルム

 そう……かつて魔王軍によって我が子を殺され、狂気におちいり、また魔王軍に殺されかけていたところを、ヒメナイトによって救われた……あの竜である。

 その頭の上には、必死でつのにしがみつく、小さな妖精ようせいの姿もある。

 キリンジだ!

「待たせたなっ!

 ヒメ! ナジャ!

 援軍えんぐんをつれてきたぜぇーっ!!」

 ガッォオオオオンッ!

 竜は魔王城の上空までくると、大きな翼を広げて止まり、落雷らくらいにすらまさる大音声だいおんじょうを響かせた。

われ、いま信義しんぎを重んじてワザワザここへ来たる!

 魔王よ!

 なんじはまた、不義ふぎのために汚名おめいを残せ!』

 そして竜がはなつ、連続閃息ブレス

 ギャッ! ギャアッ! ギャォオァッ!

 魔王はそれをけ、あるいは魔術で防ぎ、どうにか猛攻もうこうをしのいだが、その余波よはをうけた魔王城と魔王軍はなすすべもなく粉砕ふんさいされていく。

 さらに。

 光輝く竜が味方についてくれたらしい、と見てとった地上の反乱軍が、一気に息を吹きかえした。

「よぉし! 今だ! 攻めこめ! 魔王軍を皆殺みなごろしにしろォーッ!」

 この状況を見て、魔王は、にぎりこぶしをワナワナと震わせる。

「お……のれェッ……

 トカゲふぜいがァーッ!!

 天下てんか万民ばんみん頂点ちょうてんに立つ、この魔王に……かなうと思うなァーッ!!」

 怒声どせいとどろかせ、魔王は竜へと急上昇きゅうじょうしょうした。



(つづく)

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