最終話-4 逃避行の終わり



「それでは行くぞ、ヒメナイトとやら!」

 魔王が胸の前に両腕をかかげ、精神を集中させる。

「ムゥゥゥゥンヌァッ!

 くらえ! 《大きな光の矢》!」

 瞬間――

 キュッゴアアアアアア!!

 耳を引き裂く轟音ごうおんとともに、魔王の手から極太ごくぶとの光線がはなたれた!

 光線の直径ちょっけいは、軽く一部屋ひとへやを飲みこむほど。

 その光がれたとたん、机やイスは焼失しょうしつし、基地きち石壁いしかべ粉砕ふんさいされ、反乱軍兵士はずみと化す!

「うわああああ!」

「逃げろ、退避たいひィ!」

「イヤだ、死にたく……ぎゃぴっ」

 次々に焼き殺されていく兵士たち。

 だがヒメナイトにも彼らを助ける余裕よゆうがない。

 光線の範囲はんいからのがれ、光鱗竜の盾で余波よはを防ぐのでせいいっぱいなのだ。

(火力がだんちがいすぎる……どうする?)

 汗をたらして考えるヒメナイト。

 その肩へ、ピュン! とキリンジが飛びついた。

「ヒメッ」

「魔王、強いね」

「あたりまえだっ! それぞれの術も高度だが、なにより魔術の同時発動数がヤベェ!」

 魔術の複数同時発動……術士以外にはあまり知られていないが、これはかなり難しい芸当げいとうなのだ。

 並の術士なら、一度に1つの術しか使えないのが普通。

 かなりの熟練者じゅくれんしゃでも、せいぜい2つか3つが限度。

 一方、魔王は、というと……

 《風の翼》《烈風刃れっぷうじん》《光の盾》《爆裂火球》、なんと4つもの術を同時に使ってみせた。

 同時発動数4わく……まさに、達人たつじんをこえた超達人ちょうたつじん領域りょういきである。

 通常なら攻撃、防御、移動のうちどれか1つしかできない術士は、接近戦せっきんせんには非常に弱い。

 敵の戦士にふところへ飛びこまれたら、なすすべもなく斬られるか、防戦一方になるかの、どちらかしかない。

 ところが魔王は、攻撃、防御、移動を全部いっぺんにこなして、そのうえまだ1つ行動を起こす余裕があるのだ。

 これは、実戦では圧倒的あっとうてきなアドバンテージになる。

「どうすればいい?」

「決まってらァ。

 魔王に、術を4わくすべて使い切らせろ!

 そうしたら、いちど術を全部解除しないかぎり、新しい術が使えなくなる。

 その一瞬いっしゅんすきをつくんだっ!」

「うん」

 早口はやくちで一気にまくしたてたキリンジに、ヒメナイトは、こくん、とうなずき……

 ダンッ!

 と床をって駆けだした。

 《大きな光の矢》の横を駆け抜け、側面そくめんから魔王に接近せっきん

 流れるような魔剣の一撃を叩きこむ。

 が、

「《光の盾》」

 ギィンッ! と、たやすくハジきかえされる。

 その衝撃しょうげき体勢たいせいくずしたヒメナイトへ、

「《闇の鉄槌てっつい》ッ」

 魔王の反撃が来る。

 指先から撃ち出される黒いなぞかたまり……

 それをヒメナイトは、かろやかに跳躍ちょうやくして回避かいひ

 そのまま魔王の頭上ずじょうを飛びこえ、反対側へ着地する。

シャァッ!」

 身をひねり、振りかえりざまにくりだす横薙よこなぎの斬撃ざんげき

 対して魔王は

「《鉄砲風》!」

 猛烈もうれつ突風とっぷうを起こす術で、ヒメナイトを後ろへフッ飛ばす。

(よし!)

 これで魔王が使った術は4つ。

 脳内に展開された術式じゅつしきをいったん全解除しなければ、次の術は使えない。

 そのために数秒のタイムラグが生じるはず。

 このチャンスに、キメる!

 ヒメナイトは吹き飛ばされながら、空中で宙返ちゅうがえりして体勢たいせいを立てなおす。

 そのままかべに着地。

 グン! と太腿ふともも躍動やくどうさせ、弾丸のように飛び出した。

「ィァァァーッ!!」

 ヒメナイト会心の一太刀ひとたちが、閃光の速さで魔王にせまる!

 もはや魔王に防ぐ手段しゅだんは、ない!

 が――

 そのとき。

「《電撃の槍》!」

「!?」

 バギャァアッ!!

 すさまじい雷鳴らいめいを響かせて、電撃の閃光がヒメナイトの胸をつらぬいた!



   *



 後方のナジャは、傷つき倒れた兵士を引きずって奥へ避難ひなんさせようとしていたのだが……

 突然の轟音ごうおんに、ふりかえり……

 よろいのすきまからけむりをたちのぼらせる、無残むざんに焼けげたヒメナイトの姿を、まのあたりにした。

 ナジャの目が、丸く、大きく、見ひらかれていく。

「ヒメ様ァッ!?」



   *



 どさっ……

 ヒメナイトは、前のめりに床へ倒れた。

 巻きぞえで電撃をあびたキリンジが、フラッ、フラッ、と数度はばたき、墜落ついらくする。

 魔王は、それをややかに見おろす。

術式じゅつしき同時発動わくを使い切らせたすきをつく……対高位術士戦の鉄則てっそくだがな。

 残念ながら……もう1つ使える」

(やられたっ……!)

 キリンジは床にはいつくばり、ビクッ、ビクッ、と体をふるわせながら、小さな歯を食いしばった。

 まんまと魔王の策略さくりゃくにハマってしまった。

 つまり……

 魔王の同時発動数は、本当は5わくだったのだ。

 そこで、わざと4つしか術を使わず、それが限界であるかのように見せかけていた。

 そうとは知らず、ヒメナイトは魔王が無防備むぼうびになったとカン違いして、うかつに攻撃をしかけ……

 返し技で、ものの見事みごとちとられた。

 魔術の腕前うでまえだけではない。

 この魔王、戦いれている!

 魔王は、フン、と鼻を鳴らし、

「終わったな。

 さて?

 あとは反乱軍のかたづけといくか?」

 悠然ゆうぜんと、基地きちの奥へ目を向ける。

 と、

「クッソァ!」

 少女が叫んだ。

 基地きちの奥で、おびえきっている反乱軍兵士たち……

 それをかきわけて、ナジャが前に飛びだしたのだ。

「ヒメ様ァ!」

 ナジャは、倒れたヒメナイトへ駆け寄ろうとする。

 兵士のひとりが、あわてて後ろからナジャの腹を抱きかかえた。

「危ない! 死ぬ気か!」

「矢、はなて!」

 数名の兵士が前に走り出て、いっせいに弓を引く。

 その中には、反乱軍リーダー、ユンデの姿もある。

 ビュッ! ビュビュッ!

 魔王めがけて飛んでいく矢。

 しかし魔王は微動びどうだにせず、

「《光の盾》」

 あっさりと矢をハネ返す。

 ユンデと反乱軍兵士たちは、恐怖の汗をたらしながら、2の矢、3の矢を次から次へと撃ちこんだ。

 その間に、後ろにいた兵士たちが、あばれるナジャを小脇こわきにかかえて撤退てったいしていく。

 つまり、このみだちは、仲間たちが逃げるための時間かせぎというわけだ。

 魔王はめんどくさそうに舌打したうちした。

「ちっ、くだらん……《爆裂火球》!」

 反乱軍めがけて投げつけたのは、おそるべき殺戮さつりくの術。

 兵士たちの目の前で、火球がふくらみ、破裂はれつする。

 ガゴゥンッ!

 爆発!

 飛びちる破片はへん。たちこめる黒煙こくえん

 それがおさまったとき……

 反乱軍の地下基地きちには、もう、動く者は誰もいなくなっていた。

 床には10人あまりの反乱軍の死体。残りの連中れんちゅうの姿は見えない。

 どうやら、《爆裂火球》のけむりにまぎれて、全員逃げだしたようだ。

「やれやれ……」

 魔王はかたをすくめ、さほど興味きょうみもなさそうに、目線をよそへうつした。

 魔王から見れば、反乱軍など、しょせんは烏合うごうしゅうである。

 ほうっておいても、そのうち自然消滅するていどの組織だ……としか思っていないのだ。

 それよりも、魔王が怒りをいだいていたのは……

 ヒメナイト。

 瀕死ひんしの状態で床にころがっている、この姫騎士のほうに、であった。

 魔王は、ヒメナイトの骨灰こつばい色の髪をつかみ、力まかせに引きずりあげた。

「ぅ……」

 ヒメナイトが苦しげな、うめき声をもらす。

 電撃をまともにあびた体だ。よほどの激痛げきつうを味わっているのだろう。

の名案をジャマしたのは、きさまだそうだな?

 まったく……道理どうり正義せいぎを知らぬうで自慢じまんほどタチの悪いものはない。

 きさまのような小人しょうじんは、きびしくばっしてはん後昆こうこんれねばならん。

 楽に死ねると思うなよ……

 地獄じごくの苦しみを味わわせてから、ゆっくりと殺してやる」

 そこへ、魔王を追ってきた魔族の兵士たちが、次々に空から下りてきた。

 魔王はそれら手下てしたどもに、ヒメナイトをらえて帰るよう指示をとばし、自分は《風の翼》で、すうっ……と夜空へ消えていった。



   *



 数時間後。

 魔王城の最奥さいおう、よどんだ邪気じゃきの満ちる、暗い暗い儀式ぎしき広間ひろまに、ヒメナイトの姿があった。

 広大な部屋の奥に、太い石柱せきちゅうが立っている。

 柱に突き刺された2つの金具かなぐには、にぶく輝く金属のくさりがつながれており……

 それぞれのくさりが、ヒメナイトの手首のかせに、ゆわえつけられているのだ。

 ヒメナイトは、『大』の字に両腕りょううでを広げたまま、身動きすらできず……

 ただ、うつろな目線を、黒々とした床にしずめている。

 その、ほおに……

 ビシィッ!

 むちが、するどく打ちこまれた。

 ヒメナイトのほおから、血がしたたり落ちる。

 それを見て、ニタァッ……と、発情はつじょうしたような笑みをうかべたのは、魔貴公爵まきこうしゃくリリだった。

「うふ……

 さんざん手を焼かせてくれたけど、こうなってみると、カワイイものね。

 魔王様? おおせのとおり、ヒメナイトの傷を治しておきましたが?」

 魔貴公爵まきこしゃくリリの後ろから、魔王が近づいてくる。

 魔王はいかめしく顔をしかめて、ヒメナイトの顔を、ギッ! と、にらみ上げた。

巨人鋼きょじんこうくさりを使っただろうな?」

くさりも、金具かなぐも、手枷てかせも、ですわ。

 人間の力で抜けだせるようなものではありません」

「では、はじめよう」

「何をなさるおつもりで?」

 問われて、魔王は空中に光の線で魔法陣をえがきはじめる。

「バカに反省はんせいをうながす術だ!」

 魔法陣から、光がはじけ――

 その直後。

 ヒメナイトが、くわ! と目を見ひらいた。

「ぁっ……ぅわっ……

 あッ!? ぎゃあああああああああ!?」

 悲痛ひつう絶叫ぜっきょうが魔王城にひびきわたる。

 ヒメナイトから汗が飛ぶ。涙が飛ぶ。叫びが、叫びが、救いをもとめてまき散らされる。

 そのすさまじい苦しみかたを目にした魔貴公爵まきこうしゃくリリが、ぽうっ、と、ほおを赤くめ、性的せいてき興奮こうふんを隠しもせずに、魔王の腕へ肌をすりよせた。

「魔王様っ! これは、何の術ですの!?」

「こんなこともあろうかとが開発した独自どくじの術だ。

 相手の罪悪感ざいあくかんに働きかけ、その者がいちばん気にんでいる過去……最悪のトラウマを無限にフラッシュ・バックさせる。

 この術にかかれば、どんな悪人でも……」

 ガチャンッ!

 ヒメナイトがあばれだし、くさりが鳴った。

 だが、どれほどもがこうと、あがこうと、頑丈がんじょうくさりからのがれることはできない。

「イヤっ……やめて……

 やめてェーッ!

 イヤァーッ!! 助けっ……

 誰かっ……助け……! もうイヤだ! もう死にたい! 死なせて! こんなのやだ! やだ……死なせてよぉぉおおおおぉおおぉおおっ!!」

 にこ……!

 魔王が、満面まんめんの笑みをうかべる。

「……このように!

 どんな悪人でも、猛省もうせいせずにはいられなくなる!」

「すてきっ……!

 さすがですわ、魔王様!」

「そうであろう?

 ふっ……ふあっ……ふあーっはははははは……!」



   *



 同じころ。

 反乱軍の一団は、魔都まと地下道ちかどうを、足早あしばやに進んでいた。

 基地きちの1つは、魔王によって壊滅かいめつしてしまった。

 何人の仲間が命を落としたかも分からない。

 だが、反乱軍の拠点きょてんは、1つだけではない。

 地上にも、地下にも、魔都まと全体で10ヶ所をこえる拠点きょてんを持っているのだ。

 敗走はいそうした反乱軍は、そうした拠点きょてんの1つに、再結集さいけっしゅうしていたのである。

状況じょうきょうはどうだ?」

 拠点きょてんに飛びこんできたユンデが、中の仲間たちに問いかけた。

 すぐに次々と報告ほうこくが、もたらされる。

 死者は何名、負傷者は何名、物資ぶっし損害そんがいはいかほどか……

 それを聞きながら、ユンデは、拠点きょてんのスミに目を向けた。

 そこでナジャが、床に座りこみ、じっと自分の足を見つめている。

 ナジャの前には、飲み物が入ったカップも置かれていたが……

 もともとは湯気ゆげを立てていたであろう飲み物は、口をつけられることもないまま、完全にめてしまっていた。

「……ナジャさん」

 ユンデが近づいて声をかける。

 ナジャは微動びどうだにせず、ただ問いだけを返した。

「……なぜ止めた」

 あの明るく気さくなナジャの口から出たとは思えない、刺すような声。

 ユンデは思わず、身を固くする。

「あのままでは君が死ぬからだ」

「わたしの命なんかどうでもいいッ!

 ヒメ様を見捨てて逃げるなんて……」

 飛ぶように立ちあがり、ユンデにつめ寄るナジャ。

 そのほおを……ビシッ! と、ユンデが平手ひらてで打った。

「のぼせあがるな!

 あなたがムダにしたら、ヒメナイト様を救いだすこともできないでしょう!?」

「じゃあこの状況じょうきょうからヒメ様を助ける方法があるっていうの!?」

「ある!!」

 と断言だんげんされて、ナジャが目を丸くする。

「……え? あ、そうなんだ……

 ん……ごめんなさい、食ってかかっちゃって……」

「いえ、こちらも、なぐってしまってすみません……」

「その方法って?」

 ここでユンデは、急に周囲しゅうい視線しせんを気にしはじめた。

 ナジャに目くばせして、人気ひとけのない奥の部屋へみちびいていく。

 そこでユンデがささやいたことには、

「……内通者ないつうしゃがいるんです」

「え!? それって……魔族の中にわたしたちの味方がいる、ってこと!?」

「ひらたく言うと、そうです。

 しかし、これは最後の手段しゅだんだった。

 というのも、そいつがイマイチ信用できない相手で……」

「分かりました。

 その内通者ないつうしゃと話がしたいです」

「え? あなたが、ですか?」

「わたしの単独たんどく行動こうどうなら、最悪の場合にも反乱軍に迷惑めいわくはかからない。でしょ?」

 それはそう。

 それはそうだが……並たいていの度胸どきょうで言えることではない。

 たぐいまれな胆力たんりょく圧倒あっとうされ、言葉を失うユンデに、ナジャは、にこっ! と、かわいらしく、ほほえんで見せた。

「ヒメ様は、わたしが助ける!」



(つづく)

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