最終話-4 逃避行の終わり
「それでは行くぞ、ヒメナイトとやら!」
魔王が胸の前に両腕をかかげ、精神を集中させる。
「ムゥゥゥゥンヌァッ!
くらえ! 《大きな光の矢》!」
瞬間――
キュッゴアアアアアア!!
耳を引き裂く
光線の
その光が
「うわああああ!」
「逃げろ、
「イヤだ、死にたく……ぎゃぴっ」
次々に焼き殺されていく兵士たち。
だがヒメナイトにも彼らを助ける
光線の
(火力がだんちがいすぎる……どうする?)
汗をたらして考えるヒメナイト。
その肩へ、ピュン! とキリンジが飛びついた。
「ヒメッ」
「魔王、強いね」
「あたりまえだっ! それぞれの術も高度だが、なにより魔術の同時発動数がヤベェ!」
魔術の複数同時発動……術士以外にはあまり知られていないが、これはかなり難しい
並の術士なら、一度に1つの術しか使えないのが普通。
かなりの
一方、魔王は、というと……
《風の翼》《
同時発動数4
通常なら攻撃、防御、移動のうちどれか1つしかできない術士は、
敵の戦士にふところへ飛びこまれたら、なすすべもなく斬られるか、防戦一方になるかの、どちらかしかない。
ところが魔王は、攻撃、防御、移動を全部いっぺんにこなして、そのうえまだ1つ行動を起こす余裕があるのだ。
これは、実戦では
「どうすればいい?」
「決まってらァ。
魔王に、術を4
そうしたら、いちど術を全部解除しないかぎり、新しい術が使えなくなる。
その
「うん」
ダンッ!
と床を
《大きな光の矢》の横を駆け抜け、
流れるような魔剣の一撃を叩きこむ。
が、
「《光の盾》」
ギィンッ! と、たやすくハジきかえされる。
その
「《闇の
魔王の反撃が来る。
指先から撃ち出される黒い
それをヒメナイトは、かろやかに
そのまま魔王の
「
身をひねり、振りかえりざまにくりだす
対して魔王は
「《鉄砲風》!」
(よし!)
これで魔王が使った術は4つ。
脳内に展開された
そのために数秒のタイムラグが生じるはず。
このチャンスに、キメる!
ヒメナイトは吹き飛ばされながら、空中で
そのまま
グン! と
「ィ
ヒメナイト会心の
もはや魔王に防ぐ
が――
そのとき。
「《電撃の槍》!」
「!?」
バギャァアッ!!
すさまじい
*
後方のナジャは、傷つき倒れた兵士を引きずって奥へ
突然の
ナジャの目が、丸く、大きく、見ひらかれていく。
「ヒメ様ァッ!?」
*
どさっ……
ヒメナイトは、前のめりに床へ倒れた。
巻きぞえで電撃をあびたキリンジが、フラッ、フラッ、と数度はばたき、
魔王は、それを
「
残念ながら……もう1つ使える」
(やられたっ……!)
キリンジは床にはいつくばり、ビクッ、ビクッ、と体をふるわせながら、小さな歯を食いしばった。
まんまと魔王の
つまり……
魔王の同時発動数は、本当は5
そこで、わざと4つしか術を使わず、それが限界であるかのように見せかけていた。
そうとは知らず、ヒメナイトは魔王が
返し技で、ものの
魔術の
この魔王、戦い
魔王は、フン、と鼻を鳴らし、
「終わったな。
さて?
あとは反乱軍のかたづけといくか?」
と、
「クッソァ!」
少女が叫んだ。
それをかきわけて、ナジャが前に飛びだしたのだ。
「ヒメ様ァ!」
ナジャは、倒れたヒメナイトへ駆け寄ろうとする。
兵士のひとりが、あわてて後ろからナジャの腹を抱きかかえた。
「危ない! 死ぬ気か!」
「矢、はなて!」
数名の兵士が前に走り出て、いっせいに弓を引く。
その中には、反乱軍リーダー、ユンデの姿もある。
ビュッ! ビュビュッ!
魔王めがけて飛んでいく矢。
しかし魔王は
「《光の盾》」
あっさりと矢をハネ返す。
ユンデと反乱軍兵士たちは、恐怖の汗をたらしながら、2の矢、3の矢を次から次へと撃ちこんだ。
その間に、後ろにいた兵士たちが、あばれるナジャを
つまり、この
魔王はめんどくさそうに
「ちっ、くだらん……《爆裂火球》!」
反乱軍めがけて投げつけたのは、おそるべき
兵士たちの目の前で、火球がふくらみ、
ガゴゥンッ!
爆発!
飛びちる
それがおさまったとき……
反乱軍の地下
床には10人あまりの反乱軍の死体。残りの
どうやら、《爆裂火球》の
「やれやれ……」
魔王は
魔王から見れば、反乱軍など、しょせんは
ほうっておいても、そのうち自然消滅するていどの組織だ……としか思っていないのだ。
それよりも、魔王が怒りをいだいていたのは……
ヒメナイト。
魔王は、ヒメナイトの
「ぅ……」
ヒメナイトが苦しげな、うめき声をもらす。
電撃をまともにあびた体だ。よほどの
「
まったく……
きさまのような
楽に死ねると思うなよ……
そこへ、魔王を追ってきた魔族の兵士たちが、次々に空から下りてきた。
魔王はそれら
*
数時間後。
魔王城の
広大な部屋の奥に、太い
柱に突き刺された2つの
それぞれの
ヒメナイトは、『大』の字に
ただ、うつろな目線を、黒々とした床に
その、ほおに……
ビシィッ!
ヒメナイトのほおから、血がしたたり落ちる。
それを見て、ニタァッ……と、
「うふ……
さんざん手を焼かせてくれたけど、こうなってみると、カワイイものね。
魔王様? おおせのとおり、ヒメナイトの傷を治しておきましたが?」
魔王はいかめしく顔をしかめて、ヒメナイトの顔を、ギッ! と、にらみ上げた。
「
「
人間の力で抜けだせるようなものではありません」
「では、はじめよう」
「何をなさるおつもりで?」
問われて、魔王は空中に光の線で魔法陣をえがきはじめる。
「バカに
魔法陣から、光がはじけ――
その直後。
ヒメナイトが、くわ! と目を見ひらいた。
「ぁっ……ぅわっ……
あッ!? ぎゃあああああああああ!?」
ヒメナイトから汗が飛ぶ。涙が飛ぶ。叫びが、叫びが、救いをもとめてまき散らされる。
そのすさまじい苦しみかたを目にした
「魔王様っ! これは、何の術ですの!?」
「こんなこともあろうかと
相手の
この術にかかれば、どんな悪人でも……」
ガチャンッ!
ヒメナイトが
だが、どれほどもがこうと、あがこうと、
「イヤっ……やめて……
やめてェーッ!
イヤァーッ!! 助けっ……
誰かっ……助け……! もうイヤだ! もう死にたい! 死なせて! こんなのやだ! やだ……死なせてよぉぉおおおおぉおおぉおおっ!!」
にこ……!
魔王が、
「……このように!
どんな悪人でも、
「すてきっ……!
さすがですわ、魔王様!」
「そうであろう?
ふっ……ふあっ……ふあーっはははははは……!」
*
同じころ。
反乱軍の一団は、
何人の仲間が命を落としたかも分からない。
だが、反乱軍の
地上にも、地下にも、
「
すぐに次々と
死者は何名、負傷者は何名、
それを聞きながら、ユンデは、
そこでナジャが、床に座りこみ、じっと自分の足を見つめている。
ナジャの前には、飲み物が入ったカップも置かれていたが……
もともとは
「……ナジャさん」
ユンデが近づいて声をかける。
ナジャは
「……なぜ止めた」
あの明るく気さくなナジャの口から出たとは思えない、刺すような声。
ユンデは思わず、身を固くする。
「あのままでは君が死ぬからだ」
「わたしの命なんかどうでもいいッ!
ヒメ様を見捨てて逃げるなんて……」
飛ぶように立ちあがり、ユンデにつめ寄るナジャ。
そのほおを……ビシッ! と、ユンデが
「のぼせあがるな!
あなたがムダ
「じゃあこの
「ある!!」
と
「……え? あ、そうなんだ……
ん……ごめんなさい、食ってかかっちゃって……」
「いえ、こちらも、
「その方法って?」
ここでユンデは、急に
ナジャに目くばせして、
そこでユンデがささやいたことには、
「……
「え!? それって……魔族の中にわたしたちの味方がいる、ってこと!?」
「ひらたく言うと、そうです。
しかし、これは最後の
というのも、そいつがイマイチ信用できない相手で……」
「分かりました。
その
「え? あなたが、ですか?」
「わたしの
それはそう。
それはそうだが……並たいていの
たぐいまれな
「ヒメ様は、わたしが助ける!」
(つづく)
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