最終話-3 『何者か』になりたい
あれは、もう、何年前のことになるだろう。
まだ10代の
ヒメナイトの師――伝説の剣聖。
剣聖は、ときに厳しく、ときに優しく、そしていつなんどきも、見とれるほどに強かった。
ヒメナイトは剣聖にあこがれ、剣聖のようになりたい
最初の1年で、基本の
次の1年で、かずかずの剣聖剣技を身につけた……
だが。
それからさらに2年がすぎたころ。
道場から少しはなれた、
「っく……
ひっ……ぐぅっ……!」
涙が、涙が、止まらない。
そこへ、足音がひとつ、近づいてくる。
「いたいた。
もう
あらわれたのは……
ヒメナイトの師。すなわち、剣聖そのひとだった。
剣聖は、ヒメナイトのとなりに、どっかりとアグラをかいた。
しばらく、2人、声もないまま、
やがて剣聖は、星空をあおぎ見ながら、大きく背のびをした。
「修行、イヤになっちゃった?」
「ちがいますッ!」
ヒメナイトは、勢いよく剣聖に顔を向ける。勢いあまって剣聖にぶつかりそうになる。
「ちがいますっ……
私は……お
言葉につまる。
剣聖が、ヒメナイトの腕に、そっとふれた。
そのとたん、ヒメナイトの中にずっとためこまれていた暗い感情が、
「私はッ……
私はクズなんだッ!
修行をはじめて5年目なのに!
いつまでたっても私だけ奥義を
エレカ
おない
サクヤちゃんなんてっ……私よりずっと年下で、修行をはじめたのも最近なのに、もう……私じゃ全然かなわないほど強くなってる!
ダメなんです……
私はザコだ……
ごめんなさい……
私には、お
私には生きる許可がないっ……
私は……
私は『
涙が出る。
涙が出る。
後から後から、涙が出る。
イヤなのは、修行でも、
自分だ。
自分自身の弱さと、無能さだ。
剣聖は、しばらく
やがて、
ぺちっ!
と、ヒメナイトのおでこを、指ではじいた。
「コラ」
「っ……」
「あのよォ。言いてえこと、めーっちゃくちゃいっぱいあるんだけど!
あたしに教わる
『生きる権利』とか『
まあでも、そこらへんの
1個だけ、
どん、と、剣聖の
「自分を見るな。
世の中を見ろ」
「え……?」
「お前、ホントは自分のこと大好きだろ?
だから自分の
何ができないか?
誰より下か?
そんなふうに他人と
大好きな自分と、今の自分が、かけはなれすぎててツラいんだろ?
でもな!
そんな考えかたは、テメーをぜんぜん幸せにしねえ!」
剣聖は、わきに置いておいた
それは、ヒメナイトの剣。
道場の道具置き場に、投げ捨ててきてしまった、ヒメナイト自身の剣だった。
「テメーには、もう、剣があるだろ?
だったら、
その剣で――お前は誰を守りたい?」
*
「う!?」
ヒメナイトは目を見開いた。
のしかかってきそうなほどに
ベッドに横たわっているヒメナイトの上には、うすい毛布が1枚。
(そうか……)
ヒメナイトは、ホッと息をついた。
どうやら、ここは反乱軍の地下
体を起こし、横に目をやる。
ベッドのそばでは、イスに
「……ナジャ」
「ん……?
あ! わ!?
ヒメ様! よかった、意識、もどったんですね」
「ありがとう。つきそってくれて」
「いやー! いねむりしちゃって……お恥ずかしい……!」
ナジャは、ごまかし笑いしながら頭をかく。
ヒメナイトも、つられて笑い……
ポロッ、と、涙をこぼした。
「!」
泣いたヒメナイト自身がおどろいている。
完全に無意識の涙だった。
べつに悲しくもない。つらくもない。なのになぜか、涙だけが、わいて出てくる。
ナジャが、心配してヒメナイトの顔をのぞきこんだ。
「ヒメ様……」
「あれ……変だな。なんで涙が……
いや。ぜんぜんつらくはないよ。大丈夫」
「大丈夫じゃないです。
理由もなく泣くのって、ぜんぜん大丈夫じゃないですよ」
ナジャが、グッとヒメナイトへ身をよせて、彼女の手をにぎった。
ポチャッとした小さなナジャの手が、その
「わたし、ヒメ様のこと、好きですよ。
大好きです」
「……いつも、ありがとう。
はじめて会ったときからずっと……私が苦しいとき、いつもそう言ってくれるよね。
うれしいよ。
生きててよかったって思う。
体調も良くなった。
ごはんもおいしい。
ナジャのおかげ」
「うへへ〜!」
「でも……」
ごし……と
「本当にこれで……いいのかな」
「えっ? それって――」
――どういう意味?
と、ナジャが
ゴッガァァアアッ!!
*
夜空が見える。
いきなりの大爆発によって、地下
その穴から……
「まったく、なさけないっ」
どうやら魔族の術士らしいが……
「相手は魔剣を使っているのだから、魔法力線を《広域探査》でたどれば、居場所など一発で分かるじゃないか。
このていどの応用もできないとは……
我が魔王軍の術士どもも、まるでなっておらんなあ!」
ぶつくさ文句をたれる魔族。
下では、反乱軍兵士たちが、
炎に
「まさかっ……!?」
反乱軍が
「あれは……」
「魔王!?」
「魔王ムゲルゲミルだァーッ!!」
魔王は、ピクリと
「魔王『様』と呼ばぬか
《
ジィィヤァァァッ!!
魔王が術を発動したとたん、
と、
ズパッ……!
兵士たちの腕が、足が、あるいは首が、目に見えぬ刃で斬られたかのように、次々と裂けていく!
「っぎゃ!?」
「ふんぐっ……!」
「
数名の兵士が、
ムリもない。傷口は鏡のようになめらかで、奥には白い骨までのぞいているのだ。
これは魔王の《
その
魔王は
「ふん。
きさまら、
それが魔術を1発くらったていどで
ま、義を知らぬ
この魔王がじきじきに
魔王が、手の中に次なる魔術の光をともし……
反乱軍へ投げつけんとした、そのとき。
「みんな下がってェ!」
ゴバァン!
と
そこから飛びだす
ヒメが駆ける。ヒメが
「
電撃的な
だが。
ギィィンッ!!
耳なれない高音が鳴りひびき……
魔剣が、魔王の
「!!」
目を見ひらくヒメナイト。
魔獣だろうと魔族だろうとすべて一刀のもとに斬り捨ててきたヒメナイトの剣が……今、はじめて防がれたのだ。
彼女の剣を受け止めたのは、魔王の前に展開された、
「《光の盾》という術だ」
魔王は、人さし指を、チッ、チッ、チッ、と左右に振ってみせる。
「人間ごときの力では、まあ、
《爆裂火球》ッ!」
ゴッガウンッ!!
魔王の術が
ヒメナイトは肉を
まともに爆発に巻きこまれたように見えたが……ヒメナイトは
《爆裂火球》を盾でうけとめ、ギリギリのところで
それを見ながら、魔王は、トン、と床へ降り立った。
「ほう? 今のを防いだか。
なかなかの
しかし、
「……………」
ゆら……とヒメナイトは身を起こし、魔剣の
(これが、魔王……
なるほど……強い)
「ちょっと……やばいな……」
(つづく)
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