最終話-2 さからう者たち



 街は大混乱だいこんらんにおちいった。

 魔王の行列を護衛ごえいしていた大型魔獣3匹……それが、いきなり街の人々を襲いはじめたのだ。

 巨大なカバ型の魔獣の上に、魔族が1人立ち、逃げまどう人々へ怒鳴どなりちらす。

「人間どもよ! 魔王様のめいにより、きさまらを収容しゅうようする!

 おとなしくすれば危害きがいは加えない。指示にしたがえ!」

 そう言われて、おとなしくするわけがない。

 突然とつぜん軍勢ぐんぜいに追いたてられ、恐ろしい魔獣をけしかけられたのだ。

 捕まれば、何をされるか分からない……人々は、悲鳴をあげて逃げちっていく。

 魔族は、チッ、と舌を打ち、

「話の分からぬバカどもが……

 おい、そっち側の道をふさげ! はさみこんで全員つかまえるぞ!」

 前からせまり来る魔獣たち。後ろをふさぐ魔族の兵士たち。

 追いつめられた人々は、道のまんなかにへたりこんだり、横の家の中に逃げこんだり、建物の屋根にのぼろうとして手をすべらせて落下したり……

 クレープ屋の店主も、屋台の影に隠れて、ガタガタふるえるばかり。

「ちくしょう、ちくしょうっ、運がねえ、こんなことに巻きこまれるなんて……! 死にたくねえよう……!」

 ナジャは、店主の肩に手をあて、懸命けんめいにはげまそうとしている。

「ちょっと、おじさんっ! 立って! 逃げないと! ねえっ!」

 だが、どこへ逃げるというのか。道の前後を敵にふさがれて、どこにも行き場がないのだ。

 そのとき……

「ん?」

 魔獣の上にいた魔族がまゆをひそめた。

 フードで顔を隠した女が1人、魔獣のに立ちふさがったのだ。

「なんだ、きさまはァ! どけっ、ジャマだ!」

 しかし女は、無言でフードを脱ぎすてるのみ。

 その肩にしがみついたキリンジが、ひたいに汗を浮かべながら、ささやく。

「……やるのか、ヒメ?」

 女は――ヒメナイトは魔剣を抜きはなつ。

「――やる!」

 ダァンッ!!

 地を揺らす轟音ごうおん! ヒメナイトが地面をってぶ音だ。

 瞬間しゅんかん、ヒメナイトはひとすじの雷光と化し、魔獣の首元を飛びぬけた。

 ズッ……ジャァアッ!

 一瞬いっしゅん遅れて、魔獣の首から噴きだす鮮血せんけつ

 「あっ……」と思った時にはもう遅い。魔獣の背に飛び乗ったヒメナイトが、返す刀で魔族の首を一刀両断いっとうりょうだん

 すぐさま隣の魔獣へ飛びうつり、そのブあつどうへめがけて、大上段から縦一文字の……

ヅォァッ!!」

 斬撃!

 2つになって崩れる魔獣。ここまでわずか3秒弱。

「なっ……!?」

「わ!? 反逆っ!?」

「反逆だァ! 応戦、応戦せいっ!」

 ようやく魔族どもが騒ぎだす。

 ところが。

 ヒメナイトへ殺到さっとうしかけた魔族たちの頭を、

 ビィンッ!

 と、ひとすじの矢が射抜いぬいた。

 卒倒そっとうする魔族。それを見た別の魔族が、反射はんしゃ的に矢の来たほうを見上げ、声をひきつらせる。

「あぁっ……あれは!」

 彼らの視線の先――道のわきの屋根の上に、10人近い人間の姿があった。

 みな、身軽なかわよろいで武装し、口元に布を巻いて顔を隠し、弓のげんをキリキリ鳴くほどに引きしぼり、眼下がんかの魔族たちに狙いをさだめている。

「は……反乱軍だぁッ!」

 ビュビュンッ! ビュンッ!

 返事のかわりに撃ちおろされる矢の雨。

 とっさのことで呪文をとなえるヒマさえないまま、魔族たちがバタバタ倒れていく。

 これを見た魔獣使いの魔族は、いきりたち、

「くそおっ! 好きにさせるか!」

 カバ型魔獣を、反乱軍の立つ建物めがけて突進させた。

 反乱軍の矢が飛んで、カバの顔面に数本、突き刺さる。

 だがカバの足は止まらない。

 このままでは反乱軍が粉砕される!

 と思われた、そのとき。

 横手から風のように飛んできた妖精キリンジが、カバの目の前で

「《発光》!」

 すさまじい閃光をはなった。

 目を焼かれ、悲鳴をあげるカバ。

 そこへいかづちが走り寄る。

ァーッ!!」

 ヒメナイトの魔剣!

 えわたる一太刀ひとたちが、カバの首をハネ飛ばした!

 これを見た魔族たちは、完全に戦意喪失せんいそうしつし、その場に立ちすくんだ。

 となれば当然、

「お前らァ……! よくも俺らの街を……!」

 下町の住人たちが、殺気さっきだって集まってくる。

「許さねえ! ブッ殺してやるっ!」

「やっちゃえ!」

「おいみんな、棒もってこいっ」

「生かしておけば報復ほうふくされるぞ!」

「1人も逃がすなっ!」

たたッ殺せェ!」

「ひぃぁあ〜っ!」

 よってたかってふくろだたきにされる魔族たち。

 魔族も横暴おうぼうだったが、住人たちのほうも、またずいぶん乱暴らんぼうである。

 日ごろしいたげられているうらみが、よっぽどたまっているのだろう。

 魔族がボコボコに殴られて、ボロ布みたいになっていくのを横目に見ながら、ヒメナイトは、ほーっと胸の息を吐きだす。

 てててっ、と小走こばしりにナジャがよってきて、ヒメナイトの腕に、そっと手のひらをそわせた。

「ヒメ様、大丈夫?」

「うん? うん」

「よかった! 今日は、戦いが終わってもフニャーってならないんですね!」

 言われて、ヒメナイトは目を丸くする。

「ほんとだ」

 キリンジが、あきれ顔で、ヒメナイトの肩におりてくる。

自覚じかくなかったのかよ」

「なかった」

「さっきもクレープもりもり食べてたし、食欲もあるんだろ?」

「そういえば」

「うれしいなあ、ヒメ様が元気で!

 ひょっとしてヒメ様……ん?」

 ナジャが急に口をつぐんだ。

 自分たちのまわりに、武装ぶそうした集団が近づいてきたことに気づいたのだ。

 さきほど、屋根の上から魔族に矢をあびせかけた、あの一団である。

 なにやら、ものものしい雰囲気ふんいきせまってくる……

 ナジャは警戒けいかいし、一歩あとずさって、きゅっ、とヒメナイトのそでにすがりついた。

「なに……なんですか、あなたたち?」

「そう警戒けいかいしないでください。我々われわれは敵でありません。

 その骨灰こつばい色の髪、たぐいまれな剣の業前わざまえ……

 ひょっとして貴女あなたは、にしう剣聖の弟子、ヒメナイト様では?」

「そうですけど!」

 無言むごんのヒメナイトにかわって、ナジャが声をはりあげる。

 相手は、にこ、と目元に笑みを浮かべ、サッと覆面ふくめんを取りさった。

 その下から出てきたのは、うすく無精ぶしょうヒゲを生やした男の顔。

 若造にしては世故せこにたけているが、中年にしては溌溂はつらつさをたもっている……

 そんな男盛おとこざかりのシブみを感じさせる、いい男だった。

「僕はユンデ。

 この街で、魔王に対抗たいこうする反乱軍をひきいている者です。

 ……ここは危険だ。

 魔王軍の増援ぞうえんが来るまえに、我々われわれかくへ、おこしになりませんか?」



   *



 複雑ふくざつにからまりあう魔都まと路地ろじを、右に曲がり、左に折れて、時には屋根へ、はたまた地下へ。

 行って、戻って、くぐって、こえて。

 どこをどう歩いたかも思いだせなくなったころ、一行いっこうは、古い石づくりの地下通路にたどりついた。

「この街の地下には、古代帝国時代の遺構いこうが残っていて……

 あちこちくずれたり、ふさがったりで、ほとんど迷路みたいになってるんですよ」

 先頭に立って案内あんないしながら、ユンデが微笑をヒメナイトたちへ向ける。

「道を知ってるのは地元民だけ。

 魔族なんかが入りこめば、二度と抜けだせずににだ。

 しかも通路は街のいたるところにつながっていて、一部は城壁の中にまで届いている。

 反乱軍のかくには最適ってわけです」

「反乱軍かあ。そんな組織そしきがあったんだあ……」

「この街が魔王に占領せんりょうされてから数年……

 魔族にしいたげられた人々を助けようと、コツコツと活動してきました」

「よく死なずにやってこれたな」

 キリンジの言葉に、ユンデは、ふっ、と顔をくもらせた。

「……死にましたよ。

 何十人も……何百人も……

 組織そしきを立ちあげたリーダーだって、目をおおうようなむご刑罰けいばつで殺され……

 2代目も戦いで命を落とし……

 僕でもう3代目。

 初期のメンバーなんて、数えるほどしか残っていない。

 でもね。

 反乱軍の兵力そのものは、むしろ急増きゅうぞうしている。

 魔王の圧政あっせいにたえかねて、数多くの人々が、武器を手に立ちあがっているんです」

「やっぱり、ここでもヒドいことしてるんだね、魔王軍は……」

「気分しだい、ですね。

 魔族の機嫌きげんが良ければ、家畜かちくあつかいくらいはしてもらえる。

 でも機嫌きげんの悪いときは……ストレスのハケぐちだ。

 殺されても、うばわれても、ヒトとしての尊厳そんげんけがされても、文句を言うことさえできない。

 くわしいことは……ね、おじょうさん。

 あまり、口に出したくもない。

 さっしてもらえると助かります……」

 うへえ、と顔をしかめるナジャ。

 彼女の故郷の街を占領せんりょうしたとき、魔族は、100人をこえる人間を、魔獣に作り変えてしまった。

 あの残酷ざんこくさを思えば、魔都まとの人間たちがどんな仕打しうちを受けてきたのか、だいたい想像がつく。

 このユンデというヒトも、顔にはあまり出さないが、きっと大変な経験をしてきたのだろう。

 ユンデは急に足をとめ、振りかえって、ヒメナイトの肩を両手でつかんだ。

「そんなときに、ヒメナイトさん!

 あなたの活躍かつやくを聞いたんだ!

 ウワサは、この魔都まとにまで届いていますよ。

 魔王軍の大幹部、けもの使いバルグルを倒し……

 餓狼がろう将軍しょうぐんザザンをしりぞけ……

 魔族の暗殺部隊さえちらした……!

 あなたは、我々われわれの希望なんです!

 あなたの力があれば、なしとげられるかもしれない。

 我々われわれ悲願ひがん……魔王討伐とうばつを!」

「……………」

 熱のこもったユンデの言葉にたいして、ヒメナイトは直立ちょくりつ不動ふどう。完全に無言。

「あ……すみません。なれなれしかったですね」

 苦笑くしょうして引きさがるユンデ。

 ナジャは頭をかく。

(いやー。

 ヒメ様は、ひと見知みしりで硬直こうちょくしてるだけだと思うなー。

 ほら、脂汗あぶらあせかいてるし……)

 それからさらに進んだところで、地下通路の奥に、ブあつそうな木のとびらが見えてきた。

 ユンデがとびらに手をかけ、体重を乗せて押し開ける。

「みなさんを仲間たちに紹介しょうかいします。

 みんな! 聞いてくれ!

 かの有名なヒメナイト様が、この街に来てくれたぞ!」

 開かれたとびらの向こうには、広々とした地下ホールがあり……

 いそがしそうに働いていた何十人もの反乱軍兵士たちが、バッ! と、いっせいにこちらへ顔を向けた。

「ヒメナイト!?」

「ホントかよ、ユンデさん!」

「このヒトがヒメナイト様!?」

「剣聖の奥義を極めたという!」

「“つるぎ狂鬼きょうき”!」

「本当に髪が骨灰こつばい色なんだあ」

「強そう……」

「背が高いなあ」

われらの救世主きゅうせいしゅ!」

「英雄だ!」

「ヒメナイト様!」

「ようこそヒメナイト様!!」

 みるみるうちに、ヒメナイトのまわりに、ヒトだかりがふくらんでいく。

 おおぜいの知らないヒトに、もみクチャにされて、ヒメナイトは……

「ふにゃっ」

 ブッ倒れた。

「わーっ! ヒメ様ァー!」

「うわわわ!? 大丈夫ですか!?」

「いきなり近寄ってデカい声出すからだよっ!

 ヒメはそういうのが苦手なんだ!

 敏感びんかんでデリケートな小動物だと思え!」

「す、すみません……」

「とにかく奥へ! ベッドがありますから……」

「お前、足のほう持って。

 せーの、よっ!

 うわかるっ! このヒトちゃんとご飯食べてる?」

 反乱軍の兵士たちに担架たんかで運ばれていくヒメナイトであった。



   *



 同じころ。

 魔王城の玉座ぎょくざの間では……

 ガシャン!

 と、魔王が、手の中のゴブレットを床に叩きつけていた。

 粉々こなごなくだけたゴブレットをにらみながら、魔王が、こぶしをワナワナと震わせる。

「おのれッ……!

 それは本当か!?」

 報告ほうこくをもたらした魔族は、魔王の怒りを恐れて、すくみあがるばかり。

「は……はいっ!

 何者かに住民の移住をジャマされました……

 その場にいた兵士と魔獣は全滅っ……!」

「おのれ……おのれェーッ!

 厚意こういみにじりおって!

 『政治家のやることには何でもかんでも反対すればいい』なんて了見りょうけんのバカがいるから、いつまでたっても世の中が良くならないのだッ!!」

 ガジャァァンッ!

 魔王が激怒げきどしたとたん、その全身から電撃がはなたれ、部屋中の壁や天井を焼きがした。

 すさまじいまでの怒りが、無意識に魔術の雷光となって、魔王の肉体からあふれだしたのだ。

「ヒィッ!」

「きゃあ!」

 悲鳴をあげて身をふせる、魔族と魔貴公爵まきこうしゃくリリ。

 魔王は両腕を振りあげ、いっそうはげしく電撃を部屋にまきちらす。

「許さぬ! 許さァァァぬッ!!

 敵は誰だ!?

 いったい何者がのジャマをしたのだ!?」

「あのっ! それがァ!

 現場げんばから逃げさる一団を見た者がおりまして……

 そいつの話では、骨灰こつばい色の髪の女剣士だと!

 つまり……ヒメナイトではないかと!」

「ヒメナイト!? 誰だ、それは!?」

 ……………。

 絶句ぜっく

 魔族も、魔貴公爵まきこうしゃくリリも、言葉をうしなった。

 まさか……全軍に捜索そうさく命令を出し、暗殺部隊までさしむけた相手を……完全に忘れている?

 しらけた空気のただよいはじめた玉座ぎょくざの間に、タイミング悪く、魔族の秘書官が入ってきた。

「失礼いたします! 定例ご決裁けっさいのお時間です!

 本日は、物品購入ぶっぴんこうにゅう稟議りんぎ3件、ご裁可さいかをいただきたく……」

「うるさい!! 後にしろ!!」

「ヒッ……」

 秘書官は自分の仕事をちゃんとやっているだけなのだが……魔王に怒鳴どなりつけられて、あわれ、半泣きである。

 魔王は、自分が部下たちからどんな目で見られているかも知らず、ただただ怒りにまかせて、まゆをピクつかせている……

「よし……いいだろう。

 こうなったらが出よう。

 どこの誰だか知らないが……

 この魔王の手で、じきじきにほうむりさってくれるわ!!」



(つづく)

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