最終話 姫騎士さんは今日も死にたい
最終話-1 潜入、魔都
草のむした斜面を登り、
後ろを振りかえり、ヒメナイトとキリンジを手まねきする。
「こっちこっち! 見えましたよ!」
3人ならんで
ぶあつい
魔王ムゲルゲミルの
「なんか、
「うん。山ごえのときにも、
「魔族は人手不足だからな。
地元の
でも、こっから先は違うぞ。
魔王城と、その
どうするんだ? オレたちだけで、どうやって魔王を倒すんだよ?」
「ほい」
と、ナジャが荷物カバンから、黒ずんだ布を取りだした。
うけとったヒメナイトが広げてみれば、それは、目立たない色合いのフードだった。
キリンジが目を丸くする。
「それかぶって普通に
「そうだよ?」
「お前なァ! 魔族の
「魔族は人手不足って、いま言ったばっかでしょ?
魔族だって、毎日ごはんを食べないと生きていけない。服もいるし、
生産、採集、
そういう仕事は、いったい誰がやってるの?」
「そりゃあ、
「でしょ!
魔王に支配されてようがなんだろうが、普通に普通の経済が回ってるんだよ。
つまり!
2人や3人ふえたって誰も気づかないよ! 大丈夫大丈夫! 平気平気!」
のうてんきに
キリンジはガリガリ頭をかく。
その横で、ヒメナイトはめずらしく真剣な顔して、ナジャの背中を見つめている。
「……キリンジ」
「あん?」
「ナジャって、かっこいいよね……」
ぽうっ、と
キリンジは、がっくりと肩を落として、ヒメナイトの肩の上にうつぶせになった。
「はいはい……もう好きにして……
オレはもう知らねーぞ! ホントに大丈夫なんだろうなァー!?」
*
大丈夫だった。
ナジャの言うとおり、
フードで顔を隠したヒメナイトとナジャがまぎれこんでも、誰ひとり、見とがめる者はいない。
その
「ね? 大丈夫だったでしょ?」
ヒソッ、とナジャが、ささやく。
キリンジは、ヒメナイトのフードの中に身を隠したまま、肩をすくめた。
「……だな。
なんでだろ? 襲われるとは思ってねえのかな?」
「んー、というか、ホラ。
街の奥のほうに、城壁があるでしょ?」
ナジャの指さすほうを見れば、たしかに、家々の屋根の上から、ちょっとだけ、石づくりの城壁が見えている。
「つまり
「こんなにヒトがいるのにか?」
「よくある話だよ。
大昔にお城と街ができて、それを守るために城壁を作った。
でも、人口が増えるにつれて、壁の中だけじゃ建物が
ヒトがあふれる。
すると、
で、なしくずしに、街が壁の外にまでひろがっちゃう」
「そうやってできたのが、この
「こういうところは、ガラが悪いけど、
壁の中より
「くわしいな、お前……」
「
ホームグラウンドだよ、わたしにとっては。
あ! ほら、ここの道なんて、両側に
うおっ! アレ、おいしそう!
おっちゃ〜ん、クレープ2つちょうだーい! 具はねえ、豆の
「こいつ
あきれるキリンジ。
ヒメナイトは、ナジャから受けとったクレープに、がぶっ、とかぶりつく。
ピリッとスパイスをきかせた豆の
食えば食うほど後をひく味だ。
少食のヒメナイトでさえ、食うのが止まらなくなってしまう。
これは……うまい!
となりで食べていたナジャも、目をキラキラと輝かせる。
「うわっ! おいしいーっ!」
「もぐもぐ」
「こんなの、はじめて食べたあー! ね、ヒメ様!」
「もぐもぐ」
「ねーおじさん、この料理、なんていうの?」
ナジャは、ぐいっ、と身を乗りだして、屋台の店主に話しかける。
距離が近い。店主は顔を赤くして、はにかむ。
「名前なんてないよ。
ここらの
お前さんがた、この街ははじめてかい?」
「そうなんですぅー!
わたしぃー、お
働くなら、やっぱ都会かなー? って思って!」
『お
(さすがナジャ……
よくもまあ、スラスラと
一方、屋台の店主は、ろこつに表情をくもらせた。
「そうかい……
しかし、こう言っちゃなんだが、この街で働くのは……」
「なにかマズいの?」
と、そのときだった。
遠くのほうから、シャン……! と、涼しげな
ガタッ、と店主が屋台に手をつき、首をのばして音のほうを見た。
あわててナジャとヒメナイトの手を引っぱり、
「こっちへ!
ここで、ひざまずいて、頭を下げて! はやくっ!
『よし』と言うまで顔を上げるんじゃないよ。いいね!」
わけも分からぬまま、道のわきに、ひざまずかされる2人。
店主も彼女らに並んで、体を折りたたむようにして
それだけではない。道を埋めていたおおぜいの人々が、
母親は、我が子がさわぎそうになるのを、口をふさいでムリヤリ止め……
老人は、おびえてガタガタとふるえだす。
どこか
ついで、ガッ……ガッ……と、固いヒヅメが土を
馬車だ。
馬車を
この
つまり、あの馬車に乗っている者こそが……
魔族の王。
魔王ムゲルゲミル!
ナジャは、ほんの少しだけ頭をあげ、こっそり、馬車の上に目をむけた。
(あれが魔王……)
はじめて自分の目で見た魔王……
その姿かたちは、意外にも、人間とたいして違わないものだった。
ひどくやせた、ひょろりと細長い体つき。
病的に青白い肌。そのわりにランランと光をはなつ両目。
身にまとった黒い法衣は、いたるところに金糸の
魔王の
魔王は、骨ばった手で、その女の腰を抱き寄せているのだ。
(
であった。
生まれついての貴族でもない男が、なにかのきっかけで急に
そんなふうに、ナジャには見える。
だが。
「……見た目でナメてかかるなよ」
キリンジが、ナジャの肩にとびうつり、フードの中にもぐりこんで、ヒソッ……と小声でささやいた。
「お前には感じとれないだろうが……やつの魔力は本物だ。
魔王の名はダテじゃなさそうだぜ……」
*
一方、そんな
「うぅむ……
街にうっすらただよう
彼に腰を抱かれた
「それはもう。
ろくに風呂にも入らず、ゴミや
「人間というのは、ほんとうに知能の
土地を汚し、物をうばいあい、
かわいそうに。
やはり、
「
「ふむ……
そうだな……
よし。
リリよ。ここらの住人を、みな農村に移住させよ」
「はっ?」
「汚い都市に住んでいるから、心まで汚れていくのだ。
農村はいいぞ。美しく、きよらかで、心が洗われる。
都市であさましい消費生活をつづけるより、大地と心をかよわせて農産物を生産するほうが、はるかに
そうすれば、人間たちも自然に生物としての本質にかえり、
「まあ……
それは……
とってもステキなお考えですわ! さすがは魔王様!」
「おだてるな。
「人間たちも、よろこびましょう。
では、すぐに取りかかります」
「うむ。任せるぞ」
魔族は、目を丸くして驚いていたが、リリから「行け!」と
しばらくして……
ガォォン!!
魔獣のすさまじい
はじまったのだ。
魔族と、その配下の魔獣による、住民
その声を耳にして、魔王は満足げにうなずいた。
「うんうん。
(つづく)
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