最終話 姫騎士さんは今日も死にたい

最終話-1 潜入、魔都



 草のむした斜面を登り、おかの上へ出たところで、ナジャは「わあっ……」と声をあげた。

 後ろを振りかえり、ヒメナイトとキリンジを手まねきする。

「こっちこっち! 見えましたよ!」

 3人ならんでおかの上に立ち、東の方角を見やれば、そこに、まがまがしい城がたっていた。

 ぶあつい暗雲あんうんの下にたたずむ、黒々くろぐろとした、イビツな城。

 魔王ムゲルゲミルの居城きょじょう――魔王城である。

「なんか、意外いがいに、あっさりいちゃいましたね?」

「うん。山ごえのときにも、警備けいびらしい警備けいびは、してなかったし」

「魔族は人手不足だからな。

 地元の猟師りょうしが使ってる山道やケモノ道は、いくらでもあるんだ。いちいち国境警備こっきょうけいびしてられねーよ。

 でも、こっから先は違うぞ。

 魔王城と、その城下町じょうかまち――魔都まとの中は、どこもかしこも敵だらけと思っていい。

 どうするんだ? オレたちだけで、どうやって魔王を倒すんだよ?」

「ほい」

 と、ナジャが荷物カバンから、黒ずんだ布を取りだした。

 うけとったヒメナイトが広げてみれば、それは、目立たない色合いのフードだった。

 キリンジが目を丸くする。

「それかぶって普通に魔都まとに入ろうってんじゃないだろうな?」

「そうだよ?」

「お前なァ! 魔族の本拠地ほんきょちだって、いま言ったばっかじゃねーか!」

「魔族は人手不足って、いま言ったばっかでしょ?

 魔族だって、毎日ごはんを食べないと生きていけない。服もいるし、もいる。

 生産、採集、運搬うんぱん、保管。

 そういう仕事は、いったい誰がやってるの?」

「そりゃあ、魔都まとの人間が……」

「でしょ!

 魔王に支配されてようがなんだろうが、普通に普通の経済が回ってるんだよ。

 つまり! 魔都まとにも魔族の何十倍もの人間が住んでて、毎日、普通にらしてるの。

 2人や3人ふえたって誰も気づかないよ! 大丈夫大丈夫! 平気平気!」

 のうてんきに大手おおでを振って、魔王城へと歩きだすナジャ。

 キリンジはガリガリ頭をかく。

 その横で、ヒメナイトはめずらしく真剣な顔して、ナジャの背中を見つめている。

「……キリンジ」

「あん?」

「ナジャって、かっこいいよね……」

 ぽうっ、とほおめるヒメナイト。

 キリンジは、がっくりと肩を落として、ヒメナイトの肩の上にうつぶせになった。

「はいはい……もう好きにして……

 オレはもう知らねーぞ! ホントに大丈夫なんだろうなァー!?」



   *



 大丈夫だった。

 ナジャの言うとおり、魔都まと表通おもてどおりは、数多くの人間たちで、ごったがえしていた。

 フードで顔を隠したヒメナイトとナジャがまぎれこんでも、誰ひとり、見とがめる者はいない。

 城壁じょうへきもなく、門もなく、街への出入でいりは完全に自由。

 その無警戒むけいかいさには、むしろ、こっちがひょうしぬけするくらいだった。

「ね? 大丈夫だったでしょ?」

 ヒソッ、とナジャが、ささやく。

 キリンジは、ヒメナイトのフードの中に身を隠したまま、肩をすくめた。

「……だな。

 なんでだろ? 襲われるとは思ってねえのかな?」

「んー、というか、ホラ。

 街の奥のほうに、城壁があるでしょ?」

 ナジャの指さすほうを見れば、たしかに、家々の屋根の上から、ちょっとだけ、石づくりの城壁が見えている。

「つまり厳密げんみつに言えば、ここはまだ魔都まとの外なんだよ」

「こんなにヒトがいるのにか?」

「よくある話だよ。

 大昔にお城と街ができて、それを守るために城壁を作った。

 でも、人口が増えるにつれて、壁の中だけじゃ建物がりなくなってくる。

 ヒトがあふれる。

 地価ちか高騰こうとうする。

 すると、貧乏びんぼうなヒトたちが、城壁の外に家をてはじめるわけ。

 で、なしくずしに、街が壁の外にまでひろがっちゃう」

「そうやってできたのが、この区画くかくってわけか」

「こういうところは、ガラが悪いけど、物価ぶっかは安いし、にぎやかだし。

 壁の中より繁栄はんえいしてる、なんてことも多いんだ」

「くわしいな、お前……」

故郷こきょうも、こういう下町したまちだったもん。

 ホームグラウンドだよ、わたしにとっては。

 あ! ほら、ここの道なんて、両側に露店ろてんがたっくさん! なに売ってるのかな……

 うおっ! アレ、おいしそう!

 おっちゃ〜ん、クレープ2つちょうだーい! 具はねえ、豆の辛煮からにとー、きざみネギとー……そっちのやつはキャベツのピクルス? んじゃそれでー!」

「こいつ魔都まとになじんでやがる……」

 あきれるキリンジ。

 ヒメナイトは、ナジャから受けとったクレープに、がぶっ、とかぶりつく。

 ピリッとスパイスをきかせた豆の旨味うまみに、野菜のシャキシャキとさわやかな歯ざわりが、よく合う。

 食えば食うほど後をひく味だ。

 少食のヒメナイトでさえ、食うのが止まらなくなってしまう。

 これは……うまい!

 となりで食べていたナジャも、目をキラキラと輝かせる。

「うわっ! おいしいーっ!」

「もぐもぐ」

「こんなの、はじめて食べたあー! ね、ヒメ様!」

「もぐもぐ」

「ねーおじさん、この料理、なんていうの?」

 ナジャは、ぐいっ、と身を乗りだして、屋台の店主に話しかける。

 距離が近い。店主は顔を赤くして、はにかむ。

「名前なんてないよ。

 ここらの郷土きょうど料理だけど、単に『煮豆にまめ』って呼んでるだけさ。

 お前さんがた、この街ははじめてかい?」

「そうなんですぅー!

 わたしぃー、おねえちゃんといっしょに仕事してたんだけど、田舎いなかじゃかせぎが少くってぇ……

 働くなら、やっぱ都会かなー? って思って!」

 『おねえちゃん』=ヒメナイトのフードの中で、キリンジは苦笑にがわらいしている。

(さすがナジャ……

 よくもまあ、スラスラと大嘘おおうそが出てくるもんだなァ……)

 一方、屋台の店主は、ろこつに表情をくもらせた。

「そうかい……

 しかし、こう言っちゃなんだが、この街で働くのは……」

「なにかマズいの?」

 と、そのときだった。

 遠くのほうから、シャン……! と、涼しげなすずが聞こえてきた。

 ガタッ、と店主が屋台に手をつき、首をのばして音のほうを見た。

 あわててナジャとヒメナイトの手を引っぱり、

「こっちへ!

 ここで、ひざまずいて、頭を下げて! はやくっ!

 『よし』と言うまで顔を上げるんじゃないよ。いいね!」

 わけも分からぬまま、道のわきに、ひざまずかされる2人。

 店主も彼女らに並んで、体を折りたたむようにして平伏へいふくした。

 それだけではない。道を埋めていたおおぜいの人々が、しおの引くように左右にわかれ、地面にぬかずいている。

 母親は、我が子がさわぎそうになるのを、口をふさいでムリヤリ止め……

 老人は、おびえてガタガタとふるえだす。

 どこか異様いよう気配けはいがただよう中、シャン……! と、ふたたびすずが鳴った。

 ついで、ガッ……ガッ……と、固いヒヅメが土をる音が近づいてくる。

 馬車だ。

 一角獣ユニコーン2頭だての豪華ごうかな馬車が、前後を魔族の兵士たちに守られながら、ゆっくりと道を進んできていたのだ。

 馬車を先導せんどうする魔貴族マグス・ノーブルが、シャン……! とすずを鳴らす。

 このすずは、高貴こうきなる者の到来とうらいを知らせ、人々に服従ふうじゅう要求ようきゅうするすず

 つまり、あの馬車に乗っている者こそが……

 魔族の王。

 魔王ムゲルゲミル!

 ナジャは、ほんの少しだけ頭をあげ、こっそり、馬車の上に目をむけた。

(あれが魔王……)

 はじめて自分の目で見た魔王……

 その姿かたちは、意外にも、人間とたいして違わないものだった。

 ひどくやせた、ひょろりと細長い体つき。

 病的に青白い肌。そのわりにランランと光をはなつ両目。

 身にまとった黒い法衣は、いたるところに金糸の刺繍ししゅうがほどこされた、おそろしく高価なしろもの。

 魔王のとなりには、おっぱいが服からこぼれ出そうなほどの豊満ほうまんな美女が同乗どうじょうしており……

 魔王は、骨ばった手で、その女の腰を抱き寄せているのだ。

 一目ひとめ見てのナジャの感想は、

成金なりきんくさい……)

 であった。

 生まれついての貴族でもない男が、なにかのきっかけで急にとみを得てしまって……

 かねの使い道もよく知らないので、金銀財宝、美食に美女、なんていう安直あんちょくな方向に走ってしまった……

 そんなふうに、ナジャには見える。

 だが。

「……見た目でナメてかかるなよ」

 キリンジが、ナジャの肩にとびうつり、フードの中にもぐりこんで、ヒソッ……と小声でささやいた。

「お前には感じとれないだろうが……やつの魔力は本物だ。

 術士じゅつしとしての実力は、おそらく人類最強クラス……

 魔王の名はダテじゃなさそうだぜ……」



   *



 一方、そんな陰口かげぐちを叩かれているとは思いもよらない魔王は、馬車の上で、ムッ、と顔をしかめていた。

「うぅむ……くさい!」

 街にうっすらただよう悪臭あくしゅうに、魔王は辟易へきえきしているらしい。

 彼に腰を抱かれた魔貴公爵まきこうしゃくリリは、くす、と笑いをこぼす。

「それはもう。

 ろくに風呂にも入らず、ゴミや汚物おぶつの処理もままならないような、人間どもの街ですから」

「人間というのは、ほんとうに知能のおとった種族なのだなあ。

 土地を汚し、物をうばいあい、無益むえきあらそいをくりかえす……

 かわいそうに。

 やはり、われら魔族が正しく導いてやらねばならん」

御意ぎょいのとおりにございます」

「ふむ……

 そうだな……

 よし。

 リリよ。ここらの住人を、みな農村に移住させよ」

「はっ?」

「汚い都市に住んでいるから、心まで汚れていくのだ。

 農村はいいぞ。美しく、きよらかで、心が洗われる。

 都市であさましい消費生活をつづけるより、大地と心をかよわせて農産物を生産するほうが、はるかに有益ゆうえきな人生になろう。

 そうすれば、人間たちも自然に生物としての本質にかえり、善性ぜんせいをはぐくまれていくはずだ」

「まあ……

 それは……

 とってもステキなお考えですわ! さすがは魔王様!」

「おだてるな。民草たみぐさどもに幸せならしをあたえてやるのは、為政者いせいしゃとして当然の責務せきむだ」

「人間たちも、よろこびましょう。

 では、すぐに取りかかります」

「うむ。任せるぞ」

 魔貴公爵まきこうしゃくリリが、馬車から外へ身をのりだして、横を歩いていた魔族へ何か耳打みみうちした。

 魔族は、目を丸くして驚いていたが、リリから「行け!」と一喝いっかつされて、あわててどこかへ走りさっていった。

 しばらくして……

 ガォォン!!

 魔獣のすさまじい咆哮ほうこうが、馬車のずっと後方から聞こえてきた。

 はじまったのだ。

 魔族と、その配下の魔獣による、住民一掃いっそう作戦が……

 その声を耳にして、魔王は満足げにうなずいた。

「うんうん。

 善行ぜんこうをすると、気持ちがいいなあ!」



(つづく)

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