第3話-6(終) 夢の終わり



「やったぞっ!」

 狂喜する魔族。

 ぐらつき倒れゆくヒメナイト。

 ナジャが悲痛に顔をゆがませた……

 そのとき。

ッ!!」

 白銀閃き、血が走る!

「えっ……?」

 という顔をはりつけたまま、魔族の首が弧を描いて飛んでいく。

 ヒメナイトだ。

 倒れたかに見えたヒメナイトが、目にも止まらぬ高速ダッシュで魔族に接近し、一撃で首をはね飛ばしたのである。

 だが、ヒメナイトの様子もおかしい。

 顔面は蒼白で、腹には……真っ赤な粘液が、べっとりとしみついている。

 突然、糸の切れた人形のように、その場に膝をつくヒメナイト。

「ヒメ様ァ!」

 あわててナジャが駆け寄り、ヒメナイトの体を抱きとめた。

 ナジャの手に、ぬるり、と嫌な感触がまとわりつく。

 血だ。さっきの《光の矢》で傷をっていたのだ!

「ヒメ様! しっかりしてっ! ヒメ様ァ!」

 目に涙を浮かべてわめきちらすナジャ。

 そこへ、上空からキリンジがプーンと降りてきて、ナジャの脳天にチョップを食らわせた。

「おちつけ、チビちゃん」

「でもヒメ様が! こんなに血がァ!」

「それトマト」

 ……………

「は!?」

「さっきぶつけられたんだよ。トマト祭りのトマト。よーく熟したグジュグジュのやつを、クリーンヒットでな」

「え!? あ、ほんとだ、すっぱい……」

「《光の矢》は、命中の直前に盾パリィしてたんだ。

 ヒメ自身はかすり傷ひとつっちゃいねーよ」

「じゃあなんで倒れたの?」

 ヒメナイトの顔をのぞきこんでみれば、彼女は目もうつろ、口もぼんやり開けたまま、ナジャの腕の中でぐんにゃりしている。

「死にたい……」

「いつものやつだった!!」

「戦闘が長引いたからなァ。緊張の糸が切れたんだろ」

 と、そこへ、街の方から大勢の怒声が聞こえてきた。

「おい! イグザグ卿に《遠話》が通じないぞ!」

「何があった!?」

「ヒメナイトはどこだ!?」

「分からんっ……」

 キリンジは空に飛び上がり、目を細めて街の方を見やる。

「へっ。右往左往してやがらァ」

「でも、そのうちここも見つかっちゃうんじゃ……?」

「だな。姿をくらますなら今のうちだ」

「よしっ。

 ヒメ様、おんぶしてあげる。

 さあ! ちゃんとしがみついて! ほらっ!」

「自分を殺したい……」

「ここから逃げるのが先決でしょ!

 ほっ! よいっ……しょぉーっ!!」

 小柄こがらなナジャが、自分の倍近くも背丈のあるヒメナイトを、気合一発、背負い上げる。

 すごい体力と根性である。

 キリンジはナジャの前を飛び、林の奥を指さした。

「こっちこっち!

 さっき空から道を見つけたんだ。地元の人が農作業とかに使うやつだと思う。

 あの道なら、やつらにバレずに行けるぜ、きっと!」

「ふんっ! ふんっ!」

 鼻息を力強く吹きながら、のっしのっしと歩み去っていくナジャであった。



   *



 結局、その夜は街を離れて野宿になった。

 キリンジが焚き火のそばで、ヒメナイトの上着サーコートを毛布がわりにして、イビキをかいている。

 ナジャがたきぎを放りこむと、火がパチリとぜて、ゆらいだ。

 ナジャの後ろでは、ヒメナイトが膝をかかえて丸くなり、声を押し殺して、すすり泣いている。

 夕方からずっと、この調子なのである。

 昼間はあんなに気分がよさそうだったのに、どうしてこんなにメンタル急降下してしまったのか。

 ヒメナイトの低いつぶやきに耳をかたむけてみれば……

「ほんとにダメだ……

 私はクズだ……

 無能だ……

 魔族たちに手を焼いて……ナジャまで危険にさらして……

 もしお師匠様なら、きっと出会い頭に敵を全滅させていた……

 私はなんて弱いんだ……

 益体やくたいもないっ……

 私みたいな、なんの役にも立たないやつは、死んだほうがいいんだ……」

 と、いうわけらしい。

 ふう。

 ナジャが鼻息を吹く。

「ヒメ様。約束してください」

「なに……?」

「ヒメ様が死ぬときには、わたしも一緒に死にます」

「えっ!?」

 ヒメナイトが驚き、腰を浮かせる。

 涙でぬれたヒメナイトの目を、ナジャはじっと、見つめかえした。

「ヒメ様の師匠は世界一強いかもしれないけど、ここにはいない。

 魔族たちを倒したのは、わたしの目の前にいるヒメ様です。

 だからヒメ様はえらいの!」

「でもっ……」

「え・ら・い・のっ!!」

 ずいっ、と顔面を寄せるナジャに、ヒメナイトはたじろいで身を引いた。

「あう、あ……ぇと……」

「約束してくれますね? 死ぬときは一緒に死ぬって」

「ぃゃ、でも、それは……」

「約束! して! くれますねっ!?」

「……………は……い……」

 これではもう、頼んでいるのやら、脅迫しているのやら。

 だか、どんな形でも約束は約束。

 ヒメナイトの答えを聞くと、ナジャはニパッと笑顔を花咲かせた。

「よかった!

 じゃあ、もう寝ましょう。焚き火、消しますね」

 火に土をかけていくナジャの後ろでは、ヒメナイトがまた膝をかかえて、なにかブツブツ言い始めていた。

「そんなこと言われたら死ねないじゃないか……ずるいよ、ナジャ……」

「そうですよ?」

 と、振り返ったナジャは、小悪魔の微笑。

「わたし、悪い子なんで!」



   *



 その夜もナジャは夢を見た。

 夢の中で、ナジャはヒメナイトと向かいあって立っていた。

 こうして目の前にすると、ヒメナイトの長身は、まるでそびえ立つ壁のようだ。

 その大きさとたのもしさに、ナジャはドキドキしてしまう。

「ナジャ」

 ヒメナイトがささやく。

「あのとき、君が敵の狙いをそらしてくれなかったら、私はあそこで死んでいた……

 2発目の《光の矢》を防げたのも、敵を倒せたのも、ぜんぶ君のおかげだ。

 ありがとう、ナジャ。

 大好きだよ。

 だから……」

 ヒメナイトが、そっと、ナジャの手をにぎる。

「結婚しよう」

 ぼうん!!

 ナジャは爆発した。

 顔面を真っ赤に炎上させて、頭から煙まで吹き上げながら、ナジャはくちびるをふるわせる。

「は……はいっ♡」

 と、答えたところで目が覚めた。

「うっおおおおおおおおお!!??」

 目覚めたナジャが興奮の雄叫おたけびをあげたのは言うまでもない。

(まさか……まさかこれも予知夢!?

 実現しちゃうのっ!?

 コレプロポーズがっ!?)

 一体いつごろ予知夢が実現するのか?

 期待に胸をおどらせながら待つ少女ナジャ、13歳。

 朝ごはんを終え、出発。

 街道をテクテク進む午前。

(まだかな?)

 お昼ごはん。

 さらに進行。

 とちゅう、谷川で小休止。

 水浴びで汗をさっぱりと洗い落とす昼下がり。

(そろそろか?)

 農村に到着。

 魔族の待ち伏せがないか警戒しながら村に入り、今夜の宿を求める夕暮れ。

(きっともうすぐ……)

 日が沈み、農家の納屋なやで、おやすみなさい。

 ……………。

「実現しねーのかよーッ!!」

「うるさ! なんだよチビすけェ」

「なんでもないっ!」

 ふてくされて毛布にくるまるナジャ。

 なにかきっかけがあったのか、はたまた単なる効果時間切れか。

 いずれにせよ、予知夢の呪いはけてしまったようだ。

(まあいっか。

 あの夢のおかげでヒメ様を助けられたんだ。

 それだけで、わたしは満足)

 ごろん、と寝返りをうてば、すぐとなりに、寝息を立てているヒメナイト。

 泣いてもいないし、うなされてもいない。今夜はちゃんと安眠できているようだ。

(ヒメ様のためなら、呪いでも、命でも、使えるものはなんでも使う。

 ぜったい死なせてやるもんか!!)



第3話 完

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