第3話-5 運命の瞬間
空から降り注ぐ無数の《火の矢》。
燃えさかる火炎の雨の中を、稲妻のようにヒメナイトは駆け抜ける。
ドン! ド! ドォッ!
畑に《矢》が次々と突き刺さり、炸裂して土を跳ね上げていく。
黒い土砂が何本も柱のように立ちのぼる中、ヒメナイトは泥を
(好都合!)
身をひるがえし、もと来た方へ駆け戻るヒメナイト。
土砂の柱をいくつか避け進んだところで、追手の魔族たちとはち合わせになる。
「わ!?」
突然目の前に現れたヒメナイトに、魔族たちは驚き、立ちすくむ。
奴らの《火の矢》が跳ね上げた土砂が、即席の壁となってヒメナイトの姿を隠してくれていたのだ。
魔族たちはあわてて呪文を唱え始めるが、すでにヒメナイトは彼らを間合いにとらえている。
「
電撃の速さで駆け寄って、サッと走らせる片手剣。その剣先が魔族の
噴水のように血を噴きながら崩れおちる魔族の体。
さらにヒメナイトは手近な敵に狙いを定め、ひとり、またひとり、手当たりしだいに斬り捨てる。
「くそおっ! 《火焔球》っ」
生き残りの魔族から大技が来た。
爆発性の火球を投げつける術だ。これは盾では防ぎきれないし、近距離では避けきるのも困難。
ヒメナイトは大きく跳躍して後退し、ふたたび敵から距離をとった。
その動きを追いきれず、《火焔球》は見当ちがいの方向に着弾し、無駄に畑の土を爆散させる。
ここまではヒメナイト優位の戦況だが……そのとき、魔族たちの新手が駆けつけてきた。
さっきようやく3人倒したばかりだというのに、それ以上に敵が増えてしまった。
(またか……)
ため息でもつきたい気分である。
魔族たちから逃げ回り、
そんなことを、ヒメナイトはもう30分以上も繰り返しているのだ。
いっこうに敵が減らない。まるで無限地獄である。
いったい全部で何人の敵がいるのやら。
この数、この
おそらく、ナジャを助けた時の一件が、魔王にまで伝わったのだろう。
要するに、ヒメナイトたちは魔王軍のブラックリストに、のってしまったのだ。
「《火の矢》!」
またしても敵から《矢》の雨が飛んでくる。
大急ぎで後退し、畑のそばの林へ逃げ込むヒメナイト。
ひた走るヒメナイトの肩の上で、キリンジがわめきちらす。
「おい、このままじゃジリ貧だぞ!
どうするんだ!?」
「どうしよっか?」
「考えてねーのかよ!
んじゃ、軍師キリンジの名案、聞くか?」
「うん、聞く」
「あの統率のとれた動きからみて、敵さんにはリーダーがいる。
たぶん《遠話》の術かなんかで連絡をとりあって、包囲網をせばめてきてるはずだ」
「このまま逃げてたら、いつかは袋のネズミってわけだね」
「こういうときは、まずリーダーを叩くのが定石だ。
敵の連携さえ断ち切ってしまえば、逃げるにせよ各個撃破するにせよ、だんぜんやりやすくなる」
「リーダーの居場所は?」
「決まってんじゃん。
ナントカと煙は……」
「高いところにのぼる……か!」
ザッ。と木の葉を踏んで立ち止まり、ヒメナイトは木々の間から林の外を見やった。
今いるこの場所は、街の南側にある農地の林。
ここから街と街道を挟んで北側に、小高い山の斜面が見える。
あの山の上からなら、街全体を見わたせる。指揮をとるには最適だろう。
「
ダッ! と勢いよくヒメナイトは林を飛び出した。
*
息をきらせてナジャは走る。
石畳の道をしばらく行ったところで北へ進路を変え、街の裏山へ駆け上っていく。
横目に教会の塔をとらえながら、ナジャは周囲を必死に探りまわった。
魔族はこの山のどこかにひそんでいるはずだ。
(夢の中で見えた教会の角度から言って……敵がいるのは、あっちのほうかな?)
下生えの草をガサガサ踏み分け、ナジャは林を突き進み……
(あっ!)
息を飲んで立ち止まり、手近な木の影に身を隠した。
そっと、林の奥をのぞき見ると……
いた! 草むらのそばに
(夢で見たとおりだ!
あいつの狙撃を邪魔すれば、ヒメ様は死なずにすむ!)
魔族の視界に入らないように、ナジャは慎重に、忍び足で寄っていく……
(まだだ……奴が魔法を撃つ瞬間を狙うんだ。
その瞬間に飛びかかれば、わたしでも狙いをそらすくらいはできる……と思う……
いや! やってやる!!)
*
一方そのころ、ヒメナイトは林を飛び出し、街に戻ってきていた。
教会のわきを駆け抜けて、目指すは街の裏山である。
が、そのとき。
「いたぞ! ヒメナイトだ!」
横手から聞こえる敵の声。
数人の魔族が、建物の影からおどり出てきた。
歯噛みするキリンジ。
「クソッ! 対応が早い!」
「キリンジ、山へ行って。リーダー探して」
「お前は?」
「敵の気をひいておく」
「連絡はいつもの、な!」
ブーンと羽音を響かせて、山へと飛んでいくキリンジ。
ヒメナイトは、敵が撃ちこんできた《火の矢》をかわすなり、身をひるがえして逃げだした。
魔族たちは当然追ってくる。
遠くから、別の魔族たちの声も聞こえてきた。
まずい。声の位置からして、そろそろ周囲を囲まれつつあるようだ。
と思った矢先に、正面から魔族の別働隊が姿をあらわす!
「撃て! 撃てェ!」
矢つぎ
「くっ」
ヒメナイトは石畳に足をすべらせながら、急カーブを描いて進路を変え、わきの路地に逃げこんでいく。
左右を建物にはさまれた細い路地。
逃げ場の少ない……狙撃にはもってこいの場所。
*
「よくやった!」
魔族がニタリと笑い、杖の先に青白い光をともす。
彼の杖の狙う先には、細路地を直進するヒメナイトの姿がある。
そう。ヒメナイトは、まんまと追いこまれていたのだ。魔族たちの狙撃ポイントへと!
「死ねぃヒメナイトッ! 《光の矢》!」
凶悪な光線が発射される、その瞬間。
「だァーッ!!」
横手からナジャが飛びかかる!
ナジャは駆けつけた勢いそのままに魔族へタックルを食らわせた。
もんどりうって転がる魔族とナジャ。
それと同時に撃ち出された《光の矢》は……大きく狙いをはずして、ヒメナイトの足元に突き刺さる!
(やったっ……!?
未来が、変わった!!)
*
いきなり足元で閃光が炸裂し、ヒメナイトは反射的に足を止めた。
前を見れば、山の斜面。
今の《光の矢》は、そちらから飛んできた。
ということは……
*
「敵はここだァ! ヒメーッ!」
魔族の狙撃手を発見したキリンジが、空高く《発光》の術を投げ上げる。
*
「おのれ!」
ナジャに突き倒された魔族は、毒づきながら立ちあがった。
そして足元に転がっているナジャを、うっとうしげに足で蹴り飛ばす。
「なんだ貴様は! よくも邪魔を!」
「ゔっ!? ゲェッ……」
魔族のつま先が見事にみぞおちへ食い込み、ナジャは、うめきながら転がった。
舌打ちひとつ、魔族が杖を拾いあげ、焦りで顔をゆがめながら下を見やる。
斜面の下からは、ヒメナイトがこちらへ駆けのぼってきている。
狙撃地点が知られたのだ。
(だが、まだもう一度くらいは撃てる!)
大急ぎで呪文を唱える魔族。
猛然と迫りくるヒメナイトへ向けて、ふたたびの――
「《光の矢》!」
ギッァァアッ!!
空間を切り裂き、ほとばしる閃光!
おそるべきエネルギーを秘めた必殺の光線が、狙いたがわずヒメナイトの胸に食いこんだ!
「ひっ……」
その光景を
「ヒメ様ァッ!!」
(つづく)
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