第3話-4 ハック
ヒメナイトが走る。石畳の道を疾風迅雷の速度で突っ切り、街の広場にたどりつく。
広場では、大勢の住民が輪を作り、なにか赤いものを投げつけあって、大騒ぎしていた。
この地方伝統のトマト祭りのようだ。住民たちが2つの陣営に分かれ、
「げっ! よりによって祭りにカチあったか!」
キリンジは、ヒメナイトの肩にぶらさがったまま、顔をしかめる。
「まずいな……」
眉間にシワを寄せるヒメナイト。
そこに、背後からヒューンと風切る音が聞こえてくる。
「見つけた! こっちだ!」
空で魔族が叫んでいる。数人の魔族が《風の翼》の術で飛行して、こちらを探していたのだ。
こんな人だかりで戦闘になれば、どれだけ死人が出るか分からない。
みんな、逃げろ!!!!!
と、ヒメナイトは街の人たちへ絶叫した、つもり、だったのだが……
「にげ……ぁの……ぁぅ……です」
知らない人に話しかけるなんて、怖すぎてできるわけがなかった。
「おいヒメ! 敵が来たぞ!」
キリンジが叫ぶ。振り返れば、バラバラと広場へ飛び込んでくる魔族たちの姿。
マゴマゴしている間に追いつかれてしまったのだ。
ヒメナイトの姿を見るなり、魔族たちが《火の矢》を撃ちこんでくる。
「くっ!?」
とっさに跳躍して《火の矢》を避けるヒメナイト。
だが、行き先を確かめずに慌てて
左右からトマトが飛んでくる。いくつかがヒメナイトに命中し、べちゃりと赤いシミを作る。
(汚い……)
涙目になるヒメナイト。だが服の汚れなどを気にしているヒマはない。
魔族たちから、追い打ちの《火の矢》がヒメナイト目がけて放たれる。
(くそっ!)
こうなっては、とにかく早くこの場を離れるしかない。ヒメナイトは全速力で突進し、トマト祭りの中を駆け抜けた。
トマトにまぎれて飛来した《火の矢》が、地面に突き刺さり破裂する。
ようやくここで住人たちが異変に気づき、口々にざわめきだす。
「えっ、魔法!?」
「剣持ってるぞっ」
「おい! あいつら魔族じゃないのか!?」
とたんに悲鳴をあげて逃げ出す街の人々。
右へ左へと入り乱れる人ごみに行く手をさえぎられ、ヒメナイトは前へ進むこともできず立ち止まる。
その
(この状況で避けたら、街の人たちに流れ矢が当たる……受け止めるしかない!)
やむなくヒメナイトは振り返り、盾を構えて足をふんばった。
そこへ殺到する《火の矢》の雨。
「
鋭く響く気合の声。
ヒメナイトはタイミングよく盾を突き出し、数本の《火の矢》をまとめて地面へ叩き落とした。
彼女の盾は、光鱗竜の皮革をはった特注品。鋼鉄以上の強度を持つうえ、少々の魔術なら
とはいえ……
足を止めたのが
「ついに追いつめたぞ。魔王様に害なす愚か者、ヒメナイト!」
魔族たちは、おのおの手の中に魔術の光をともしつつ、ジリジリと
ヒメナイトは、固く剣を握りしめた。その
(さて……どうやって切り抜けたものかな……)
*
一方そのころ。
(そうだ!)
ナジャは何か思いつき、荷物カバンをおろしてゴソゴソさぐりはじめた。
やがて、小さな布包みを探しあて、カバンの奥からひっぱり出す。
(あった!
旅立つときに、故郷のみんなが持たせてくれたお薬セット!
これはモノモノ根の胃腸薬。
こっちは乾燥太陽虫、化膿止め。
それからこれが、
ヒメ様の不眠症が重いときに飲ませるつもりだったけど……)
この丸薬を1粒飲めば3時間、2粒飲めば6時間のあいだ、ぐっすり眠ることができる。
なら、丸薬を半分の半分の半分の、さらにそのまた半分に切り分ければ、3時間の16分の1……つまり約10分だけ眠れるはずだ。
(呪いを逆利用してやる!
今ここで眠って、もう一度、予知夢を見るんだ。
なにか突破口が見つかるかもしれない!)
ナジャは丸薬のカケラを口に放り込み、水筒の水で一気に流し込んだ。
(さあ夢よ、未来を見せて!
ヒメ様を救うための手がかりを……なんでもいい! お願いっ……)
祈るように目を閉じたナジャ。その意識が、急速に薄れていく……
*
ナジャは夢の中に
ここは、どこだろう?
どこかの山の、斜面の上のようだ。
あたりには広葉樹が立ちならび、地面には青草がおおいしげっている。
斜面の下には、民家の屋根がいくつか見える。
その向こうでは、教会の塔が、右手側から強烈な夕日を浴びて、そびえたっている。
つまりここは、街の裏山にあたる場所らしい。
と、近くの草むらに、ひとりの男がしゃがみこんでいる。
あの独特の青白い顔……まちがいない、魔族だ。
「いいな。予定通りの位置に追いこめ」
魔族は耳に手を当て、ブツブツと何かひとりでしゃべっている。
おそらく、魔術で仲間たちと連絡を取っているのだろう。
「私が一撃でしとめてやる!」
ニイッ、と魔族は口の端をつりあげた。魔法の杖を両手でかまえ、斜面の下へ狙いを付ける。
そと視線の先には、石畳の道の真ん中で、ぜいぜいと荒く息をついているヒメナイトの姿!
いけない。この魔族は、ここからヒメナイトを魔術で狙撃するつもりなのだ!
(やめろっ!)
ナジャは悲痛な声をあげて、魔族に飛びかかろうとした。
だが、ここは夢の中。
映像を見せられているだけのナジャには、どうすることもできない。
なすすべもなくナジャが見つめる前で、魔族が呪文を唱え始める。
「《光の矢》!」
ギャアッ!!
轟音をたてて、強烈な光線が杖の先端から放たれる。
その《矢》が……狙いたがわず、ヒメナイトの腹をつらぬいた!
「ヒメ様ァ!!」
*
と、叫んだところで目が覚めた。
眠っている間に、ひどく汗をかいていたらしい。全身汗みずくである。
ナジャは跳ね起きて、空を見上げた。
しだいに赤く色づきはじめた夕日が、西の空へ沈みかかっている。
(やば! 思ったより長く寝ちゃった!?
……まだヒメ様が死ぬ時刻は来てないと思うけど……)
ナジャは街の大通りに飛び出して、あたりをキョロキョロと見回した。
(……あった!)
探していたのは、教会の鐘つき塔である。
(夢の中で、あの塔が右手側から夕日を浴びているのを見た。
ってことは、魔族が
と判断するが早いか、ナジャは走りだした。
(急げ! もう時間がない!
待っててヒメ様! わたしが助けてみせるっ!!)
(つづく)
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