第3話-3 奔走
ナジャは、数歩遅れて街道を歩きながら、眼光鋭くヒメナイトの背中を見つめている。
(まず、情報を増やさなきゃ。
夢の内容をくわしく思い出すんだ。
ヒメ様が倒れてたのは、どんな場所だったっけ? 時間帯は? まわりに他の人はいた?)
一度あいまいになってしまった夢の記憶を掘り起こすのは、難しいものだ。
しかし、難しいからといって投げ出すわけにはいかない。ナジャは懸命に記憶をたどっていく。
夢の中でヒメナイトが倒れていたのは、石畳のしかれた路地だった。
小さな街では、石畳なんてまず見られない。普通の道は、土がむきだしである。
ということは、あそこはかなり大きな街の、大通りに近い場所だとみていい。
(いま向かってるナクサの街は、人口8千人を超える都会だ。石畳の道だってあるかもしれない。
よし、それなら……)
「ヒメ様!」
てててっ、とナジャは小走りにヒメナイトへ駆け寄っていく。
「道を変えませんか?」
「どうして?」
「これを見てください」
背中の荷物カバンから地図を取り出し、広げて見せる。
「このまま主街道を進めばナクサの街。
道は平坦で楽ですけど、山をぐるーっと
でも、ほら! この先の
横からブーンとキリンジが飛んできて、ナジャの頭の上にとまり、地図をのぞきこむ。
「そのぶん道は、けわしそうだけどな。
オレは飛んでいくからどっちでもいいけど、ナジャは足腰だいじょうぶかよ?」
「がんばる! 進める時には進めるだけ進んでおかないと、でしょ?」
「まあな。ヒメの意見は?」
「枝道で行こう。今日は調子がいいし」
(よし!)
ナジャは見えないところでグッと
枝道のほうにも二、三の集落はあるようだが、ナフサの街に比べれば、はるかに人口の少ない田舎街ばかりである。
こちらのルートなら、石畳の路地なんかに出くわすことは、まず考えられないだろう。
(これで予知をはずせるぞ! わたし冴えてるっ)
と、思っていたのだが……
*
「ほげぇ!?」
山越えの枝道を進み始めて数時間後。ナジャは悲鳴をあげた。
人通りもないド田舎の山中に、いきなり、見事に
「ん。きれいな道だねー」
「なんだ。意外に歩きやすそうじゃねーか。心配することなかったな」
ひょいひょい先へ進んでいくヒメナイト。その肩に腰かけて、のんきに足をプラプラさせているキリンジ。
ひとり、ナジャだけが青ざめている。
と、そこに近所の農夫らしいおじさんが通りかかった。
ナジャは農夫にほとんど噛みつくように問いかける。
「あのっ! この道、なんでこんなに
「ああ、これは大魔導帝国時代の遺跡だよ。大昔には、この山の上にでっかい街があったんだと」
「じっ……じゃあ、この石畳はどこまで続いて……?」
「安心しな、ずーっと、だよ。山を越えて向こう側に出るまで、えんえん続いてる。歩いていけば3日分くらいかな?
ところどころ崖崩れで埋まったり、でかい陥没ができたりしてるとこもあるけど、旅人さんには歩きやすくていい道だと思うぜ」
冗談ではない。
石畳を避けるために山道を選んだというのに!
しかも、この道の
(ってことは、ヒメ様が死ぬのは、この道のどこか……ってこと!?)
まずい。まずい。最悪である。
すでにここまで来てしまったものを、今さら「引き返そう」なんて言っても、ヒメナイトとキリンジが納得してくれるわけはない。
だが、このままのんべんだらりと進んでいたら、あの夢が現実になってしまう。
(どうしよう……次の手を! 未来を変える別の方法を、何か考えなきゃ!)
*
場所をズラす作戦は失敗した。ならば、次は時間をズラしてみてはどうか?
もう一度、夢の内容をしっかり思い出してみる。
ヒメナイトが倒れていたあの場面で、太陽はどの高さにあった?
(すくなくとも、まだ日は沈んでいなかった。
それに、わたしの体からのびていた影……
かなり斜めに傾いていたところからみて、日没30分前ってとこかな?
今がお昼ちょっと前だから、日没はおよそ7時間後。
その前後の時間帯だけヒメ様を石畳の道から引き離しておけば、予知が実現することはないはずだ)
ナジャは歩きながら地図を引っぱり出した。
(この先、しばらく進んだところに小さな街があるみたい。
今夜はそこで一泊することになりそう。
今のペースだと、到着はちょうど日没のころ、か……)
ナジャは地図をカバンにしまい、てててっ、とヒメナイトに駆け寄った。
ヒメナイトの手を握り、前に立ってぐいぐい引っ張る。
「ヒメ様っ! ほらほら、急ぎましょ!」
「うん?」
「天気もいいし、景色はきれいだし、気持ちいいでしょ?」
「うん」
「早く先に進みたくって、わくわくしちゃうんです、わたし!」
「うん!」
適当に理由をこじつけ、ヒメナイトの歩くペースを早めさせる。
となれば、もともとフィジカルでは怪物的な能力を持っているヒメナイトのこと。
急げば、どうにか夕暮れ前には街にたどりつけるだろう。そのあとは、日が沈むまで宿の中にヒメナイトを引き止めておけばよい。
早足に道を行きながら、ナジャは心のなかで祈り続けた。
(今度こそうまくいって! お願い……!)
*
数時間後。
「よし! ついたっ!」
一行は無事、街に到着した。
ナジャの
今から宿に引きこもれば、ヒメナイトの死ぬ瞬間を回避できる!
この街は、石畳の街道遺跡を
広い道の両側に、木造の建物がずらりと並んでいる。
靴、衣服、雨具など旅の
どこか遠くのほうからは、大勢のわめき声や、楽器の音も響いてくる。ちょうど今は収穫祭のシーズンだ。きっと祭りでもやっているのだろう。
少し街の奥に進むと、一軒の宿屋が見つかった。
「あ、ヒメ様。あそこに宿がありますよ。今日はこのへんで一泊しませんか?」
キリンジが、ヒメナイトの頭の上であぐらをかいたまま、うなずいた。
「そうだなあ。
まだ日が暮れるまで時間はあるけど、これ以上進んだら山の中で野宿になっちまうし」
「うん。じゃあ、あそこに泊まろうか」
(よしっ!)
思い通りにことが運び、ナジャは胸をなでおろした。
どうやらこれで、最悪の事態は避けられそうだ……
と思った、そのとき。
「ナジャ!」
ヒメナイトが突然、ナジャの手首をつかんだ。
「えっ!? なんですか?」
「……………」
ヒメナイトは無言で、背中の後ろにナジャを引っぱりこんだ。自分の体を盾にして、ナジャをかばう体勢である。
ヒメナイトの目は、鋭くあたりをにらみ回している。
「どうしたんですか、ヒメ様?」
「静かに……」
その直後。
ギャォアッ!!
空間を引き裂くような轟音が、
そして爆発!!
何者かの撃った魔術が、街のド真ん中で炸裂したのだ。
ナジャたちも爆発に飲みこまれた……と思いきや、黒煙を切り裂いて、ヒメナイトが飛び出てくる。
彼女の両腕には、大切に抱きかかえられたナジャの姿。
術を撃ち込まれたその刹那、ヒメナイトはナジャを抱いて、その場を飛びのいたのである。
ヒメナイトは矢のように跳躍し、手近な商店の屋根の上に着地。
その速度と高度に、ナジャは思わず悲鳴をあげる。
「にゅおわああ! 何なのォ!?」
「敵だ!」
というヒメナイトの言葉通り、あちこちの建物の影から、バラバラと姿を表す魔族。その数、10名近く。
彼らの手から、一斉に《火の矢》が放たれる。
ヒメナイトが眉間にシワを寄せる。
「つかまって!」
「えっ、はい!」
ダンッ!
と屋根を踏み割り、ヒメナイトが跳ぶ。屋根から屋根へ、道へ、壁へ、縦横無尽に飛び回り、雨のように降り注ぐ《火の矢》をかいくぐる。
そのまま建物の影に逃げ込むと、ヒメナイトはナジャを地面におろした。
「逃げて!」
「ヒメ様は!?」
「戦う!」
一声吠えて、ヒメナイトは大通りに駆け戻る。
彼女を狙って殺到する魔族たち。
そこへ、
「キリンジ!」
「あいよ! 《発光》っ!」
空から飛び込んできたキリンジが、魔術で強烈な閃光を放った。
突然の光で目がくらみ、うめいてよろめく魔族たち。
一方、タイミングよく目をつむったヒメナイトには影響なし。閃光がおさまるや、恐るべき速度で魔族の1人に肉迫し、抜き打ちに剣を走らせる。
「
正確に首動脈を切断され、致命傷を負う魔族。
さらにヒメナイトが走る。2人目の魔族を間合いにとらえ、一刀のもとに斬り伏せる。
ほとんど同時に倒れる2人の魔族。ここまでがわずか1秒の出来事。
まさに電光石火の
ここで、ようやく魔族たちの視力が戻り始めた。
「くそっ! 攻撃の手を休めるな!」
リーダーらしき魔族が声をはりあげる。再びヒメナイト目がけて攻撃魔術が飛んでくる。
ヒメナイトは口を一文字に結び、敵に背を向け、走り出した。
そこへキリンジがすばやく飛んできて、ヒメナイトの肩にしがみつく。
「逃げるのか、ヒメ!?」
「場所を変える。街の人を巻き込みたくない」
「建物を
しゃーねえなぁ! そういうヤツだよ、オレの相棒は!」
ニッ、とお互いに笑みをかわして、ヒメナイトは走り去る。
魔族たちもその後を追っていった。
*
残されたナジャは
(シャレにならない!
この
ナジャは通りに飛び出して、空を見上げた。
太陽の高度からみて、日没まで残り1時間ほど。
このままでは、ヒメナイトが死ぬ時刻が来てしまう!
(夢の中で、ヒメ様はお腹から血を流していた。
ひょっとして、あの魔族たちに殺されるってことなんじゃ……!?)
ナジャの顔から血の気がひいていく。
なんとかしなければ、ヒメナイトが危ない。
だが、彼女がどこに行ってしまったのかも分からないし、そもそも駆けつけたところでナジャには戦闘能力などないのだ。
この状況で何ができる?
どうする……
どうする……
どうする……
……どうする!?
(つづく)
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