第3話-2 ぜったい死なせてやるもんか!!



 予知夢は続いた。次の夜も、その次の夜も。

 キリンジがカラスに襲われ、食われかける夢。

 突然の崖崩れに巻き込まれ、あやうく潰されそうになる夢。

 どちらも、その日のうちに現実になった。

 そして昨夜見たのは、ヒメナイトが衝動的に割腹自殺しようとする夢である。

(こ、これは油断ならない!)

 というわけで、ナジャは朝からずっとヒメナイトの一挙一動に注目していたのだ。

 すると案の定。

「もうダメだあ! さよなら! みんなさよなら!」

 ヒメナイトが路上でいきなり短剣を抜いた!

「死なせるかあ!」

 すかさずナジャが彼女の腕にすがりつき、全身の筋肉を総動員して切腹を止める。

 その間に、

「キリンジ! 短剣! 短剣取って!」

「お、おう!」

 キリンジがヒメナイトの手に飛びかかり、むりやり指をこじ開けて短剣を奪い取る。

 するとヒメナイトは、へなへなとその場に崩れ落ち、

「もう嫌だあああ! 死なせて! 死なせてよおおー!!」

 と泣き出してしまった。

「うんうん、つらいねヒメ様。もう大丈夫だよ、わたしがついてるからね」

「あっぶねー……今のはヤバかったな。

 よくとっさに止められたな、ナジャ?」

「はは……まあね」

 ヒメナイトを抱きしめて慰めながら、苦笑いするナジャ。

 即座に対応できたのは、予知夢のおかげである。あらかじめ警戒していなければ、ああも素早くは動けなかっただろう。

 そういう意味では、予知夢さまさまではある。

 しかし……

(不気味だ。

 どうしていきなり予知夢なんか見るようになったの?

 なにか……嫌な予感がする)



   *



「予知夢だあ?」

 その夜、宿の部屋で相談してみると、案の定キリンジはゲラゲラ笑い出した。

「そんなもん、あるわけねーだろ! 偶然だよ、偶然!」

「偶然にしちゃできすぎだよ。これでもう6日よ? 6日連続で夢の内容がそのまま現実になってんだよ?」

「あのな。予知夢っていうことは、当然、未来の出来事を見る魔術ってことになるよな?」

「なるの?」

「なるんだよ。

 で、《時》を操る術ってのは、ほとんど人間業じゃない、めっっっちゃくちゃ難しーい分野なんだ」

 ブーン、と羽音を響かせながら、あぐらの姿勢のまま空中を横スライドしていくキリンジ。

 ふざけた態度には腹が立つが、彼は魔法学園で最先端の魔術を学んだ専門家である。その知識には信頼がおける。

「少しのあいだ時間を止めたり、部分的に肉体の時間を戻したり、未来をぼんやり予測したり、っていう術は確かにある。

 でもそんな高度な術を使えるのは、魔法学園でもほんの数人のエキスパートだけ。

 並の魔術士じゃとても扱えないし、まして、魔術の『ま』の字も知らないド素人が偶然発動できるわけないんだよ」

「キリンジでも?」

「全然! オレは座学なら一通り勉強したけど、実践はからっきしだもん」

「むむむ……」

「たぶん既視感デジャブってやつだよ。

 頭に残ってたあいまいな夢の記憶を、ちょっと似たような出来事に無理やり結びつけちゃってるだけ。脳ミソの誤作動からくる錯覚だ」

「えーっ、でも……」

「真面目に考えても無駄無駄!

 明日も早いんだから、さっさと寝ちまえよ! はー、ねむ」

 キリンジはブーンとヒメナイトのベッドへ飛んでいき、彼女が泣きながらくるまってる毛布の中にもぐりこんだ。

 取り残されたナジャは、眉間にシワをよせて、口をとがらせる。

既視感デジャブ……? ほんとに?

 でも、それにしては、あんまりにも夢の内容が鮮明すぎるような……)



   *



 その夜もナジャは夢を見た。

 どこか知らない街の、知らない路地で……

 石畳にひざまずいているナジャ。

 その腕の中に抱かれ、ぐったりと横たわっているヒメナイト。

 ぬるり、としたものが、ナジャの手に触れる。

 手を持ち上げてみれば、手のひらがべっとりと、赤い粘液でぬれている。

「これは……」

 視線を下におろせば、ヒメナイトの腹のあたりから、じわりと赤いシミが広がっている……

「血!?」

 戦慄せんりつするナジャ。

「ヒメ様! ヒメ様しっかりして!

 目を開けて……ヒメ様ァッ!!」



   *



 そこで目が覚めた。

 ナジャの顔面から、血の気が引いていく。

(おい……

 おいおいおいおいおいおいっ!!)

 隣のベットに目をやる。

 珍しく熟睡できたのか、ヒメナイトは穏やかな寝息を立てている。

(まずい……ダメだ……絶対ヤバい!!

 ヒメ様の命が……危ない!?)



   *



「今日は1日休もう!」

 仲間たちが起きてくるのを待って、ナジャはそう切り出した。

「ほら、このところ歩き続けでヒメ様も疲れてるだろうし。

 たまには旅を中断して、のんびりするのもいいんじゃないですか?」

 もちろんこれは口実だ。

 ナジャの本当の狙いは、ヒメナイトを宿から外に出さないことである。

 ヒメナイトが死ぬ予知夢を的中させるわけにはいかない。

 夢の中で、彼女は路上に倒れていた。つまり、部屋に閉じこもってさえいれば、夢も実現しようがないはずだ。

 ところが。

「あ……昨日のこと、気をつかってくれてるんだ?」

 ヒメナイトが、青白い顔に、にこ、と珍しく笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ。なんだか私、今日は気分がいいみたい。迷惑はかけないで済むと思う」

「え、いや、ヒメ様、でも……」

 さらにキリンジも余計な口を挟んでくる。

「おいナジャ!

 ただでさえ予定より遅れがちなんだから、ヒメが元気なときには進めるだけ進んでおかねえと、いつまでたっても魔王城につかねーぞ!」

「うーっ、あーっ、もーっ! そうじゃないの!!

 ゆうべ見たんだよ! ヒメ様が死んじゃう夢!!」

「なんだ。また予知夢の話か」

「予知夢?」

「なんか最近、夢が現実になるんだとよ」

「え、ほんとに?」

「ンなわけねーじゃん。気のせいだよ、気のせい。

 ほら、さっさと出発するぜー」

「待って! ちょっと待ってよ、ヒメ様!」

 ナジャはすがりつくようにヒメナイトの腕をつかんだ。

 しかしヒメナイトは、困り顔をするばかり。

「気にしすぎだよ、ナジャ。さあ、行こう」

 そのままヒメナイトとキリンジは、ナジャを置いてすたすた歩いていってしまう。

 ひとり取り残されたナジャは、目に涙をためて叫んだ。

「なんでよ……

 なんで信じてくれないの!?」

 おかしい。何かが変だ。

 ナジャの胸の中で、疑念がむくむくとふくらんでいく。

(不自然すぎる!

 おしゃべり虫野郎キリンジはともかくとして、ヒメ様までわたしの言うことに耳を貸してくれないなんて、絶対変!

 いつものヒメ様じゃないみたい……

 ……待てよ?

 予知夢も、ヒメ様の態度が妙に冷たいのも、ただの偶然じゃないとしたら……

 ひょっとして、これも魔族の攻撃!?)

 と、そう考えたところで、はたとナジャは思い出した。

 そういえば、あった。異変の予兆が。今まで気にもとめていなかったが……



   *



 あれは、ちょうど一週間前のこと。

 魔王配下の魔族と出くわし、街道近くの廃墟で戦ったのだ。

 といっても、剣を交えたのはヒメナイトだけで、ナジャとキリンジは物陰に隠れていたのだが。

 大して強い敵ではなかった。攻撃魔術をやたらに連打してきたが、ヒメナイトはその全てを軽々と避け、一気に間合いを詰め、一撃で敵を斬り伏せてしまった。

 ナジャは、ヒメナイトの無事な姿にホッと胸をなでおろし、彼女に駆け寄っていく。

「勝ったーっ!

 ヒメ様強い! かっこいいっ!」

「うへへ……もっとほめて」

「えらい! すごい! 天才! 美人!」

「言葉を尽くして」

国士無双こくしむそう

 八面六臂はちめんろっぴ!!

 天上天下てんじょうてんが唯我独尊ゆいがどくそん!!」

「うへへへへ〜」

 ナジャにおだてられて、ニヤケが止まらないヒメナイト。

 と、その時だった。

「カァッ!!」

 倒れていた魔族が、突然叫んだ。まだ生きていたのだ。

 その手から黒い光の玉が放たれる!

「うっ!?」

 とっさに横手に飛び、術を避けようとするヒメナイト。

 だが、魔族の狙いはヒメナイトではなかった。

 ナジャだ。

 黒い光はまっすぐナジャ目がけて飛んできて、彼女の胸に命中した!

「わあっ!?」

「ナジャ!!」

「大丈夫か!?」

 あわてる一行。

 ナジャは……胸をおさえた。

 敵の術が直撃したはずなのに、特に痛みはない。血も出ていない。特に何も起きなかったようだ。

「えっ? 何? 不発?」

 いぶかしがるナジャ。

 そこへ、魔族の、かすれた笑い声が響く。

「ふ……ふ……

 死にかけの体では、この程度が限界か……」

 ヒメナイトが魔族に駆け寄り、片手で胸ぐらをつかみ、喉首をしめ上げた。

「貴様!!」

「ぐっ……ふふ……

 覚悟しておけ、小娘。

 やがて運命が貴様をさいなむ。

 苦しいぞ……! 自分だけが真実に気づいているのに、誰も耳を貸してくれないというのは……

 皆が破滅に近づいていくのが分かっていながら、ただ横で見ているしかない……

 そのやるせなさと無力感を……とくと味わうが……いい……」

 そう言い残して魔族は事切れた。



   *



(間違いない、アレだ!)

 魔族が死にかけていたために術に失敗したのだ、と、あのときは思っていたのだが……

 失敗ではなく、じわじわと影響を及ぼす遅効性の術だったのだ。

 考えてみれば、予知夢を見始めたのは、あの日の夜からである。

 あのとき喰らった術の影響、と考えれば、もろもろつじつまが合う。

(つまりこれは、呪いみたいなものなんだ。

 夢で未来を予知できるようになる。でも、誰もその予知を信じてくれない。そういう呪い……

 なんて陰険な術!!

 どうしよう……どうしよう、どうしようっ……!

 このままじゃ、夢の通りにヒメ様が死んじゃう。

 なのにヒメ様にもキリンジにも頼れない……)

 ぎりっ……

 ナジャは、音を立てて奥歯を噛みしめる。

 彼女の目が、おそろしく熱い眼光を放ち始めた。

(なら、わたしが未来を変えるしかない!!)

 そう決意するなり、ナジャはヒメナイトの背中を追って、力強く駆け出した。

(そうだ! 少なくとも死の状況は夢で見てるんだ。うまくやれば運命を回避できるはず!

 わたしがヒメ様を死なせはしない!

 ぜったい死なせてやるもんか!!)



(つづく)

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