第2話-5(終) 死ぬよりも苦しい道を、もう一度



「ハァッ、ハァッ、ハァッ……

 ァッ!」

 ヒメナイトは、疲れた体を気合でふるいたたせ、餓狼鬼がろうきをまた1匹、斬り捨てた。

 これでもう、倒した敵は200匹近い。さすがのヒメナイトも疲労の色が濃くなってきた。

 彼女の頭上では、竜もまた、たえまなく閃息ブレスを吐き続けている。

 その口からは、ときおり、唾液だえきがボドボドこぼれ落ちてくる……そろそろ体力の限界が近そうだ。

 なのに、餓狼鬼がろうきたちは少しも勢いを落とすことなく、無限にも思える戦力で攻め寄せてくる。

(まずい……どうする?

 餓狼鬼がろうきを操ってる術士を倒しに行くのがいちばんいいが、私がこの場をはなれれば竜がやられる。

 どうすればいい……?)

 と、そのとき。

「ゲッギャァ!」

 わめき声とともに、数匹の餓狼鬼がろうきが、背後から竜へ突っこんできた。

 どうやら敵の一部が、後ろ側へも回りこんでいたらしい。

 ヒメナイトは、あわてて迎撃げいげきに向かう。

 そのとたん、今度は前から餓狼鬼がろうきが来る。

 前後呼応こおうしての同時攻撃! これをやられると、ヒメナイトひとりでは対応たいおうしきれない。

 あっ、というまに敵がむらがり、竜の足元に飛びかかる……

 そこへ、

「《発光》!」

 突然、魔術の光が炸裂さくれつした。

 術を投げこんだのは、キリンジ!

 餓狼鬼がろうきたちは、いきなり強烈きょうれつな光に目を焼かれ、悲鳴をあげて顔をおさえる。

 このすきねらい、大勢の男たちが、雄叫おたけびをあげながら突撃してきた。

「うおおおお!」

「叩け! 叩け!」

「俺たちの村は俺たちで守るんだあ!」

 村人たちだ!

 彼らの手には、金属製の農具が、にぎられている。

 いささかたよりなくはあるが、こんなものでも、力いっぱい振りおろせば、じゅうぶんな武器になる。

 餓狼鬼がろうきたちは、突かれ、刺され、さんざんに打ちのめされ、泣きさけびながら逃げ散っていく。

 この光景こうけいを見て、呆然ぼうぜんとしていた者がいる。

 竜だ。

 竜は、必死に戦う村人たちを見おろしながら、ゆらり……と、目を涙でらしていた。

『赤ちゃん……?

 なんじらは、われの……

 ……いや? 赤ちゃんは……

 こんなふうに生きるための戦いをいどむ、その力さえ身につけぬうちに……いって……しまった……』

 竜が静かにつぶやくのを、ヒメナイトは、そばで聞いていた。

 あらく息を吐きながら、つい、魔剣をふるうことも忘れ、竜をじっと見つめていた……

 そのすきだらけの背中へ、餓狼鬼がろうきが槍を突きこんできた。

 しかし命中の直前、

「うりあー!!」

 横から突っこんできたナジャが、手にしたクワで、思いっきり餓狼鬼がろうきを殴りとばした。

「ギャベェ!?」

「この! このおォッ! あっち行けっ、おらおら!」

「ナジャ? 来てくれたの」

「はいっ! ここは、わたしたちが引きうけます!

 ヒメ様は敵の魔族を……」

 と言いかけたところで、頭上からキリンジの大声が聞こえてきた。

「見つけたァー!

 魔族だ! あっちの丘の上にいる!」

 キリンジは空に飛びあがり、敵の術士を探していたのだ。

 術士さえ倒せば、操られている餓狼鬼がろうきたちは、統率とうそつをうしなうはず。

 ヒメナイトは魔剣をさやにおさめ、竜の泣き顔をもういちど見あげ……

 力強く、うなずいた。

「うん!」



   *



 一方。

 魔族たちは、大混乱だいこんらんにおちいっていた。

 餓狼鬼がろうきと《視覚共有》して様子を見ていた魔族が、ほとんど悲鳴のような声をあげたのだ。

「まずい……まずいまずいっ!

 例の女剣士が、こっちへ来るぞ!」

「この場所が知られたのか!?」

「おい、餓狼鬼がろうきで止めろォ!」

「1人で餓狼鬼がろうき200匹以上を倒したやつだぞ!?

 あんなバケモノ止められるかよ!」

「うわっ……うわわわ! どんどん近づいてくるっ!」

 浮き足だつ魔族たち。

 あわてふためいた魔族が、助けを求めて後ろをふりかえる。

「ザザン将軍しょうぐんっ! どうしましょうか!?

 ……あれ!? 将軍しょうぐんが、いない!?」



   *



 餓狼がろう将軍しょうぐんザザン……彼は、を見るにびんである。

 村人たちが竜に加勢かせいした時点で、手のあいたヒメナイトが指揮本部をねらってくることを予測し、さっさと逃げだしていたのだ。

「ほっ、ほっ、ほっ」

 軽快けいかいな走りで戦場をりつつ、ザザン将軍しょうぐんは、考えをめぐらせる。

(さて……

 魔王城には、なんて言いわけしようかな?

 ま、いいか!

 部下が無能だった、ってことにしとけば、魔王も魔貴公爵まきこうしゃく納得なっとくするだろ!

 ようするに、つるしあげてイジメる対象たいしょうがいれば満足なんだからな、あいつらは)



   *



 連射れんしゃされる竜の閃息ブレス

 ギイィヤァッ!

 ギャッ!!

 ギャアアァアッ!!

 ヒメナイトの行く先の餓狼鬼がろうきたちが、連続閃息ブレスで吹き飛んでいく。

 竜が、こちらを援護えんごするために、道を作ってくれているのだ。

 ヒメナイトは、ニッ、と口に笑みを浮かべた。

 魔族たちのたむろする丘は、もう目と鼻の先。

「ぅぉおおおおおおっ!!」

 雄叫おたけびをあげ、斜面を駆けのぼるヒメナイト。その速度はまさに雷光。

 バッ……

 と魔族たちの前に飛びだし、ほの青く輝く魔剣を抜きはなつ。

「ひっ……わああああ!?」

 悲鳴をあげて後ずさる魔族の首を、

ァァアアーッ!!」

 斬!!

 ヒメナイトは、一刀のもとにハネ飛ばしたのだった。



   *



 戦いが終わり……

 ヒメナイトが戻ってきたとき、村は、消火作業におわれていた。

 川で水をくみ、火にぶちまける。ひたすら、そのくりかえし。

 ヒメナイトもナジャも、そして竜も、必死で消火をてつだった。

 そのかいあって、夜が明けるころには、なんとか火を消し止めることができた。

 被害ひがいは小さい、とは言えないものの、まだ焼け残った家もあり、畑も半分ほどは無事ぶじ

 地下の倉庫に保存してあった食糧しょくりょうは、そのまま残っているし……なんとかにはしないですみそうだ。

「よかった、みんな無事ぶじでよかった……!」

「お前らも、ほんと、生きててよかったよ……!」

 抱きあってよろこぶ村人たち。

 その姿を遠目にながめながら、竜は、ドスンと林の中に座りこんだ。

 じっ……と、うつむくその視線の先に、ヒメナイトがあらわれる。

「……気づいたんだな」

『ああ……思い出したよ。

 なんじは、われの赤ちゃんじゃない。

 あの子には、もう……二度と会えないのだなあ……』

 竜は顔をあげ、ふたたび、村人たちに目を向けた。

 朝日が目に入ったのか、竜が、まぶしげに目を細める。

『いつか子供は大人になって、親のもとから巣立っていく。

 それはさぞかしさみしかろうが……

 われはとうとう、そのさみしさを味わうことさえ、できなかったよ……』

 ヒメナイトは、竜に歩み寄り、そっと、ウロコに手をふれた。

「私には、親がわりに育ててくれた、剣の師匠がいて……

 修行中、口すっぱく言われたよ。

 剣のひと振りごとに、自分に問いかけろ。

 何を斬る? なぜ斬る? どうやって斬る?

 その問いと答えとが肌身はだみにしみついて、剣と一体化したとき……それが太刀筋たちすじになるんだ、と。

 あなたも今、問うべきなんだと思う。

 大切なものを見失みうしなった今、だからこそ……」

 竜は、だまってヒメナイトの言葉を聞いていた。

 やがて、そっと目をふせて、ヒメナイト体に尻尾しっぽを巻きつけた。

『……大切にしているのだな。そのヒトから教わったことを』

 一般に、竜の顔面は固く、表情はほとんど変化しない。

 だがこのとき、ヒメナイトには、不思議と竜が、ほほえんでいるように見えた。

 と、そこへ、

「おーい! ヒメ様ァー!」

 ナジャの声が聞こえてきた。

 村のほうから、ナジャが走ってくる。

 ナジャだけではない、その後ろには、村人たちも総出そうででついてきている。

「どうしたの」

「ちょっと竜さんに話があって」

 村人のひとりが、竜の前に進み出た。

 竜は、きまずそうに目をそらす。

『……なにか』

「俺ら、みんなで話しあったんですが……

 もしよかったら、竜さん、この村でらしませんか?

 あなたがいれば、心づよいし……」

『!』

 竜が、おどろいて目を見開いた。

『……われは、なんじらを誘拐ゆうかいし、おびやかしたのだぞ!』

「それは、いいんです。

 みんな無事ぶじに帰ってきたし……

 それに……俺らは、たものどうしなんですよ。

 変だとは思いませんでしたか?

 こんな山奥やまおくに、地図にものってない隠れ村……

 しかも村人は中年の男ばかりで、女や子供は、ひとりもいない。

 実はねえ……

 俺たちは、魔王に滅ぼされた隣国りんごくの、兵士だったんですよ。

 家族を殺され、国もうしない、身ひとつで逃げてきたはいいけれど、この国の人々にも受け入れられず……

 こんな僻地へきちで自給自足するしかなかった。

 だから、ね……

 なんていうか……

 ほっとけないんです。

 ひとりは……さみしいでしょう?」

 沈黙ちんもく

 やがて……

 ナジャが飛びあがり、ぱんっ! と手を鳴らした。

「それがいいっ!

 絶対それがいいですよっ!!」

『ふっ』

 と、竜は苦笑をもらす。

『そうだな……

 あゆんでみるよ。

 死ぬよりも苦しい道を、もう一度――』



   *



 かくして、隠れ村の竜騒動そうどうは、一件落着いっけんらくちゃく

 ヒメナイトたちは、竜と村人たちに別れをつげ、ふたたび魔王城へ向けて旅立ったのだった。



   *



 ――そのころ。

 魔王は、魔王城の玉座ぎょくざこしをおろし、ヒマそうに、アクビをたれていた。

 そこへ、

「魔王様ッ!」

 魔貴公爵まきこうしゃくリリが、駆けこんでくる。

 魔王は、大アクビをみ殺し、マジメな顔をつくってみせる。

「なにごとか?」

「西方面軍のザザン将軍しょうぐんから《遠話》が入りました!

 ヒメナイトを発見した……とのことです!」

 ……………。

 魔王は少し沈黙ちんもくしたあと……

「ん……おお! ヒメナイトね! そうか。バルグルを倒したやつだったな」

「ザザン将軍しょうぐんの部隊は壊滅かいめつ

 どうやらヒメナイトは、西部山脈ごえのルートで魔王城を目指めざしているようです」

「ふうん……? ザザンの部隊は、鬼が300くらい、いただろう?」

餓狼鬼がろうきが500です」

「そんなにか。

 ザコの魔獣では、どれだけ数がいてもダメらしいな」

「そのようです。

 どのようにはからいましょうか?」

 魔王は玉座ぎょくざから立ちあがった。

 漆黒しっこくのマントをひるがえし、鷹揚おうように腕をふりかざす。

「魔族の精鋭せいえいを送りこめ!

 この魔王ムゲルゲミルに逆らった罪……きゃつの血をもって、あがなわせるのだ!」



第2話 完

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