第2話-4 共闘



 村人たちは、パニックにおちいった。

 夜おそく、みんなが寝しずまったところへ、突然、火矢ひやをあびせられたのだ。

 ワラぶきの屋根や、畑の作物から、つぎつぎに炎があがる。

 異変に気づいた村人が「火事だ!」と叫び、それで目ざめた他の人々が家から飛びだす。

 その時にはもう、村はすっかり餓狼鬼がろうきの集団に取りかこまれていた。

 ふしくれだった棍棒こんぼうや、さびついた槍を振り回して、餓狼鬼がろうきどもが襲いかかってくる。

 村人は、悲鳴をあげて逃げだした。

「魔物だ! 魔物が来たァ!」

「みんな逃げろっ!」

 だが敵の数が多すぎる。逃げ切れない。

 飛びかかってきた餓狼鬼がろうきが、村人の足にしがみつく。

 村人は、引き倒されて、畑に転ぶ。

 そこへ、ほかの餓狼鬼がろうきが寄り集まってきて……

「ギャハァ!」

 棍棒こんぼうを、村人の頭めがけて振り下ろした。

 と、そのとき。

 ギィィィイヤァァッ!!

 空を引き裂くような轟音ごうおんを立てて、巨大な影が飛んできた。

 竜だ。

 竜が地面スレスレを飛び抜けていく。ただそれだけで、竜巻のような強風が巻きおこり、餓狼鬼がろうきたちを吹き飛ばす。

 危ないところで命をとりとめた村人は、身ぶるいしながら立ち上がり、竜の巨体を見上げた。

『ゆるさぬぞ……ゆるさぬぞォォッ!』

 地ひびきとともに降り立った竜は、津波のように押し寄せてくる餓狼鬼がろうきどもへ……

 ギャアッッ!!

 高熱の閃息ブレスを吐きかける!

 爆発する大地。消し飛ぶ餓狼鬼がろうき。村のそばの林がまるごとえぐられ、土むきだしのクレーターと化す。

 だが、それでも敵は止まらない。

 カゲロウの立ちのぼる地面を踏みしめ、無数の餓狼鬼がろうきが竜めがけて突っこんでくる。

『赤ちゃんは、どこだ……』

 竜は、憎悪ぞうおに狂った目で敵の軍勢をにらみつけ、天地をふるわせるほどの大音声だいおんじょうをひびかせた。

われの赤ちゃんを……かえせェェェーッ!!』



   *



 むらがる餓狼鬼がろうき。火を吹く巨竜。燃えあがる夜空。とどろく爆音。

 地獄のような光景を、安全圏あんぜんけんから魔族の集団がながめている。

 全部で10人あまり。餓狼鬼がろうきに命令をくだす術士たちである。

 少数民族である魔族たちは、つねに人材不足になやまされてきた。そこで魔王軍が採用したのが、魔獣などを術であやつり、兵力とする手法だ。

 少数の魔族が、多数の魔獣をひきいて部隊を作る。

 これなら手軽に数をそろえられるし、戦いになっても魔族たちの損害そんがいは少ない……というわけだ。

「おーおー。ハデにあばれてるなあ、竜のおかあちゃんは」

 指揮官のザザン将軍は、てごろな岩に腰かけ、ゆったりと足を組み、へらへら笑いながら戦況せんきょうを見ている。

 そばにいた魔族が、やや不安げに、

「よいのですか?

 餓狼鬼がろうきの損害が、シャレにならない数になってますが……」

「いいのいいの。

 餓狼鬼がろうきなんか捨てゴマだ。

 何百匹死んだって、竜を倒せりゃオツリがくるよ」

「なるほど。では、このまま……」

「おうっ! どんどん突っこませろ!

 閃息ブレスは、あるていど距離がないと使えない。至近距離しきんきょりに取りついちまえば、こっちの勝ちだ!」



   *



 竜の閃息ブレスが地をぎはらう。

 そのたびに爆炎の花がき、餓狼鬼がろうきの体がちぎれ飛ぶ。

 だが餓狼鬼がろうきは止まらない。何人死んでも、おかまいなしに、ひたすら竜へと押し寄せてくる。

 と、不意ふいに右足に走る痛み。

『うっ!?』

 竜が、うめいた。

 見おろせば、死角しかくからしのび寄ってきた餓狼鬼がろうきが、竜の足にとりつき、槍を突きこんでいる。

『このおっ!』

 竜は足を振り、餓狼鬼がろうきっとばした。

 その一瞬、閃息ブレスでの迎撃げいげきがストップしてしまう。

 これを好機こうきとして、敵が一気に距離をつめてくる!

「ギャッ!」

「ギャヤア!」

「ゲッゲッ!」

 口々くちぐちにわめきながら、何匹もの餓狼鬼がろうきが飛びかかってくる。

 竜はとっさに尻尾しっぽで敵をはじき飛ばし、あるいは足で敵をみつぶし、必死に抵抗するが……

 敵の数が多すぎる!

 打ちはらっても打ちはらっても、次々におそってくるのだ。とても防ぎきれない。

『おのれっ……』

 くやしそうにどくづいて、竜は翼を広げた。

 いったん空へ逃げようとしたのだが……

 そこへ、

 ビュッ! ビュビュッ!

 餓狼鬼がろうきどもが矢を打ちこんできた。

 ただの矢ではない。矢じりにロープを結びつけてある。

 何本もの矢が竜の体に突き刺さる。餓狼鬼がろうきたちが、寄ってたかってロープを引き、竜を地面にしばりつける。

 これでは飛び上がることもできない!

『くっ……!?』

 竜が死の恐怖を顔に浮かべた……そのときだった。

シャァッ!」

 闇夜に走る青い閃光。

 魔剣の一撃……ヒメナイトだ!

 駆けつけたヒメナイトが、稲妻いなずまなみの速度で周囲を走り、餓狼鬼がろうきたちを斬りふせる。

 自由になった竜が、空中に飛び上がり、近づいてくる餓狼鬼がろうきれへ、

 ギィィヤァァッ!!

 と閃息ブレスを浴びせかけた。

 爆発によって吹き飛ぶ遠方の餓狼鬼がろうきたち。

 近くの敵も、ヒメナイトの剣によって、またたくまに斬り捨てられた。

 ひとまず危機は切り抜けたようだ。

 ずん……と着地する竜。

 竜はヒメナイトを見おろし、首をかしげる。

なんじ……は……赤ちゃん?

 われの……?

 いや、違う……? 赤ちゃんは……』

「落ちついて」

 ヒメナイトは、林のほうへ、ギッ! と鋭く目を向けた。

 そちらの方から、けたたましい叫び声が聞こえてくる。敵の第二波が、こちらへ近づいているようだ。

「まずはあいつらをかたづけよう。

 話は、それから」

 言われて竜も、敵の方へ顔を向ける。

『ああ……そうか。そうだ。

 魔王軍ッ! 許せぬ……魔王軍! 許してはおかぬ!』

 声を震わせ、閃息ブレスを連射する竜。

 その足元で、ヒメナイトは剣をかまえなおした。

 苦い表情を隠すこともできないまま。



   *



 一方、後方の魔族たちは、ざわついている。

「どうした!? なぜ竜をしとめられなかった?」

餓狼鬼がろうきと《視覚共有》してたやつ、誰かいるだろう! 報告しろっ」

「は!

 竜に加勢かせいした者がおります!

 人間の剣士のようですが……」

「どんな相手だ?」

「女です。骨のような白い髪で、武装は片手剣と盾。

 おそろしく素早いやつで、あっというまに餓狼鬼がろうきの5、6匹が倒されてしまい……」

 この報告を聞いているうちに、ザザン将軍の顔色が変わりはじめた。

「おい、ちょっとストップ。

 まちがいないのか? 骨灰こつばい色の髪、女剣士、魔獣の集団を軽くあしらう腕前……」

「はい、たしかに」

(おいおいおいおいおい!

 冗談じょうだんじゃねえっ!

 それは剣聖の弟子ヒメナイトじゃねーか!)

 ヒメナイトの名は、ザザン将軍も耳にしている。

 しばらく前、けもの使いバルグルの部隊が、その女1人のために壊滅かいめつしたのだという。

 『任務にんむのついでに足取あしどりをさぐるように』という命令が、魔王から各地の部隊へくだされていたのだ。

 とはいえ、バルグルが倒されたのは、ここから遠く離れた南方なんぽうでの話。

 自分には関係あるまい、と思って、ザザン将軍はロクに探させてもいなかったのだ。

(ヒメナイトめ、どうしてこんな地方に姿をあらわした?

 魔王城に向かうにしても、南の街道を使うほうが、よっぽど近道のはずだが……

 そうか! 西側から山脈ごえのルートで魔王城に行くつもりなんだな?

 これなら、とちゅうの関所せきしょ拠点きょてんは、ほとんどスルーできる。

 考えたな……)

「将軍? ザザン将軍? どうしましょうか? 少し想定と違ってきましたが……」

 部下が、ろこつに不安を顔にあらわしている。

 ザザン将軍は、にっこり笑って、部下の背中を叩いた。

「心配すんなって! たかが剣士1人だろ?

 予定どおり、このまま数で押しつぶせ!」

「はあ……はい」

「ほら、シャキッとしろよォ! 俺は、お前らをたよりにしてるんだからよォ!」

「はい!

 全部隊、予定に変更なしだ!

 続行ぞっこう、攻撃続行ぞっこうっ!」

 ザザン将軍は、いかにも部下思いそうな笑顔を見せながら、内心ないしん舌打したうちしている。

(チッ……グズどもが。

 いちいちオタつくんじゃねーよ。

 お前らはしょせん、指示されて動くしかのうのない捨てゴマなんだよ!)



   *



 遠方にいる餓狼鬼がろうきには閃息ブレスの爆炎。

 それをくぐり抜けてきたやつらには魔剣の一撃。

 竜とヒメナイトの共闘きょうとうによって、餓狼鬼がろうきたちは次々に打ち倒されていく。

 だが、それでもなお、敵の数はあまりにも膨大ぼうだいすぎた。

 吹き飛ばしても吹き飛ばしても、斬り捨てても斬り捨てても、際限さいげんなく新たな敵があらわれる。

 はじめこそ勢いよく敵を倒していた2人だが、やがて疲れの色が見えはじめた。

 もう軽く100匹はかたづけたはずだが、いっこうに敵の数が減る気配けはいがない。

(……多いな。いったい何匹いるんだ?)

 敵の総数が500をえていようとは、思いもよらないヒメナイトなのである。

ッ!」

 疲労ひろうを息とともに吐き捨て、ヒメナイトは手近な敵を斬りふせた。



   *



 一方そのころ、村から逃げた人々は、少し離れた斜面の上から、戦いの様子をハラハラと見守っていた。

「ああっ……燃える、うちが燃えるっ……」

「おい、畑の方に火が広がってるぞ!

 どうするんだよぉ、今年の収穫しゅうかくはよぉっ……!」

「なにがどうなってるんだ?

 なんで竜が魔物と戦ってるんだ?」

「なあ、あそこにいる剣士、あれは竜退治りゅうたいじに行った、あのひとじゃねえか?」

「わけが分からん……」

 なにしろ突然のことである。村人たちが混乱こんらんするのも無理はない。

 今はっきりと分かることは、ただひとつ。

 このままでは、家も畑もたくわえも、全て失ってしまう、ということだけである。

 そこへ、山の上のほうから、呼び声が聞こえてきた。

「おーいっ! みんなァー!」

 叫びながら斜面を駆けおりでくるのは、小柄こがらな少女……ナジャだ。

 ナジャの後ろには、いまだにベビーウェア姿の男5人も、ついてきている。

「あっ、あれは!

 おい、あれって竜にさらわれたやつらじゃないか?」

「本当だ! おーいっ……!」

「げっ。なんちゅうカッコしてるんだ、あいら?」

 村人と合流し、ナジャは、ぜいぜいと息をきらす。

「はあっ、はあっ、あのっ……ぉげっ」

「あなたは、騎士様の従者じゅうしゃさん!

 さらわれた者たちを助けてくれたんですねっ!」

「はい、あの、ぉえっ、ぇえっふ!」

 まともに話せないナジャ。その頭の上に、キリンジが空から降り立った。

「みんな、聞いてくれ!

 あの竜は悪いやつじゃなかったんだ。

 ただちょっと頭がおかしくなってただけで……」

「なんですと?」

「で、村を襲ってる魔物! アレは魔王軍だ、まちがいない!」

 魔王!!

 その名を聞いて、震えあがる村人たち。

「魔王だって!?」

「ダメだあ! 俺たちはもうおしまいだっ……」

「嫌だ、死にたくないよ……」

「逃げよう!」

「逃げるってどこへ!?」

 見ていられないうろたえかたである。

 無理もない。魔王の力をもってすれば、こんな村など、一息で消し飛んでしまうのだ。

 だが。

「うろたえてる場合ですかっ!!」

 ナジャが震えるような大声で一喝いっかつした!

 村人たちが硬直こうちょくする。

 ナジャは村人の顔をひとりひとり見上げながら、

「逃げて行くアテがあるんですか?

 隠れて生きのびられるんですか?

 畑と備蓄びちくを失ったら、どのみち終わりじゃないですか。

 だったら、やるべきことは1つでしょ!

 ヒメ様は今、戦ってます!

 竜も今、戦ってます!

 あの数とマトモにぶつかってちゃ、勝ち目はない!

 でも! みんなの助けがあれば勝てる!!」

「戦えっていうのか……?」

 ブンブンと、ナジャは首を横に振る。

「戦うだけじゃない。

 生きるために『勝つ』んだよ!!」



(つづく)

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