第2話-3 かえらぬモノを



 竜は、ナジャたちを目にするなり、かん高く声をうらがえした。

『ンまァァァ〜っ、いらっしゃい!

 なんじたち、われの坊やのお友だちね?

 ちょっと待っててねェ〜、すぐに片づけますからねェ〜』

 竜は、足元のベビーベッドにヒメナイトを寝かせると、洞窟どうくつの奥のガラクタの山をガチャガチャいじりはじめた。

 そのすきに、ナジャとキリンジは、おそるおそるベビーベッドに近寄り、赤ちゃん姿のヒメナイトに声をかける。

「ヒメ様っ! ご無事ぶじですかっ!?」

「だあだあ」

「赤ちゃんプレイに順応じゅんのうしないでください!!

 いったい何があったんですか?」

「あの竜は悪いヒトじゃないみたいでちゅ」

「悪いヒトじゃ、って……どういうこと?」

「それについては、俺らが説明します」

 と、奥から話にわりこんできた者たちがいる。

 そちらに目を向ければ……

 5人の中年男性……が、みんな一様いちようにベビーウェアに身をつつみ、スネ毛をさらして立っていた。

「ホゲェェー!? モンスタァー!?」

「落ちつけナジャ!! アレはただのおっさんだッ!!」

「ただごとじゃないよ!! とんでもないよ!! 赤ちゃんコスプレ限界おっさんだよッ!!

 おっさんのよそおいは『いい生地の着古したスーツと、くたびれたうれいの微笑』にかぎるッ! わたしはそれしか認めないッ!!」

 中年男性たちは、みんな恥ずかしそうに体をよじった。

「すみません……他の服を着ても、竜にムリヤリ着替えさせられてしまうもので……」

「あ、ゴメンナサイ……堂々としててもらっていいですか……? モジモジされると、よけいにキツい……」

 と、そこへ、ドスドス足音を響かせ……というより地面を振動させながら、竜が戻ってきた。

『さっ、奥へどうぞ! お茶をいれましたワ。おいしいお菓子もありますよォ〜っ』

 ナジャは眉間みけんにシワを寄せ、後頭部をゴリゴリかきむしる。

「えーと……

 とりあえず危険はなさそう……?」

「そうみたいだな」

「そうと分かれば」

「どうするんだ?」

 問うキリンジに、ナジャは当たり前みたいな顔をして、

「お菓子をいただこう」

順応じゅんのう早いなァ、お前も……」



   *



 赤ちゃん姿の中年男性たち……彼らはみな、竜にさらわれたという村人だった。

 彼らが語るところによれば、どうやら竜は、人間を自分の子供だとカン違いしているらしいのだ。

 それで、さらってきた人間に、赤ちゃんみたいな服を着せ、かいがいしく世話せわをやく……

「いやいや……おかしいだろ、いろいろ……」

 ナジャは、竜が出してくれた甘いケーキを遠慮えんりょなくパクつきながら、まゆをひそめる。

 横に目を向ければ、竜が巨大なエプロンをつけ、バカでかい包丁ほうちょうをにぎり、通常サイズのタマネギを器用にトントンきざんでいる。

 昼食までごちそうしてくれるつもりらしい……

 竜の視線がマナ板のほうに向いていることを確認しながら、村人のひとりが、そっと声をひそめて言う。

「私が思うに……どうもあの竜、自分の子供をくしてしまったんじゃないかと……」

「え……」

「夜中になると、うなされてるんです。

 『お願い、死なないで、われの赤ちゃん』って、涙を流しながら……

 そうかと思えば、急に目ざめて、狂ったように叫びながら巣穴を飛びだしていき……

 誰かをさらって戻ってくる。

 そんなことをりかえすうちに、『赤ちゃん』がどんどん増えていって……この人数です」

「つまり、我が子をくして、頭がおかしくなっちゃった……ってこと?」

「たぶん……」

「うぅん……

 なんだか、やっつけるのが、かわいそうになっちゃうなあ……

 ヒメ様はどう思います?」

「ばぶー」

「あ、はい、了解」

「……なあ」

 キリンジは、さっきからずっとテーブルの上にアグラをかいて、じっと腕組みしていたが、ここでスッと手を上げた。

「竜を退治たいじするにせよ、しないにせよ……ひとつデカい問題があるんじゃねえか?」

「問題って?」

「竜のヒナが死んだ、と仮定してだ……

 死因はなんだ?」

「病気とか?」

「竜の生命力はスゴいぞ。

 病気なんか、まずかからないし、寿命も長い。えやかわきにも強い。

 なにしろ、竜の血やら肉やら内臓やらが、ことごとく貴重な霊薬エリクサーの原料になるくらいだからな」

「うーん……

 自然死じゃないとしたら……

 ひょっとして、殺された!?」

「誰に?」

「あっ」

 キリンジの言わんとすることをさとって、ナジャは絶句ぜっくした。

 キリンジは、つぅ……と汗をひとすじたらす。

「村の人が言ってたよな?

 『竜が住みついたのは最近』だって。

 これを考えあわせると、ヤバい推測すいそくがなりたつ。

 つまり……いる、ってことだ。

 数ある魔獣の中でも最強クラスのバケモノ、太古竜エンシェント・ヴルム

 それをおそい、ヒナを殺し、この地まで追いやった……

 竜より強い『何者なにものか』が、この近くに。

 さて……そいつは、いったい誰だ?」



   *



 魔王軍である。

 竜のすみかから歩きで半日ほどの距離にある川べりに、魔王軍がじんをかまえている。

 軍勢の大半は餓狼鬼がろうき

 それにまじって、魔族の姿もチラホラ。

 総勢で、400人か500人、といったところだろうか。

 そのじんの奥には、大きなテントがひとつあり、その中で、1人の魔族が大アクビをたれていた。

 彼の名は、餓狼がろう将軍しょうぐんザザンという。この部隊の指揮官である。

「ふぁあ〜ぁぁ……

 やっと見つかったかァ……」

「はっ! 南西の山の中腹ちゅうふくに大きな洞窟どうくつがありまして。

 竜は、そこに逃げこんだようです」

 部下が、マジメくさった直立不動ちょくりつふどうの姿勢で報告する。

 ザザン将軍しょうぐんは、まるでやる気なさげに背のびをひとつ。

洞窟どうくつか……洞窟どうくつだなァ」

「ですね。広さがかぎられますから、人海戦術じんかいせんじゅつかしにくいぶん、こちらが不利です」

「ほんっと! 魔王様はよぉー!

 『太古竜エンシェント・ヴルムの血肉で不老長寿ふろうちょうじゅ霊薬エリクサーを作れ』なんて、ムチャ振りの投げっぱなしだもんなァー!」

「はは……」

「悪いね、お前らにも苦労かけてよう!

 今度さあ、魔王城に帰ったら、ビシッと言ってやるよ。

 『クソみてえな命令で振り回すんじゃねえ! 部下はテメーのオモチャじゃねーんだぞ!』ってさ」

「お願いします、ぜひ!」

「うん、いや、言うよ俺、言うよ?

 立場は魔王様より下だけどさ? 俺の立場よりお前らのほうが大事だから。

 言うべきときには言うタイプよ、俺!」

「さすがザザン様!」

「おう、まかしとけ!

 まー、だからもうちょっとだけガンバってくれる? 悪いけどさー」

「はい。しかし、どうします?

 強引ごういん餓狼鬼がろうきどもを、つっこませますか?」

「それじゃ勝ち目がないだろ?

 相手は気が狂った竜1匹。安全確実にいきたいが……

 ……あ、そういえば、山のふもとに村があった、って言ってたよな?」

「そうらしいですね」

 ザザン将軍しょうぐんは、ニィ……と邪悪な笑みを浮かべた。

「いいこと思いついちゃった」



   *



 日がれた。

 竜は、ナジャたちを『我が子の友達』とカン違いして、しきりに引き止め……

 我が子とカン違いされているヒメナイトたちは、もちろん巣から出させてもらえず……

 そうこうするうちに、時間は過ぎて、夜が来て、

『今夜はウチにとまっていきなさい』

 と、すすめる竜にしたがって、とりあえず一晩ひとばん洞窟どうくつで夜を明かすことにした。

 その夜のことだ。

 ヒメナイトは、深夜になって、ふと目をさました。

 低い、うなるような、すすり泣きの声が聞こえてきたのだ。

 ベビーベッドをおりて、声のするほうへ歩み寄っていくヒメナイト。

 すると……竜が、巣の奥で身を丸めて、眠りながら涙を、滝のように流していた……

『赤ちゃん……

 が子……

 死なないで、死なないで、赤ちゃん……』

 体を引きかれるような悲しい声に、ヒメナイトは、じっと立ちつくす。



   *



 竜は夢を見ていた……

 かつて竜は、ある小さな街の守り神として、あがめられていた。

 竜は、ときどき襲ってくる魔物たちから、街の人々を守り……

 人々は、ささやかな供物くもつと、感謝の祈りを竜にささげる。

 竜のヒナは、街角で、人間の子供たちにまじって遊び……

 竜はそのようすを、遠くから、温かく見守っていた……

 だが、ある夜。

 敵はやってきた。

 千を数えようかという魔物の群れ。

 魔王軍だ。

 街は、火の海と化した。

 竜は戦った。

 空を舞い、高熱の閃息ブレスで敵をなぎはらい、必死に街を守ろうとした。

 だが、敵の数が多すぎた。

 おおぜいで至近距離しきんきょりに取りつかれては、閃息ブレスを吐きかけることもできない。

 そうこうするうちに、敵は、街を容赦ようしゃなく破壊していき……

 最後に竜が見たものは……

 血。

 燃え上がる街を赤くめる、おびただしい量の血。

 血の海におぼれ、息たえた――ヒナの姿。

『おおッ……

 おおぉッ……

 ウオッ、ォォアアアアァ!!』

 竜の狂ったような叫び声だけが、滅びた街に、切々せつせつとこだましていた……



   *



『ウヴッ……ぅおぅっ……フグッ……!』

 悪夢にうなされる竜。

 その姿を、ヒメナイトは、しばらく見つめていた。

 分かる気がした。竜の悲しみ、そのせつなさが。

 ヒメナイトは、そっと手をさしのべ、竜の大きな鱗をなでた……

 と。

 そのときだった。

『ン……!?』

 竜が、急に起きあがった。

 竜は頭を洞窟どうくつの外のほうへ向け、鼻をひくつかせている。

「!」

 ここでヒメナイトも気づいた。

 はじかれたように振りかえる。

「このニオイ……焦げくさい!?」

『オオッ!』

 竜が洞窟どうくつから飛びだしていく。

 奥のほうでは、毛布にくるまって眠っていたナジャが、寝ぼけまなこで起きあがり、

「んん〜……? なんすかぁ……?」

「敵かも!」

 鋭く叫んで、ヒメナイトも竜の後を追う。

 洞窟どうくつを出てすぐのところで、竜は呆然ぼうぜんと立ちつくしていた。

『あ……ああッ……』

 竜の声が、ふるえている。

 ヒメナイトは、山のふもとを見おろして――こぶしを固く握りしめた。

 燃えている。

 ふもとの村が、真っ赤な炎に包まれ、燃えている。

『あああああゥヴあああァアーッ!!

 われの……赤ちゃんがァァーッ!!』

「あ! 待って、1人じゃ危な……」

 ブアァッ!!

 ヒメナイトの制止せいしもむなしく、竜は空高く舞いあがり、村へ向けて飛んでいってしまった。

 そこへ、洞窟どうくつの中から、ナジャが走り出てくる。

「ヒメ様ぁ〜っ! いったい何が……

 うわっ、火事!?」

 遅れて追いついたキリンジが、様子を一目見るなり顔をしかめた。

「ただの火事じゃねえ! 見ろ、あの川べりを……軍隊が布陣ふじんしてやがるっ」

「まさか、魔王軍!?

 なんでこんな田舎いなかに!?」

「……心の傷だ」

 ギヂッ……

 ヒメナイトの握りかためたこぶしが、低くきしむ。

「あの竜が何に傷つき、何のために狂ったのか、百も承知しょうち再現さいげんしたんだ」

「つまり狙いは……」

「竜をおびきよせて殺すこと……!」

 ダンッ!

 地面を力強くり、ヒメナイトが走りだす。

「あっ、ヒメ様!? 待ってーっ……」

 ナジャの声をはるか後ろに残して、ヒメナイトは山道をけおりていく。

(殺させない……!)



(つづく)

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