第2話-2 姫騎士さんの竜退治



 村人たちに案内されて、林の中を歩くこと、しばし。

 急に視界が明るく開けて、小さな農村が姿をあらわした。

「へえーっ、きれいな村……!」

 とナジャが感心したとおり、のどかで、明るい雰囲気のただよう村だった。

 家の数は、10軒かそこらだろうか。ワラぶきの素朴そぼくな家が、小川の左右にならんで建っている。

 周囲には、林を切りひらいて作った畑。

 その向こうの林の中には、家畜のブタとヤギがのんきにウロウロしているのが見える。

 キリンジは、ヒメナイトの肩に座り、村の様子をキョロキョロと見回した。

「こんなところに集落があるとは知らなかったなあ。

 地図にも、のってなかった気がするけど……」

 前を歩いていた村人が、苦笑しながら振りかえる。

「小さい村ですからね。

 ほとんど自給自足じきゅうじそくでやっていて、街との取引もめったにないし……」

「そんで? 困ってることって?」

「ええ……

 実は最近、近くの山に、竜が住みつきまして……」

「竜っ!?」

 ナジャが飛びあがり、ヒメナイトの顔を見あげる。

 背中を丸めて、靴をズルペタ引きずり歩いていたヒメナイトが、こくん、と首をかしげる。

「うん?」

「竜だって……ヒメ様、勝てます?」

「モノによる」

「竜と言っても、ピンからキリまであるんだよ。

 なあ、おっちゃん、その竜の大きさは?」

「そうですね、林の木の上から頭が出るくらい、でしょうか」

「デカいな……空は飛ぶ?」

「飛びます飛びます、ビューンって、すごい速さで」

「言葉はしゃべる? 魔術は使う?」

「魔法は知りませんが、しゃべってるのは見たことがあります」

「おー、マジか……」

 キリンジが、腕組みして、難しい顔をする。

「なに? なに? ヤバいの?」

「……そこそこな。

 大型で飛行可能で知能は少なくとも人間並み、となると、“火のヴルム”か、“光翼のヴルム”か……

 どっちも、兵隊の百やそこらは閃息ブレス一発でブッ飛ばしちまうバケモンだよ。

 その気になれば、この村くらい一瞬でサラ地だな」

「うわ……怖……」

 その恐ろしさを身を持って味わったことのある村人は、青い顔をしてうつむいた。

「その竜に、村の人間が何人も、さらわれてしまったのです……」

「さらわれた? 殺された、ではなく?」

「ええ。

 竜がとつぜん空から降りてきて……

 畑仕事していた男を、わしづかみにして、山の方へ飛び去っていく……

 そんなやりかたで、もう5人も、村の者がさらわれてしまいました。

 そのころからです。村の近くで、さっきみたいな魔物がウロウロしはじめたのは。

 きっと、魔物も竜が連れてきたのにちがいありません。

 どうか騎士様、竜を倒して、この村を救ってはいただけませんか!?」

 かんきわまって、また大声を出す村人。

 ヒメナイトは、ビクリと震えて、ナジャの肩にしがみつく。

 左右に目を泳がせ、挙動不審にソワソワして、結局、ナジャの耳もとに口を寄せてささやく。

「こしょこしょ……」

「えー? ヒメ様、それ、自分で言ってくださいよ」

「えう!?」

「だいじょうぶ、怖くない、怖くない。

 怒られたりしないし、ぜったい喜んでもらえますから!

 ほら、勇気だして!」

「ぅ……ぇ……ぁの……

 ぇと……

 がんっ……がんばり……ます……」

「おおおおお!! 引き受けてくださいますか!!

 ありがとうっ! ありがとうございます騎士様!! ありがとうっ……」

 村人がヒメナイトの手をつかみ、ぶんぶん上下に振って感激する。

 ヒメナイトは顔を引きつらせ、

「あうっ、あうっ、あうっ」

 波打ちぎわのトドみたいな声をあげながら、されるがままに上下振動するのだった。



   *



 次の日……

 木も草もまばらで、もっぱら白っぽい岩石ばかりが転がっているハゲ山に、3人の姿があった。

「さあみんな!! ガンバって行くぞ!!」

 フンッ! フンッ! フンッ! と鼻息あらく山道を登るのは、誰あろうヒメナイト。

 昨日までのヘニャヘニャが嘘のように元気いっぱいである。

 少し遅れて、ぷぃ〜ん……と飛びながら、キリンジはあきれかえっている。

「おいヒメェ、だいじょうぶかよ、体調は?」

「うん!! うれしい!!」

 声がデカい。

 キリンジは沈痛ちんつうおももちで眉間みけんをもんだ。

「ヒトに頼られると、はりきっちゃうんだよなァ……お前ってやつは……」

 元気が良くてけっこう……と、喜んでもいられないのが、ヒメナイトの難しいところ。

 こうやって異常なハイテンションになった後は、いつも決まって、急転直下の落ちこみがきてしまうのだ。

 その落ちこみをどうフォローするか、今から頭を悩ませているキリンジなのである。

 そうとは知らないナジャは、ヒメナイトと並んで、意気揚々いきようよう大手おおでを振っている。

「よーし! ヒメ様、ガンバりましょー!」

「うおー! うおおお! ガンバるぞ!!」

「ガンバるぞ! ガンバるぞ!」

「ガンバるぞったらガンバるぞ!」

「ガンガンガガーンガンバる!」

「「へいっ!」」

「うっせーなァ!!」

「「スンマセーン」」

「まったく緊張感のねえ……

 もうすぐ竜の巣につくんだぞ。あんまりさわいでたら敵に見つかる……」

 と……

 キリンジがボヤいた、まさにそのとき。

 ザアッ……!

 3人の頭上を、巨大な影が飛びぬけた!

「えっ!?」

「来たっ……」

「竜だ!」

 とっさに近くの岩かげへ飛びこむ3人。

 上空を悠然ゆうぜん旋回せんかいする巨体を見上げ……キリンジが、声を引きつらせる。

「うっ……!?

 ウソだろ、まさか……

 雪花石膏のアラバスタ・ヴルム!?」

「なにそれ?」

「白銀のウロコ!

 2つい4枚の翼!

 剣より鋭い一本角!

 まちがいねえ、はるか昔の神代かみよに繁栄したという太古竜エンシェント・ヴルムの生き残りだっ!」

「……それってスゴいの?」

「スゴいなんてもんじゃねえ幾多いくたの研究者が一生かけて追い求め結局いちども会えないまま人生を終えるそんな悲劇を過去何百年も続けてきたってほどの激レア生物ッお目にかかれただけで奇跡だぜ見ろよあの美しい8脚型骨格知ってるか8脚型骨格オレたち妖精人間ウシや馬は4脚型なのに対してヴルム天馬ペガサス鷲馬ヒポグリフなんかは四肢に加えて翼も持つ6脚型骨格なわけだがこの6脚型生物はもともと4対8本の脚を持つ8脚型骨格だったって説があるんだそのうち2本の脚が退化した最初の6脚生物“原竜”ってやつがいてそれが今ある6脚型生物すべての祖先であるとされているでも原竜と8脚型生物の遺伝的つながりは今なお判明していなくてつまり現存する8脚型生物たる太古竜エンシェント・ヴルムは進化の欠落した環ミッシング・リンクを埋めるきわめて貴重な」

「めちゃくちゃ早口じゃん」

 と、そこへ、

 ブワァッ!

 竜が、強風をともなって舞いおりた。

「おわーっ!?」

「きゃああ!?」

 吹き飛ばされていくキリンジ。悲鳴をあげるナジャ。

 ナジャも風圧で倒れそうになるのを、ヒメナイトがしっかりと抱きささえる。

 竜は、はるか高みから3人を見おろし、すうっ、と目を細めた。

なんじ……』

 竜の声だ。声が大きい、というより、重い。腹の下からズンと突き上げてくるような、力強く響く声だ。

 ヒメナイトが魔剣を抜いた。ナジャの前に立ち、背たけがこちらの10倍近い巨大な竜を、ギッ、と、にらみ上げる。

なんじらは……』

 竜が、ググッと頭をおろしてくる。

 ヒメナイトが腰を落としてみがまえる。

 と、竜が突然、ぱんっ! と両手を打ち鳴らした。

『見ィィつけたァァァ〜ッ!!』

 ぐわアッ! と竜の手がせまる!

 ガシッ!

 竜の大きな手のひらに、ヒメナイトがわしづかみにされた。

「うっ!? くそっ……」

『見つけたッ! やっと……やっと見つけた! やったぁぁ〜っ!!』

「えっ? ちょ?」

 抵抗する間もあらばこそ。

 バサッ! と竜は4枚の翼を羽ばたかせ、ヒメナイトをつかんだまま空へ飛びあがる。

 そして、そのまま山の向こうへ飛んでいってしまった。

「うわぁーっ!?」

「えええええー!? ヒメ様、ヒメ様ァー!?」

 取り残されたナジャは、わなわなと震えだす。

「やっ……ばぁぁぁい!

 ヒメ様がさらわれたーっ!?

 コラ、キリンジ、起きろー! 追いかけるよ!」

「ぷぇ、うゃ……?」

 飛ばされたときに頭でも打ったのか、いまだ朦朧もうろう状態のキリンジを手につかみ、ナジャは山道を駆けのぼっていった。



   *



 山道を行くことしばし。

 大きな洞穴ほらあなが、ぽっかりと大口をあけているのが見えてきた。

「ここが竜のすみか……」

「うにぇー? へろへろ……」

 まだクラクラしているキリンジを、ナジャが上下に振り回す。

「ほら起きろっ! ヒメ様を助けに行くぞ!」

「あばばば……

 ちょっ、お前、待てよおい、相手は最強クラスの竜だぞ! 鼻息でフッ飛ばされるのがオチだって」

「だからって見捨てられないでしょ!」

「だからって無策むさくで行けないだろっ!」

「義を見てせざるは勇なきなり!」

匹夫ひっぷの勇、うコレを大にせよ!」

虎穴こけつに入らずんば虎子こじを得ず!」

君子くんしもとよりきゅうす、小人しょうじんきゅうすればここにみだる!」

「……? えっと……兵は拙速せっそくたっとぶ……?」

「違うっ! 『兵は拙速せっそくを聞くも、いまだ巧久こうきゅうをみざるなり』だ!

 その本の引用なら『もって戦うべきと、もって戦うべからざるとを知るは勝つ』!

 『さん多きは勝ち、さん少なきはやぶる。いわんやさん無きにおいてをや』!

 『いにしえのよく戦う者は、まず勝つべからざるをして、もって敵の勝つべきを待つ。勝つべからざるはおのれにあるも、勝つべきは敵にあり』!」

「ウワー。キリンジ、くわしいネー」

「魔法学園にいたころに古典はひととおりやったよ」

「魔法学園!? って、世界最高の大学の!?

 すごーい! キリンジ、エリートじゃん!」

「まあな! こうみえてオレは学があるから……」

 ガシッ。

 とナジャがキリンジを引っつかみ、洞穴ほらあなの中へ降りていく。

「ってコラーッ! 結局無策むさくで行くのかよ!」

「策を立てるにも、まず情報を手に入れなきゃ。

 ほら、さわがないで。竜に見つかるでしょ」

 穴の中へと進む2人。

 おそろしく広い洞窟どうくつだ。街の一区画くらいは丸ごとおさまるほどの高さと奥ゆきがある。

 と……

 ナジャが急に立ち止まった。

「……どうした?」

「なにか聞こえる」

 耳をすましてみれば、たしかに、洞窟どうくつの奥から、話し声のようなものが聞こえてくる。

 おそらく……竜の声。

 ナジャとキリンジは顔を見合わせてうなずきあい、慎重に、足音をしのばせて、さらに奥へと進んだ……

 すると、

(……いた!)

 巨大な竜が、ナジャの前に姿をあらわした。

 そして竜の手の中に、にぎられていたものは……

 ベビーウェアを着せられ、おしゃぶりをまされ、やわらかなコットンのおくるみを巻かれた……ヒメナイト。

『ンォォ〜ン! ヨチヨチヨチヨチヨーチヨチヨチヨチ! カワイイでちゅね〜われの赤ちゃん!!』

「ばぶぅ」

 ……………。

「なんだこの状況ー!?」

 というナジャの絶叫が、洞窟どうくつじゅうに響きわたった。



(つづく)

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