幕間 魔王ムゲルゲミル

幕間 魔王ムゲルゲミル



 魔王城――

 遠く北のてに位置するこの城は、つねに凶々まがまがしい邪気につつまれている。

 そこにたむろするのは、魔族の精鋭せいえいと、数しれない魔獣たち……

 その不気味なうめき声が、昼となく夜となく、あたりにとどろき続けているのだ。

 そんな魔王城の奥……血の色をしたじゅうたんと、ビロードのカーテンにかざられた玉座の間。

 そこに、はいつくばって震える魔族兵の姿があった。

けもの使いバルグルきょうは戦死……

 部隊は壊滅し……補充のあてもなく……」

「それで?」

 ひれふす魔族兵の頭のそばに、カッ! とハイヒールの靴底が叩きつけられた。

 魔貴族マグス・ノーブルの女がひとり、ぞっとするような脚線美きゃくせんびをのばし、胸元むなもとからあふれそうなほどの巨乳をすりながら、冷たく魔族をにらみおろしている。

 彼女こそは魔王軍のナンバー2、魔貴公爵まきこうしゃくリリである。

 魔貴公爵まきこうしゃくリリは、あやしく目を細め、魔族兵の頭の上へ吐き捨てた。

橋頭堡きょうとうほの確保に失敗した、そのていたらくは、よーく分かった。

 で? 今後どうする?」

「はっ……それは、あの……」

「失敗したならしたで、その後の挽回策ばんかいさくを考えるのが、まともなオトナというものではないのかなあ?

 ええ? どうなんだ、きさまは?

 まさか、まったく何も考えてません、なんて言うつもりじゃないよなあ!?」

「いえっ……それは……え、あのっ……」

「『あの』ばっかりでは何も分からんだろうがッ! そういうのを能無のうなしって言うんだよ! 今までの人生でなんにも積み重ねてこなかったんだろ! 失敗したのは生きかたなんじゃないの? そんなんで生きてて楽しい? どうなのよ? ハッキリ言えよ? 早く言えよ? ほらほらほらほらグズグズするなァッ! 使えねえヤツだな、きさまはァ!」

「ヒッ! ヒィッ……!

 あのっ……ィィッ……!」

 つぎばやに浴びせかけられる罵倒ばとうの嵐に、呼吸までおかしくなっていく魔族兵。

 そこへ、

「リリ。そのくらいにしておいてやれ」

 低く、重い、男の声が割って入った。

 声の主が、玉座をおりて、歩み寄ってくる。

 魔貴公爵まきこうしゃくリリは、わきへ避けてひざまずき、うやうやしくこうべをたれた。

 リリがこれほどの敬意を示す相手……

 言うまでもなく彼こそが、この城のあるじ

 魔王ムゲルゲミル、そのひとである。

「何者だ? バルグルを倒したのは」

 魔王じきじきの下問かもんに、魔族兵は声を震わせる。

「はっ……私は直接見ていないのですが……

 大型魔獣8頭と小鬼ゴブリン70匹あまりを1人で倒した実力、ただものではあるまいと考え、ひそかに調査しましたところ……

 どうやら敵は、あのヒメナイトらしく……」

「ヒメナイト?」

 魔王が、ぴくりと眉を動かす。

「聞いた名だ。

 確か、ツィスバルべニェンの戦場で、我らの同胞3千人を殺戮さつりくした、とか。

 ふ、ふふ……!

 分かった。さがってよい」

「ははァーッ!」

 魔族兵は、顔面を床にこすりつける勢いで頭を下げ、そそくさとその場から退散たいさんした。

 逃げるように去っていく魔族兵の背を見送りながら、魔貴公爵まきこうしゃくリリは、くちびるをとがらせ、ひそかに舌打ちまでした。

 天性のサディストであるリリとしては、まだまだ罵倒ばとうしたりなかったのだろう。

 もっともっとネチネチ追いつめ、いいオトナが泣き出す醜態しゅうたいを見てやろう、とでも思っていたに違いない。

 腹心ふくしんのそんな悪趣味は意にもかいさず、魔王はふたたび玉座に体をうずめた。

 くっ、くっ、と、ふくみ笑いが魔王の口からこぼれる。

「面白い……ふっふ、面白い、な」

「魔王様? ごきげんでいらっしゃいますのね」

 魔貴公爵まきこうしゃくリリが、玉座の横からしなだれかかり、豊満ほうまんな肉体を魔王へ押し当てる。

 魔王は彼女の腰を抱き寄せ、首すじへ、ちゅ……とくちびるをはわせた。

「機嫌良くもなろう。

 何隊か派遣はけんして、ヒメナイトとやらの、ゆくえを探れ。徐々じょじょに追いつめて狩り殺すのだ」

「はい」

「楽しいぞ! こんなに胸おどる相手はひさびさだ。

 獲物えものが大物であればあるほど、狩りは……燃える!」




第2話へ、つづく。

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