第1話-7(終) 死ぬ前に、ちょっと魔王をブッ殺す!



 四方から殺到さっとうする小鬼ゴブリンれ、その数ざっと10あまり。

 ヒメナイトはぶ。風のように敵を飛びこえ、落下しながら魔剣をひとぎ。小鬼ゴブリンどもの首をひとつかみ分まとめてハネて、血しぶき浴びつつ着地する。

 と、

 ダンッ!

 間髪かんぱついれずに地をり走る。小鬼ゴブリンたちの壁をすり抜け、斬りふせ、押し倒し、めざすは一点、バルグルの首。

「もおっ!」

 けもの使いバルグルがイラだって、指をあやしく、わななかせる。

 直後、グアッ……と黒い影が頭上をふさいだかと思うと、魔獣の巨体が落下してきた。異様に首の長い象――象キリンだ。

 ドゥンッ!

 地面を震わせ着地する象キリン。

 みつぶされる小鬼ゴブリン亀裂きれつの走る地面。ヒメナイトは間一髪かんいっぱつのところで飛びのき、難を逃れる。

 だがそこへ、象キリンがたて続けに鼻を振り下ろしてくる。

 ドゥッ! ゴァッ!

 鼻叩きつけ攻撃の連打を、ヒメナイトは右へ、左へ、目にも止まらぬ身のこなしで回避しながら、じっと反撃のをうかがう……

 けもの使いバルグルは、ヒメナイトの奮闘ふんとう安全圏あんぜんけんからながめつつ、ハッ! と一声、鼻で笑った。

「かわいげのない女!

 ワタクシはねぇ、めぐまれた能力を持ってるくせに『自分だけが苦しい、つらい』なんてマジメ腐った顔で卑屈になる、アナタみたいな根性無しが一番キライなんですよッ!

 死にたかったら勝手に死ね!」

 ゴァンッ!

 象キリンの鼻がむちのようにしなり、ヒメナイトのどうに食いこんだ。

 命中の直前、ヒメナイトは盾で鼻を受け止めた。

 だが衝撃までは殺せない。吹き飛ばされ、地面をね、転がりながらどうにか体勢を立て直し、手足をすべらせ、よつんばいで踏みとどまる。

「――死ぬさ。私なんか、どうでもいい」

 血のまじった唾液だえきをベッと吐き捨て、ヒメナイトは、よろり、と立ちあがった。

「だが、その前に――」

 つもりつもった疲労と負傷をノドの奥に飲みこんで、ヒメナイトはバルグルをにらむ。

「ナジャを……かえせ!」



   *



「ヒメ様ァ!」

 涙まじりの声でナジャが叫んだ。

 ヒメナイトが、何十匹という魔獣どもに、よってたかってなぶり殺しにされていく……ナジャは、それを見ていることしかできない!

「ヒメ様っ……ヒメ様ァ! くそっ、ほどけろ、このおっ」

「わっ! バカ、モゾモゾすんな。切りにくいだろ」

 いきなりペチンと手を叩かれて、ナジャは、涙でグシャグシャの顔を後ろへ向けた。

 見れば、いつのまに忍び寄ってきたのか、妖精キリンジがなわの結び目にとりつき、ミニチュアサイズのナイフをゴシゴシこすりつけているのだ。

「キリンジっ……来てくれたの?」

「オレは見捨てて逃げようって言ったんだけどなー?

 どっかのバカが聞きゃしねーのよ」

「ありがとうっ……!

 お願い、早く。ヒメ様を助けなきゃ」

「お前に手を出せる戦いかよ。逃げろ逃げろ」

「でも! いくらヒメ様でも、あんな数が相手じゃあ……!」

「心配ない」

 ブチッ、と音を立ててなわが切りほどかれた。

 急に自由になってよろめくナジャに、キリンジはニヤリと不敵ふてきに笑う。

我執がしゅうを捨てたヒメは――無敵だ!」



   *



「行けぃ!」

 ギャアッ!

 けもの使いバルグルの命令を受けて、ヒメナイトに飛びかかる小鬼ゴブリンたち。

 頭に1匹、足元に2匹。きばをムキ出し食いついてくる小鬼ゴブリンどもを、ヒメナイトは斬り捨て、飛びこえ、っとばす。

 そこへ象キリンの鼻が来る!

 ドォンッ!

 振り下ろされた太い鼻。ひびく轟音ごうおん、砕ける敷石。もうもうと巻きおこる粉塵ふんじんを、ヒメナイトは鋭く切り裂き飛び上がり、

ァッ!」

 と放つ魔剣の一撃。さきが象キリンのブ厚い皮膚をち割り、滝のような血を吹き出させる。

 だがまだ象キリンは倒れない。狂乱きょうらんして鼻を振り回し、めったやたらにいどみかかる。

 ヒメナイトは空中で身をひねり、くぐって、避けて、受け流し、羽毛のように軽やかに着地。

 その周囲では巻きぞえになった小鬼ゴブリンたちが、次から次へと鼻に潰され、血と悲鳴とをほとばしらせる。

 これを見たけもの使いバルグルは眉をピクピクふるわせて、

「なにやってるのォ!

 全員でかかれ! 押し潰せ!」

 象キリンの鼻が竜巻のように荒れ狂う中へ、小鬼ゴブリンの大群がつっこんでくる。

 押し寄せる敵に視線をめぐらせると、ヒメナイトはひょうのしなやかさで背を丸めた。

ィィィ……」

 細く、深く、息を吸いこみ――

ァァァァーッ!!」

 走る!

 敵のわきを行き上を飛びこえ足の下をすべり抜け、稲妻のごとく駆けめぐりながら青い魔剣を縦横じゅうおうに振る。

 一太刀ひとたちごとに小鬼ゴブリンの血が飛び肉が裂け首がコロリと転がり落ちて、みるみるうちに重なる死体。その数5……10……25……50!

 気がつけば、あふれんばかりにひしめいていた小鬼ゴブリンのうち生きているものは十指じっしにも満たず。

 そこへ象キリンが突進してくる。鼻を鞭のように振り回し、横ぎにヒメナイトをぎはらう。

 が。

 ヒメナイトはその鼻を、正面から両腕で受け止めた!

「な!?」

 声をひきつらせるけもの使いバルグル。大型魔獣の攻撃には、城壁を突き崩すほどの破壊力があるのだ。

 それを生身で受け止めるなど……とうてい人間業にんげんわざではない!

 しかも、あろうことかヒメナイトは、鼻をつかんでひたいに太く青筋浮かべ、

「お……おおおオオオオオォッ!!」

 象キリンの巨体を振り回す!

 1回転、2回転、3回転、竜巻のように回転する象キリンに、周囲の小鬼ゴブリンが潰れ、倒れ、ハジケ飛ぶ。

「ォォォオオリャアアアアッ!!」

 そのままヒメナイトは象キリンを、けもの使いめがけて投げ飛ばした!

「う!? うわああああ!?」

 悲鳴をあげるけもの使いバルグル。

 わずかに狙いがそれて、象キリンはバルグルのそばをかすめて飛んでいく。その巨体が屋敷の壁を粉砕し、そのまま象キリンは動かなくなった。

 頼みの綱の魔獣を失ったバルグルは、逃げ腰で数歩あとずさり、

「バカなッ!?

 人間ふぜいにこんな戦いができるはずは……」

 と、そこでバルグルは顔色を変えた。思い出したのだ。バカバカしい冗談か、尾ひれのついたうわさとしか思っていなかった話を。

「そうだ、聞いたことがある……

 骨灰こつばいの髪……

 蒼黒の魔剣……

 魔獣殺しの剣聖剣技……!」

 ゆらり……

 と、ヒメナイトが、バルグルへ目を向ける。

 バルグルのひざが、本人の意に反して震えだす。

「かつて暗黒男爵ザウーガンの軍勢3千人をたったひとりで壊滅させた孤高ここうの姫騎士……

 まさか、きさまが……

 剣聖の弟子!

 “つるぎ狂鬼きょうき”ヒメナイト!?」

 ひゅんっ……

 と、かすかな風音を立て、バルグルの目の前にヒメナイトが出現した。

 ゆうに数十歩ぶんも離れたところから、一瞬にして間合いをつめたのだ。

(はっ……!? 速すぎ……!?)

 斬!!

 なんの対処もできないまま、腰からまっぷたつに両断されて、けもの使いバルグルは、倒れた。



   *



 戦いは終わった。

 けもの使いの死によって制御の失われた魔獣たちは、すべて動きを止め……

 すぐさま、街の人々の反撃をうけて、一掃いっそうされた。

 数名のこっていた魔族も事態をさとり、ほうほうのていで逃走。

 街はついに、魔王軍の手から解放されたのであった。



   *



 そして、夜が明けた。

 ヒメナイトは、大通りぞいにある宿屋のベッドで、死人のように横たわっている。

 あの戦いの後。緊張の糸が切れたのか、ヒメナイトは、またクタクタとその場に座りこんで、動けなくなってしまったのだ。

「私はクズだ。どうしようもない。みんな私が嫌いでしょ。死ねって思ってるでしょ。そのとおりだよ。私は死んだほうがいい。もう嫌われたまま生きるのもつらい。もうやめにしよう。そうしよう……」

 例によって、この調子である。

 ナジャは、ヒメナイトを根性でかつぎ上げ、ズルズル引きずって宿屋までつれていき、ベッドに寝かせ、かいがいしく世話を焼いた。

 水や食べ物を調達ちょうたつしてきたり。ボロボロのよろいを脱がせ、血と汗に汚れた体をふいてやったり。震えつづける背中をさすってやったり……

 やがて、ヒメナイトは眠りに落ちた。

 ベッドのそばで寝顔を見つめながら、ナジャはそっと、ため息をつく。

「はあ……」

わりィな、手間のかかるやつで。あきれたろ?」

 窓枠のところでキリンジが、足を組んで座り、さみしげに窓の外をながめている。

 ナジャは首をブンブン振った。

「ヒメ様に、じゃない。

 あきれてるのは……わたし自身にだ」

「あん?」

「わたし、軽く考えてた。

 誤解してた。

 ヒメ様は、強くて、親切で、正義の人で……

 だから、見ず知らずのわたしを命がけで助けてくれたんだ、って……

 違ったんだ。

 ヒメ様が命をかけるのは……!」

 窓の外を見るキリンジが、眉間みけんに、けわしくシワを寄せ、固く目をつむった。

 ナジャは立ち上がる。

「『自分なんかどうでもいい』『なんの価値もない』『だから死んでもかまわない』。

 そう心底しんそこ思いこんでるから、かんたんに命を投げ出しちゃう。そうでしょ?」

「……そうだな」

「なのにわたしは、そんなことにも気づかずに、ヒメさまを戦いに巻き込んで……!」

「半分正解。でも半分違う」

 目に涙をためたナジャの鼻先に、ぷーん、とキリンジが飛びおりてくる。

「こうして人助けをしていなきゃ、本当に死んじまうんだよ、ヒメは。

 自分を苦しめ、追いこみ、傷つけ、そうまでしてでも『誰かの役に立てた』『自分にも生きてる価値があった』って確認し続けなきゃ生きていけない。

 ヒメは、そういう地獄にいるんだ。

 だから……ナジャ。

 オレは感謝してるんだぜ。

 お前が戦う理由をくれたおかげで、ヒメはまた一日、生きのびた。

 それに……お前のことが好きってのは、たぶん、あいつの本音だからさ」

 そのときだ。

 宿屋の外から、わあっ……わああっ……と、大勢の歓声かんせいが聞こえてきた。

(なんだなんだ?)

 とナジャは驚き、窓をのぞく……には背がたりないので、ピョンとジャンプして窓枠にしがみつき、外を見た。

 声のぬしは、街の人々だった。

 宿屋の前の大通りに、何十人、何百人も押しかけ、こぞって拍手喝采はくしゅかっさいしていたのである。

「勝利万歳!」

「英雄ヒメナイト万歳!」

「すごいぞ! 騎士さまー!」

「オレたちのヒーロー!」

「ヒメナイトさまーっ!」

 響きうなる称賛しょうさんの声に、ナジャは我がことのように顔をほころばせ、ベッドのそばへ飛んでいく。

「ヒメ様」

「うん……」

 ヒメナイトが、うすく目を開いた。

「聞こえますか、ヒメ様。みんなの声が」

「うん……うんっ……

 みんなっ……

 みんなが私を、ほめてくれる……!

 うれしいっ……!」

 ヒメナイトの目尻から涙がこぼれ、シーツに黒くシミを作った。

 ナジャは、ふたたび窓枠に飛びついて、あらんかぎりの声を振りしぼる。

「みんなァー!!

 ヒメ様、まだ起き上がれないけど……

 みんなの声、とどいてるよーっ!

 『うれしい』って! 感激してるよぉー!」

 わあぁっ……!

 ナジャの報告を聞いて、なおいっそう高まる称賛しょうさんの声。

 キリンジは、ヒメナイトのほっぺたの上に腰を下ろし、ほおづえついて苦笑する。

「ハハッ! ほんと、人をたきつけるのが上手いやつだなあ。

 よかったな、ヒメ。こんなにハデにほめられるの、何年ぶりかねえ?」

「うん……うん……!」

「うーん……」

 と、ナジャが窓枠からおりるなり、腕を組んでうなりはじめた。

 そのままカツカツとベッドに寄ってきて、やおら、パンッ! と胸の前で手のひらを鳴らす。

「よしっ! 決めた!

 ヒメ様。

 わたし、考えたんですけど」

「うん?」

「いっしょに魔王を倒しませんか?」

 ……………。

「ハァァー!?」

 一瞬あっけにとられたキリンジが、声をひっくり返しながら飛び上がる。ナジャの鼻先に食いつくように迫り寄り、

「なん……なに言ってんだお前!? まお……魔王ゥ!?」

「今回は街を取り戻せたけど。

 魔王が世界征服をたくらんでる以上、遠からずまた同じことが起きる。

 いつかみんな殺される。

 違う?」

「まァ……違わないが……」

「だったら。


 死ぬ前に、ちょっと魔王をブッ殺す!


 受け身で殺されるのを待つなんて、まっぴらごめんだ。

 そして魔王を討伐とうばつすれば、ヒメ様の名声は、伝説の勇者ソールや、勇者の後始末人ヴィッシュと同格レベルになる。

 一生ほめられまくりますよ、ヒメ様っ!」

 ガバッ、とヒメナイトが体をおこす。

「一生ほめられっ」

「コラコラ目を輝かすなコラ、魔王軍がどんだけの勢力か分かってんのか?」

「もちろん真正面からケンカ売っても勝ち目はない。

 でも魔王軍の大半は今、南方面への侵攻にさかれてる。

 これをグルーッと大きく迂回うかいして、山脈側から勢力範囲に忍びこめば、魔王城にいる魔王を直接叩くことは可能っ!」

「少人数ならではの潜入せんにゅう作戦だねっ」

「オイオイオイオイ乗り気になってんじゃねーかヒメさんよォ!」

 大慌てで止めにかかるキリンジ。

 だが、ナジャは確信している。

(ヒメ様は、ヒトの役に立ったと実感しつづけなきゃ、ほめられ続けなきゃ、生きていけない。

 なら……一生ほめられ続けるだけの、めちゃくちゃデカい実績を作ればいい!

 ヒメ様みたいな人間は、ヒーローになるしかないんだ!)

 びしっ! とナジャが手をさしのべる。

「やりましょう、ヒメ様!」

 がしっ! とヒメがその手をにぎる。

「うん! やる!」

 キリンジは頭をかかえている。

「マジかよおおおお!?

 ばっ……ばぁぁぁぁっかじゃねーの、お前らああああああ!?」



 かくして……

 3人は、魔王討伐の旅に出た。

 猪突猛進ちょとつもうしんのポジティブ少女ナジャ。

 一見皮肉屋ひにくや、その実人情家にんじょうかの妖精キリンジ。

 そして事あるごとに死にたがる、メンタル最弱フィジカル最強の姫騎士ヒメナイト。

 彼女らが、やがて本当に世界を救ってしまうことを……この時はまだ、誰も知らない。



第1話、完

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