第1話-6 ビスケット、ふたつ
街の東の高台の、ひときわ大きな屋敷の庭に、異形の怪物が、ひしめきあっている。
一見して、背の低い
だが、頭が2つあったり、全身から無数の角が生えていたり、片腕だけ異常に
そんな多種多様な
「この子たちは失敗作でしてねえ。
と、ブツくさ言いながらカバンを下ろしたのは、
カバンをゴソゴソさぐる
「ちゃんと魔獣ができるのは、おおむね10人に1人くらいでしょうか?
残りはみんな、ハンパな
でも、だんだん傾向が分かってきましてね。
素材となる人間が、強くしっかりした意思を持っているほど、魔獣化する確率が高いようなんです。
そこで……」
青ざめたナジャに、ニコォ……! と満面の笑みを向けて、
「アナタ!
アナタほどの
なにしろ魔王様からいただいた薬は、これが最後の1回分なもので。最高の素材を使いたいじゃないですか。
協力してくれますね?
……ま、嫌と言ってもやりますけど」
(
とナジャは固く目をつむる。
目の前にせまった死に……いや、死よりもはるかに残酷な
(ヒメ様……
怖いよ。わたし、怖いっ……)
ナジャは念じる……一心に。
(ヒメ様……ヒメ様ぁっ……!)
*
ヒメナイトは夢を見た。
何年も、何年も、くりかえし、くりかえし、うなされ続けた、あの夢だ。
燃えゆく村の炎の中で、ヒメナイトは少女を抱いている。
死んだ少女を抱いている。
うめきがもれる。
涙が落ちる。
落ちた涙も炎に焼かれ、乾いて空へ消えていく。
「守れなくてごめん……
死なせてごめん……
これから先、10年も、20年も、もっともっとその先も、しあわせな思い出と、すてきな出会いが、たくさん、たくさん、きっとたくさん、数えきれないほど、あるはずだったのに……
それが全部……私のせいで……!
ごめん……
間にあわなくてごめん……
無力でごめん……
ごめん……
ごめんっ……
ごめんなさいっ……!!」
*
「ヒメ! おいヒメ! 起きろ……ヒメェッ!」
耳もとで誰かが叫んでいる。
ヒメナイトは、うすく目を開けた。
「ヒメ! よかった……オレが分かるか?」
「キリンジ……?」
見れば、うつぶせに倒れたヒメナイトに、キリンジが悲痛な表情で、すがりついている。
ヒメナイトは体をよじる。とたんに激痛が、わき腹から背骨へと駆け抜けた。
「っづ!」
「動くな。血が出る」
「私……どのくらい眠ってた……?」
「ほんの数分だよ。
よかった、内臓は傷ついてない。でもチョット深いぜ、こりゃあ……」
キリンジは、ヒメナイトのわき腹の傷を見て、
ヒメナイトは、痛みをこらえて腕をつき、震えながら体を起こした。ドクッ、と傷口から血が吹き出す。
あわててキリンジがしがみつき、
「バカ、動くな!」
「……助けに行く」
「ナジャをか?
ムチャだよ! その傷で……」
「キリンジ。アレやって」
「と言っても、お前……」
「血が止まればいい」
まるで聞きわける気のないヒメナイトに、キリンジは、ガシガシ頭をかきむしる。
「あー……
もー……
クソぉーっ!
心配させられる身にもなれよなァ!!
《発火》ーっ!」
ボァッ!
キリンジの手から魔術の炎が放たれ、ヒメナイトの傷口を焼いた。
肉を焼いて、強引に傷をふさいだのだ。
メチャクチャである。
想像を絶する火傷の苦痛に、ヒメナイトはうめき、あえぎ、のたうち回った。
やがて……わずかに痛みが薄れると、ヒメナイトは魔剣を杖にして、よろめきながらも立ち上がった。
「ありがとう……」
「大丈夫かよォ……」
「うん……なんか、おなかが
「はァ?」
キリンジは首をかしげて、あきれかえる。
ヒメナイトは苦笑して、腰の荷物カバンをさぐった。
何年ぶりだろうか。こんなに食欲がわいてきたのは。
食べなきゃいけない。
今はエネルギーが必要だ。
カバンの中から見つけたのは、ナジャがくれたビスケットふたつ。
まとめて口に放りこみ、ボリッ、ガリッ、と噛みくだく。
飲みこめば、腹から力がわいてくる。
生きる。
動ける。
戦える。
「行かなきゃ」
と一言つぶやくなり、ヒメナイトは一陣の風と化して駆けだした。
*
邪悪なほほえみを浮かべたまま、じらすように、ゆっくりと……
「ヒトの心は弱いものです。
強制、重圧、無視、孤独。さまざまな不安を押しつけることで、かんたんに壊すことができる。
壊れたものは、治らない。
二度と、もとには戻らない。
崩壊した精神世界で、それでも死にきれずに、あえぎ生きる姿……それこそが至高の『カワイイ』。
楽しみですねえ……! アナタの
バルグルが、腕をのばす。
ナジャの肌に、不気味な注射針がせまってくる。
ナジャは固く目をつむる。
(ヒメ様っ……!)
針が、ナジャに突き刺さる――!
と、
そのとき。
ズシャァッ!!
どこかから飛んできたナイフが、バルグルの手に突き立った。
「ぬあぁ!?」
悲鳴をあげるバルグル。取り落とした注射器が、庭石に当たって
バルグルはナイフの刺さった手をおさえ、流血の激痛に顔をゆがめながら、
「誰だァ!?」
バッギィンッ!!
門を
吹き飛ばされる鋼鉄の門。それにつぶされ悲鳴をあげる
「やれる、できる、戦える、大丈夫、大丈夫、私は元気、元気、元気、元気、元気、私は元気、いける、いける、吐き気なんかしない、死にたくなんかない、元気元気元気元気元気元気元気元気!」
ブツブツひとりごとをつぶやきながら、正義のヒーローがやってくる。
その名は、
「うぉぉおおおおおおおッ!!」
走る!!
一直線に
あわてふためく
「
と
一瞬。出会いがしらの一瞬で、10匹ちかい
何十もの恐怖の視線の中で、返り血まみれのヒメナイトが、ゆるり、と静かに身を起こす……
「あの女ッ……生きていただと!? ワタクシの魔獣をすべて倒しただと!?
……ああもうっ! アナタたち! なんとかなさい!」
声をうらがえして命じるが、
ダンッ!
いらだちに、バルグルが足を
「無能どもが
わめいて、バルグルは呪文をとなえる。
とたんに
これこそ
バルグルは、操り人形の糸を引くように指を細かく動かしながら、ひきつり笑いをほおに浮かべた。
「相手は
さあ
ギェェーッ!
涙とヨダレと狂った叫びをまき散らしつつ、
ヒメナイトは、細く、静かに息をはき――
(つづく)
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