第1話-5 危機



 魔獣たちが来る。最初は虎。おそるべき脚力で跳躍ちょうやくしながら、丸太のような豪腕ごうわんを振りおろす。

 ゴガァッ!

 ひびく轟音ごうおん。くだける大地。虎の前足が地面にめりこむ。

 ヒメナイトは、すんでのところで身をひねり、虎の足をかわして進み出る。

シィッ!」

 と走る魔剣の一撃。さきが虎の腕をき、血を勢いよくほとばしらせた。

『ッギャァ!?』

 虎が悲鳴をあげて、のたうつ。

 トドメの一太刀ひとたちを打ちこもうとするヒメナイト。しかしそこへ、3つの影がせまってくる。

 8本足の鬼。

 5頭のカラス。

 そしてピンクのヒツジ。

 地上と空からの同時攻撃。鬼が巨大な棍棒こんほうを振りおろし、カラスが横手からみつきをしかけ、ヒツジが腕を横なぎになぎはらう。

 ヒメナイトは腰を落として低く身がまえ、

ゥッ!」

 と地をり、走りだす。

 次々に来る攻撃を、ひとつ、ふたつ、みっつ。飛んで、はねて、よけて、風のように駆けぬける。

 と、そこを狙ってスライムが、全身で大波のように押しよせてきた。

 あやうく粘液ねんえきに飲みこまれそうになったところを、ヒメナイトはとっさに跳躍ちょうやく。建物の屋根まで飛びあがって難を逃れる。

 その直後。

 べしゃあっ! とスライムが建物にのしかかったとたん、壁の木材が白い煙をあげて溶けはじめた。

「ん!」

 あせりの声をもらすヒメナイト。

 あのスライムの体液……あれは、有機物を溶かす溶解液か。

(触れるとまずい!)

 と判断して、ヒメナイトは魔剣を水平にかまえた。

シィィィ……」

 つかを固くにぎり、念をこめ……

ァァーッ!!」

 気合とともに剣を振り抜いた瞬間、

 ズッバァッ!!

 剣から放たれた衝撃波が、スライムの体をまっぷたつに斬りさいた!

 これぞヒメナイトの得意技、“浮島うきしま斬り”。超音速の斬撃で衝撃波をうみ、遠距離から敵を斬る剣聖剣技である。

 べちゃり、と地面にくずれおち、溶けさっていくスライム。

 まずは1匹、かたづけた……が、ほっとしているヒマはない。

 ピンクのヒツジが空高くジャンプし、ヒメナイトを踏みつぶそうと、頭上から急速落下してくる。

 とっさにその場から飛びのくヒメナイト。その直後にヒツジの巨体が建物を粉砕、破片をあたりにまきちらす。

 なんとか攻撃をかわした……のは良いものの、空中で無防備になったヒメナイトへ、今度は虎の前足がおそいかかる。

 バギッ!

 直撃をくらうヒメナイト。

 なすすべもなく吹きとばされ、建物の壁に背中から叩きつけられる。

「がっ……!? はァッ……」

 苦しげにうめくヒメナイトへ、さらなる追い打ちがきた。鬼の棍棒こんぼうが、うなりをあげて打ちこまれたのだ。

「ッ!」

 ヒメナイトは痛みをこらえ、壁をってその場を飛びのく。

 間一髪かんいっぱつ、鬼の棍棒こんぼうをよけきって、転がるようになんとか着地。

 懸命けんめいに立ち上がり、剣をかまえなおしはしたが、ダメージは大きい。もう息があがりはじめている。

「ハァーっ……ハァーっ……

 ハー……

 ……きついな」

 脂汗をたらすヒメナイト。

 だが魔獣たちは一切いっさいの手かげんなく……来る。



   *



 これを、少しはなれた物陰ものかげから、はらはらと見つめていたのがナジャだ。

「あ……! あ……! ヒメ様ァ……危ないっ」

「おいナジャ、逃げるぞ! オレたちは邪魔になる」

 すぐ後ろでは、キリンジがナジャの服をひっぱり、避難するよううながしている。

 だが、ナジャはキリンジを振りはらい、近くに立てかけてあったホウキをつかみ取った。

 ヒメナイトが戦っているのとは反対のほうを、こっそりのぞき見る。

 そこには、やたらに長い首と長い鼻をもつ、象とキリンを融合させたような魔獣が1匹。

 その頭の上に、けもの使いバルグルが立って、ヒメナイトの苦戦ぶりを楽しそうにながめているのだ。

 ギュッ……

 音を立ててナジャはホウキを握りしめた。

けもの使いを倒せば魔獣は止まるよね」

「おいナジャ、まさか……」

「……やってやる」

「よせ! お前には戦う力なんか無いだろ」

 必死に止めるキリンジに、ナジャは、真正面からきっぱりと向きあった。

「無いなら無いなりに戦うよ。

 そんなもんでしょ、人生って」

 キリンジは……目を、丸くする。

「へっ……

 まいったな。オレまで好きになっちゃいそう」

「ホレてもいいよ?」

「自分から言うなって。

 いいかナジャ、オレは魔術が少し使える。《発光》の術で目をくらますから……」

「そのすきに、わたしが後ろから」

「っていうダンドリで行くぜ!」

「おうっ!」



   *



 ヒメナイトは、魔獣たちに休みなく攻めたてられ、しだいしだいに追いつめられていく。

 いくつも傷をい、疲労の色も濃く、動きもニブくなってきた。

 その様子を安全圏あんぜんけんからながめつつ、けもの使いバルグルは、アゴに指をあて、せせら笑った。

(そろそろ限界のようですねえ。

 ワタクシの魔獣を1匹倒した実力は、人間にしてはたいしたものですが……

 波状攻撃でジワジワと疲れさせれば、狩るのはいともたやすいこと)

 バルグルは腕を振り上げて、ぱちんっ! と高らかに指を鳴らした。

「もういいでしょう! みなさん、トドメをさしておしまいなさいっ!」

 と、最後の命令をくだした……そのとき。

「やけくそオラァーッ!!」

 絶叫しながらブゥゥン! と突っこんでくる小さな影。キリンジ!

 キリンジはバルグルの鼻先に飛びこむや、零距離ゼロきょりから得意の魔術を炸裂さくれつさせた。

「《発光》!」

 カッ!!

 キリンジの体から放たれる強烈な光。けもの使いバルグルはまともに目を焼かれ、悲鳴をあげて顔面をおおう。

 そこへ背後の屋根の上から、ナジャが助走をつけて飛びおりた。

「んがぁぁぁぁーっ!!」

 気合一発、振りおろすホウキ。

 バッギィッ!

 響く快音かいおん。折れとぶホウキ。完全に無警戒の後頭部にガムシャラの一撃がクリーンヒット。

 けもの使いバルグルは、よろめき、倒れ、象キリンの頭から転がり落ちる。

(やった!)

 と舞い上がったのもつかの間、ナジャも着地に失敗。象キリンの首に顔面をぶつけ、胴体にずり落ち、そのまま地面に墜落ついらくした。

「ほげぇ!」

 こだまする悲鳴と、にぶい打音。

 キリンジがブーンと飛んでくる。

「……大丈夫か?」

「痛いよう……」

 だがしかし。

 ナジャは、たくましく体を起こし、ヒメナイトのほうへ目をやった。

 けもの使いバルグルは気絶した。

 ゆえに、ヒメナイトを囲んでいた魔獣たちの――



   *



(――動きが止まった!)

 と見るやいなや、

フゥゥァーッ!」

 ヒメナイトが走る。鬼にせまる。

 その巨体をまっすぐ縦に駆けのぼり、鬼の頸動脈けいどうみゃくを、ス……! と流し斬りに斬り抜けながら、肩の上から空へ跳躍ちょうやく

 ぼんやり滞空たいくうしていた5頭カラスの翼ひとつを、すくい上げるような一撃でバッサリ斬りとばす。

 悲鳴をあげて墜落ついらくするカラス。

 血を吹きながらグラつく鬼。

 ヒメナイトは空中で一回転し、軽やかに地面へ着地した。



   *



「やったあっ!」

 飛びあがって喜ぶナジャ。

 だがその矢先、グン! と黒い影が頭上からナジャにせまった。

 象キリンだ。象キリンが鼻をのばし、ナジャの腹に巻きつけて、つるし上げてしまったのだ。

「わ! うわ! わぅわぁあ!?」

「ナジャ! くそっ、はなせこのやろっ」

 キリンジがあわてて鼻に飛びつき、引きはがそうと力をこめる。だがいかんせん、妖精の筋力ではビクともしない。

「ふ、ふ……やってくれましたねぇ……」

 あわてふためく2人の下で、頭をおさえながら立ちあがったのは、けもの使いバルグル。

 ひたいに青筋うかべながら、バルグルはナジャを見上げ、笑う。

 その手には、折れたホウキの破片がにぎられている。

「ふふふ……いいですよ。カワイイですねえ、アナタ。

 たいした力も無いくせに、仲間を助けるため、我が身もかえりみず戦いをいどむ……

 その姿、まさに『カワイイ』の体現!

 アナタならきっと、最高にカワイイ魔獣になれるでしょう!」

 バキィッ!

 手の中のホウキを、けもの使いバルグルがにぎりつぶした。

 ゾッ……と、ナジャの背すじを悪寒おかんが走る。

 この男、ナジャを材料にして魔獣を作るつもりなのだ!

「させるかァ!」

 キリンジが叫び、けもの使いめがけて急降下。なにかの術を発動しかけるが……

 そこへ、象キリンのキックがくる。

「ゲフッ……」

 なすすべもなくり飛ばされ、キリンジは、ぽてっ、と地面に落ちる。

 けもの使いバルグルは、もとよりキリンジのことなど眼中にない。象キリンの背中に飛び乗り、うっとりと、不気味な視線をナジャに向けるのみ……

 ナジャは恐怖のあまり、目いっぱいに涙をためて、絶叫した。

「ヒメ様ァァァーッ!!」



   *



「ナジャ!?」

 ヒメナイトが、はじかれたように後ろを振りむく。

 ナジャが……象キリンの鼻にからめとられ、どこかへ連れ去られようとしている!

「ナジャ!」

 とっさに追いかけようとするヒメナイト。だがそこへ、横手から鬼の棍棒こんぼうが襲ってきた。

「くっ……」

 うめき、び、棍棒こんぼうをかわす。

 あの鬼は、さっき頸動脈けいどうみゃくを斬ったはずだが……ダクダクと流血しながらも、まだ動き続けている。なんという生命力。

 さらに、着地の瞬間を狙って、虎とヒツジが猛然もうぜんせまる。

『かまって! かまって!!』

 ヒツジがくりだす巨木のような腕の一撃。

 これをヒメナイトは盾でどうにか受け流し、一歩後ろへ飛びのくが、そこに虎の爪がくる。

 タイミングが最悪。よけられる体勢では……ない。

 ズシュ!

 刀剣のように鋭い爪が、ヒメナイトのわき腹を斬り裂いた。

「か……ハッ……」

 苦悶くもんの声をもらし、よろめくヒメナイト。そこへ、

『お願いだから私を見てよぉぉぉーッ!!』

 絶叫とともに、ヒツジのこぶしが叩きこまれる。

 ベギィッ!

 嫌な音をたて、はじき飛ばされ、ヒメナイトが壁に打ちつけられる。

 うすれかけた意識の中で、ヒメナイトは見ていた。けもの使いバルグルに、連れ去られていくナジャの姿を。

(ナジャ……)

 魔獣どもが来る。鬼、虎、ヒツジ……

 その巨体が作る壁のむこうに、ナジャの姿が消えていく……

「ぉ……ぉ……ぁぁあああああァァァーッ!!」

 ヒメナイトが叫ぶ。ヒメナイトが飛ぶ。彼女の体と魔剣とが、ひとすじの雷光と化して敵の中を駆け抜ける。

 鬼の首を

グァンッ!!」

 とハネ、虎の胴を

ホォッ!!」

 と斬り、ヒツジの脳天真上から、

ヅォァァッ!!」

 強烈な一撃を叩きおろした。

 吹き出す鮮血せんけつ。崩れる魔獣。

 すべての魔獣が息たえて、決着のあとの奇妙な静寂せいじゃくに街がつつまれる中、ヒメナイトは、肩で息して立ちつくす。

(ナジャ……)

 ほとんど無意識に、一歩ふみだし……

 ヒメナイトは倒れた。

 腹の傷から流れ出た血が、道を、赤に染めていく。

「……行かなきゃ」

 そのつぶやきを最後に、ヒメナイトの意識はとぎれた。



(つづく)

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