第1話-4 カワイイものたち



 夜の暗闇につつまれだした街の路地。

 ナジャが走る。

 ヒメナイトが走る。

 キリンジが頭上を飛びぬける。

 どこか遠くから、ドォン……ドォン……と、破壊の音がひびいてくる。

 仲間たちの陽動ようどうは成功したようだ。このあたりにいた魔獣は、みんな街の西におびきだされ、もう1頭も残っていない。

 キリンジが、ナジャの頭の近くまで降りてくる。

「おいナジャ、けもの使いバルグルはどこにいるんだ?」

「街の東側がおかになってるでしょ?

 あのへん、お金持ちの屋敷がならんでる界隈かいわいなんだ。見はらしもいいし……」

「指揮をとるにはうってつけ、ってわけか。

 よしっ! 急ぐぞ!」

 ぶぅーん! と羽音をならして先行するキリンジ。

 ナジャたちも、息をきらせてその後を追う――

 と、そのとき。

 ヒメナイトの背すじを、鋭い悪寒おかんが駆けぬけた。

(――敵!)

 ドヴッ!!

 突然の衝撃!

 黒ぐろとした巨大なこぶしが、2人の頭上から叩きこまれた!

 ヒメナイトが走る。ナジャをかかえる。風のように駆けてこぶしをよける。

 その直後、粉砕されてはじけ飛ぶ建物。くだけて亀裂きれつを走らせる地面。

 さらに追撃が来る。敵が巨体を持ちあげて、ドンッ! ドォンッ! と次々にこぶしを打ちおろしてくる。

 それをヒメナイトは右へ、左へ、稲妻いなずま軌道きどうでくぐりぬけ、一瞬のすきをついて天高く跳躍ちょうやく間合まあいの外へ、のがれ出た。

「うっきゃあああ!?」

 体験したことのないスピードに震えあがるナジャ。

 彼女を抱いたまま、ヒメナイトは屋根の上に着地。

 振りかえり、襲ってきた敵の姿をにらんだ。

『欲しい……』

『欲しいよォォ……』

『「いいね」言ってぇぇ……』

『かまってよォォ〜……』

 異形いぎょう

 そうとしか言いようのない怪物が、そこにいた。

 体長8メートル近い、四つんばいになったヒト形のシルエット。

 肌は、目が痛くなるような蛍光ピンクの体毛でおおわれている。

 腕は異常に太く、長く、まるで樹齢千年の大木のよう。

 一方、足は体格のわりに妙に短く、細く、たよりない。

 そして何よりおぞましいのは……腕の先から肩、わきばらにかけて、びっしり一列にならんだ無数の……口、口、口。

 それらが、だらりとツバをたらしつつ、口々に懇願こんがんしつづけているのだ。

『つらいよぉぉ……』

『「いいね」が欲しい……』

『苦しいのおぉぉ……』

『生きていくのがしんどくてぇぇ……』

『かまってもらえた一瞬だけ、生きてるって実感できる』

『「いいね」してよぉ!』

『無限にしてよぉおおお!!』

 怪物が、遠雷えんらいを思わせる叫び声をゴウゴウとうならせる。

 ナジャは、恐怖に息をのんだ。

「なんなの……あれ……?」

「“夢見人ゆめみびと”だ……!」

 キリンジがナジャの鼻先まで飛んできて、憎憎にくにくしげに顔をしかめる。

幻想ファンタジーは、それを幻想ファンタジーと知る者には現実を生きぬく力をあたえてくれる。

 だがそうじゃない者は、現実のほうをこそのような幻想ファンタジーに変えてしまう。

 そういう行き場のない情念が呪いと化して、人間を、人間ではない『何者か』に変化へんげさせるんだ」

「それで怪物になっちゃったの!?」

「なりたくてなった姿じゃねえ!

 つらい、苦しい、かまって欲しい、そんな気持ち、誰だって少しはあらァ。

 それを魔術の力でねじまげ、ふくらませ、ムリヤリ化け物につくりかえた!

 まともな道徳観も感性も持たない外道げどうどもの術……

 これがヤツらの……魔王軍のやりかたなんだ!」

「おやおや。ひどい言われようだ」

 と、苦笑が聞こえてきた。

 声の発生源は……後ろ!

 ヒメナイトたちの背後、三角屋根の間から、ニョキッと長い首を突き出している魔獣がいる。

 その魔獣の頭の上に、ひとりの、やせた魔族が立っているのである。

 ナジャは直感した。

「ひょっとしてアレが……けもの使いバルグル!?」

「はい、バルグルですよ、小さなお嬢さん。

 わざわざワタクシに会いに来てくれるとは、うれしいですねぇ〜!

 とすると、西のほうの騒ぎはやっぱり陽動ようどうでした、か?」

 沈黙する3人。

 けもの使いバルグルは、口もとに手を当てて上品にコロコロ笑い、

図星ずぼしでしたか。

 そんなことだろうと思って、ワタクシのに探させていたんですよ。身のほどしらずのおバカさんをね」

「何が『子供たち』だ! ヒトの悩みと苦しみをオモチャにしやがって!

 化け物にされたヒトたちは、もう元にもどらねえんだぞ!」

 怒りに羽をふるわせるキリンジ。

 けもの使いバルグルは、肩をすくめる。

「化け物とは人聞きの悪い。

 カワイイじゃありませんか?

 小さなよわぁい生き物が、苦しみの中で懸命けんめいにもがくこの姿……

 これこそ『カワイイ』の真髄しんずいでしょう」

「クズがァッ……!」

 キリンジが、小さなこぶしをにぎり固める。いまにもけもの使いバルグルに飛びかかりそうな勢いだが……

 そこでヒメナイトが一歩、すべるように前へ進み出た。

「キリンジ」

「え?」

「ナジャ」

「はいっ」

「下がってて」

「ヒメ様は!?」

 問われてヒメナイトは、腰の剣に指をかける。

「戦う」

 ダンッ!!

 屋根をやぶりヒメナイトが飛ぶ!

 なんたる脚力。すさまじい速さ。ヒメナイトはひとすじの矢と化して、瞬時に敵へと肉迫にくはくする。

「う!?」

 と顔色を変えたけもの使いバルグルの首すじへ、ヒメナイトが

ッ!」

 抜き打ちに魔剣で斬りつける!

「《守れ》!」

 バルグルが、わめく。その魔術にこたえ、彼のふところから小さな影が走り出た。

 猫に似た小型魔獣だ。それがバルグルとヒメナイトの間にわって入り、

 ブッシャア!!

 いきなり内から爆発した!

 爆風で吹きとばされるヒメナイト。宙返りしてなんとか体勢をたてなおし、よつんばいに着地する。

 一方、この時間でバルグルは足場にしていた魔獣を後退させ、間合まあいの外まで後退した。

 ヒメナイトは、爆発で顔にまとわりついた血や肉をぬぐい、せきこむ。

 それを見て、バルグルは楽しそうに手をたたく。

「すばらしい!

 今の魔獣は“やさしい母猫”といいましてねェ。

 ワタクシを子猫とカン違いしていて、いざという時には自爆して守ってくれる。いわば奥の手なんですよ。

 それをいきなり使わせるとは……

 アナタ……人間ばなれしたスピードといい、魔獣を一撃で倒す威力といい、ただものじゃありませんね?」

 ペラペラとごきげんにしゃべり続けるバルグル。

 すきだらけなのだが……ヒメナイトが追撃もせず手をこまねいていたのには理由がある。

 バルグルの左右から、奥から、あるいは空から、次々に黒い影が姿をあらわしていたのだ。

 右からは、大きすぎる牙を口からはみ出させた、家ほどもある体格の虎。

 左からは、半分とけてくずれかかった、腐臭ふしゅうただよわす巨大なスライム。

 奥からは、8本もある足をもてあまし気味ぎみにうごめき歩く大鬼。

 空からは、前にみっつ、おしりにふたつの頭を持つ異形のカラス。

 そしてヒメナイトの背後からは、

『「いいね」してェェ〜……』

『もっとしてェェ〜……』

 無数の口で救いを求める、蛍光ピンクのあわれなヒツジ。

「かこまれたっ……!」

 屋根の上から戦況を見て、ナジャは顔色がんしょくをうしなう。

 けもの使いバルグルは、いかにも善人らしい気さくな笑みをうかべて、片手を高くふりあげた。

「ほうっておけば魔王様の邪魔になりそうですし。ここで片づけておきましょう。

 さあ行きなさい! ワタクシのカワイイ子供たちっ!」

 ゴアァッ!!

 魔獣どもが雄叫おたけびをあげ、いっせいにヒメナイトへ飛びかかった!



(つづく)

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