第1話-3 反撃開始!



 太陽が、西にかたむきはじめた。

 ナジャ、ヒメナイト、キリンジの3人は、街はずれにあるおかにのぼり、木陰こかげから、そっと街の様子をうかがっている。

 あの会議のあと……

 ヒメナイトが1人でけものを倒したという話を聞いて、街の大人たちは、都市遺跡の劇場あとへ人をさしむけた。

 そこにたしかにけものの死体が転がっていた、との報告を受けた大人たちは、意見を一変させた。

 いけるかもしれない。

 魔獣を狩るほどの戦士がいるのなら、けもの使いバルグルを倒すことも、夢ではないかもしれない。

 かくして、みんなの意見は一致いっち綿密めんみつな打ち合わせのあと、故郷の街を奪還だっかんすべく、いっせいに動きはじめたのだった。

 まず、散りぢりになった避難民たちと連絡を取らねばならない。

 ナジャたちのいる都市遺跡の他に、避難民の逃げこみそうな場所といえば……街の北にある共用林か、西側にある山地。まだ街の中に取り残されている人も、おおぜいいるだろう。

 その人たちと連携れんけいし、日没を待って、街の中で騒ぎを起こす。

 そして鎮圧ちんあつのために敵の魔獣が動きだしたすきを見はからい、ヒメナイトたちが街に潜入。

 守りが手薄になったところで、けもの使いバルグルを叩く! という段取だんどりである。

 そんなわけで、ヒメナイトたちは、このおかにやってきたのだ。

 戦争に巻きこまれた経験の少ないこの街は、城壁もさほど高くない。おかの上からなら、街の様子がよく見える。

 陽動ようどう作戦がはじまれば、すぐに目に入るはずだ。

「ふーっ……緊張するなあ」

 ナジャは、街のほうをジイッとにらみながら、胸にたまった息をはきだした。

 後ろでは、キリンジがヒメナイトの頭の上にあぐらをかき、へっ、とナマイキに笑っている。

「よく言うぜ! 度胸どきょうかたまりみたいな女がよ」

「えーっ? わたし、そんなに度胸どきょうないよ?」

度胸どきょうのないやつが、『ヒメを魔族と戦わせれば、街も取り戻せてヒメも立ち直って一石二鳥!』なんて、ふてぶてしい作戦立てるかよ」

「ダメかなあ?」

「いや、名案じゃねーの? ヒメの性格をよくつかんでると思うよ。ヒマにさせとくのが一番怖いんだ、こいつは」

 ペチッ、とキリンジがヒメナイトの頭をはたく。

 はたかれたヒメナイトは、微動びどうだにしない。さっきからずっと、ヒザをかかえて座りこみ、ひたすらブツブツつぶやき続けている。

「死にたい死にたい死なない死にます死ぬ死ぬとき……死ねば死ね死ね死にましょう……」

 死の五段活用を暗唱あんしょうするヒメナイト。ナジャは、つとめて明るく笑顔をつくり、彼女の隣に腰をおろした。

「ヒメ様。いまのうちに、ごはん食べときましょ! 少ししかないけど……はい、これはヒメ様のぶん」

 と、ビスケット2枚をさしだす。

 しかしヒメナイトは、うつろな視線を、じいっとビスケットに落とし、

「私は……いらない」

「えんりょしないで! 助けてもらう分お礼をしなきゃ、わたしの気持ちがおさまらないんだから」

「ぃゃ……食欲が……ないんだ。ぅヴッ……」

 ヒメナイトが低くうめいて、顔をそむける。食べ物を見ただけで吐き気をもよおしてしまったのだ。

 思いもよらぬこの反応に、ナジャは困惑して手をひっこめる。

(ええ……食べ物も受けつけないの?

 『心をむ』って、こんなことになっちゃうんだ……

 命にかかわるじゃないか、こんなの……)

 しかたなく、ナジャはヒメナイトの背中をさすってやりながら、彼女の荷物カバンにビスケットを差しこんだ。

「ヒメ様、ここ、入れときますからね。気分が良くなったら食べてくださいね。ね?」

「うん……

 ごめんね……こんな私に、優しくしてくれて……

 ありがとう……」

「いやいやいやいや! それぜったい逆! 助けてもらったの、わたしのほうじゃないですかー!

 ヒメ様ってホントに強いですよね。ビュンッ! ビュゥンッ! バァーッ! って! どうやったらあんなふうに戦えるんですか?」

「え……修行した」

「へー! 修行? どんな? どんな?」

 目をキラキラさせて身をよせるナジャ。

 ヒメナイトは少し引きぎみに、しかしまんざらでもなさそうに、ポツリポツリとしゃべりだす。

「あの……昔、お師匠様に剣を教えてもらって、いろいろ……型稽古かたげいこ素振すぶり、打ち込み、あと試合とかも……」

「試合って、剣で戦うの?」

木剣ぼっけんだけど」

「うわー! バシバシ打ち合うんでしょ? いたそーっ!」

「うん、痛い……あ、ここ、まだ傷が残ってる」

 と、そでをまくりあげて、二の腕の古傷を見せるヒメナイト。ナジャは指先でくすぐるように傷をなぞり、

「ほんとだ……うわあ、ヒメ様すごい筋肉! きっとヒメ様なら、試合したって連戦連勝なんでしょうねー」

「そんなことないよ。むしろ、一門いちもんの中では落ちこぼれだった。

 お師匠様も、先輩たちも、ものすっごく強くて……」

 ヒメナイトは、いつのまにか雑談に引きこまれ、修行時代の思い出を楽しそうに語りはじめていた。

 ナジャは愛想あいそよくあいづちを打ちながら、たくみにヒメナイトからおしゃべりを引きだしていく。

 そんな2人を見守りながら、キリンジは内心、舌を巻いている。

(すげえな、ナジャは……

 ヒメをあんなふうに笑わせてくれるなんて。

 思い出話に夢中で、あのヒメが『死にたい』って気分を忘れちまってるぜ……)



   *



 楽しい時間は、あっというまに過ぎさって……

 日が沈んだ。

 そろそろ約束の時刻。

 3人が、息をのんで街を見まもっていると――

 ドォンッ!!

 突然の爆破音が、たそがれの空をふるわせた!

 ついで、わあっ……わああっ……と、悲鳴とも雄叫おたけびともつかない叫び声が、わきあがる。

「始まった!」

「いけるか、ヒメ?」

「うん」

 3人は顔を見あわせ、うなずきかわすと、いっせいに木陰こかげから飛びだした。

 おかを駆けおり、街へ向けて突き進む。

 狙うは敵の親玉、けもの使いバルグルただひとり!



   *



 街は大混乱におちいった。

 魔王軍に占領された街……そのあちこちにたむろする魔獣たちへ、どこからともなくいてきた民衆が、いっせいに攻撃をしかけたのだ。

 魔獣の背後に回りこみ、石ツブテを投げつける。

 怒った魔獣が反撃してくれば、サァッと細い路地ろじに逃げこむ。

 かと思えば、ものかげから元気のいいのが踊りでて、魔獣のわきばらへスコップやクワの一撃を突きいれる。

 もとより、ここは故郷の街だ。こまかな道まで知りつくしている。

 その地の利をいかし、攻めては逃げ、逃げては攻め、さんざんに魔王軍をひっかきまわしたのだ。



   *



 魔族たちは、あわてにあわて、けもの使いバルグルが宿舎としている屋敷に走った。

「バルグル様! 大変です!」

 魔族が飛びこんできたとき、屋敷の大ホールには、異様いような光景が広がっていた。

「そもそもォ! 『カワイイ』という概念は、無数のピースに分けられたジグソーパズルのようなものなのです」

 ホールの真ん中で両手をふりあげ、自己陶酔じことうすい気味に演説する、やせた男……

 魔王軍指揮官、けもの使いバルグル。

 彼の前には、10人ちかい人間の捕虜ほりょたちが、2列にならんで正座させられている。

 しかも捕虜ほりょたちは、なぜかみんな、どピンクに染めたヒツジのきぐるみを着させられているのである。

 なぜこんなキテレツなカッコをさせられているのか?

 理由はもちろん……「カワイイから」である。

 けもの使いバルグルの大演説はつづく。

「ヒトとヒトとが、たがいの欠けた部分をおぎないあい、結びついて、ひとつの偉大な絵画を構成する。

 このとき埋めあわせられた欠乏の中にこそ、真の『カワイイ』は宿やどる!

 協調! 友愛! カ・ワ・イイッ……!

 ですが! そこにはひとつ、パズルの完成をさまたげる重大な困難がまちかまえているのです!

 なんだと思います? ハイ、そこのアナタ」

 指さされた捕虜ほりょの女性は、ヒツジのきぐるみを涙でグシャグシャにぬらしつつ、

「ピ……ピースをなくしちゃう……とか?」

「すんばらしいッ!! そのとおり!!

 えらいねえ〜! カワイイねえ〜!! きみはかしこいねえ〜! ナデナデナデナデナデナデナデナデ」

 捕虜ほりょの頭を執拗しつようになでまわすバルグル。

 捕虜ほりょのほうはもう、恐怖のあまり、ひきつり笑いをうかべるばかり。

 だが、自分が怖がられていることを、バルグルはまったく気にしていない……いや、そもそも気づいてすらいないのである。

「そうなのです! どんなにステキなパズルでも、ピースがそろわなければもうダイナシ!

 消えたピースはどこにある?

 ポッケの奥か? 戸棚とだなの裏か? ベッドの下は探したか?

 ヒトは! だれしも! なくしたピースを追い求める永遠の探求者!

 つまり『カワイイ』の真髄しんずいは……」

 ここで、とうとうがまんの限界をこえ、魔族が金切かなきり声をあげた。

「バッ、バルグル様ァ! ご報告が……!」

「いま大事な話のとちゅうでしょッ!?」

 一喝いっかつされて、すくみあがる魔族。

「すみませんっ! しかし、人間どもが反撃してまいりまして!

 我々の手持ち魔獣だけでは手が回りません。追加で何頭か、お貸しいただければと……」

「ほう?

 そのぶんワタクシの警護を手薄にしろと?

 えらくなったものですねえ、きみ」

 ぬらりっ……

 と、暗い視線を、魔族へ向けるバルグル。

 魔族の顔から血のがひいた。

「ひッ!?

 いえ! その、もうしわけ……」

「ま、いいでしょう。

 この地域に橋頭堡きょうとうほをきずくことは魔王様のご命令ですし。人間ごときに街をうばわれるわけにはいきません。

 ちょうどいい機会です。魔王様からいただいた霊薬エリクサーを、実験してみましょうか」

 と、けもの使いバルグルは、捕虜ほりょたちに視線をめぐらせる。

 やがて、1人の女性に目をつけ、その頭を、異様いように長い指でがっしりとつかんだ。

「アナタ。アナタがいい。素質がある。

 ワタクシの、新しいピースになってくれますね?」

「ひィッ!? いやァ!! 助けっ……」

 ズブッ!!

 バルグルがいきなり、手の中に持っていた注射針を女性の首に突き刺した。

 えたいのしれない液体が、女性の血管にそそぎこまれていき……

 やがて、

 ぼごおッ!!

 女性の体が、内側からはじける!

 ボゴッ……グゴッ……

 不気味な音をたてながら、肉はふくらみ、ゆがみ、のびあがり、女性を人間ではないに作り変えていく……

「あらー! 思ったとおり!

 とってもカワイイ♡」

 女性だったモノの異形いぎょうを見上げながら、バルグルは上機嫌に手を叩いた。

「さ、人間どもを皆殺しにしてきなさい♡」



(つづく)

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