第41話 2021年8月。「ずっと忘れない。愛した君との約束だから」

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10月、11月、12月。

それから、また1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月。

何ヶ月経ったかわからないが、すごく長い月日が過ぎた。相変わらず俺は、同じことを繰り返した。

そんな俺にも、あの人は、毎日俺に話しかけてきた。内容はいつも似たようなものだった。

どんなものが好きか。明日は何が食べたいか。やりたいことはないか。欲しいものはないか。そんな俺に対する質問ばっかりだった。

そして最後はいつも、少しでもお話ししたい、謝りたい。ごめんなさい。そればかりだった。

そんな何ヶ月も懲りずに話掛けてきたが、俺の気持ちは一切動かなかった。

そんな俺は、自分が誰なのか、何者なのかがわからなくなっていた。意思もなければ、感情もない。魂すらないのに生きている俺は、もう死んでいるんじゃないかって...

もう小雪が絶対に帰ってこないならなんで生きているんだろうかって…


1月。

また1ヶ月が経った。

あの人に、「あけましておめでとう」と言われた。多分、年が明けたのだろう。

今は何日で、何年なのか。それすらも知らなかった。どうでも良かった。

俺にとったら年が明けても、なにもめでたくはなかった。それどころか、小雪と会えなくなってから、長い年月が過ぎたことがとても悲しかった。

俺は抜け殻のようになって痩せ細っていた。髪も長い間切っていないからすごく伸びていた。

こんなんじゃ、小雪に顔向けできないなと思い、近くにあったハサミで適当に髪を切り短くする。

長い髪が、床に『バサリ』と落ちる。

年明けでも何もしないで死んだように寝て、また1日が終わった。


8月31日。

それからまた長い月日が経った。

久しぶりにこのノートに触れた気がする。今日は、8月31日。

小雪と会えなくなってから丁度1年が経った。

そして今日は、小雪とお別れをした日だった。

1年前の小雪との、夏の思い出が蘇ってくる。美味しそうにフルーツを食べる小雪、海で子供みたいにはしゃぐ小雪、キスを迫ってくる可愛い小雪。そんなたくさんの笑顔の小雪がフラッシュバックするように浮かぶ。

俺の目に涙が浮かぶ。涙がポロポロと落ちて落ちて落ちて…止まらない。

「小雪、あれから1年が経ったそうだ。覚えているか?今年も祭りに行くっていう約束。結局祭り行けなかったな…、海も行ってないよな…。夏の最後だし、スイーツでも一緒に食べにいきたいな…」

「なあ、約束したじゃないか小雪…」

今年の夏が終わってしまったよ小雪…

何もしてないじゃないか…

今年もいろんなところに行くって、約束しただろ。勝手にいなくならないでよ小雪…。


「そうだね。お祭りも海も行きたかったな…。約束守れなくってごめんね湊音」


「え…」


そんな時、扉の向こうで懐かしくて、ずっと恋しかった無邪気な声が聞こえて来る…。

「久しぶりみーなと」

「こ…ゆき?」

「開けないで。この扉を開けたらもう湊音は戻れなくなる」

扉越しに、小雪と背中を合わせると、なんとなく背中に温かい体温を感じる。

「小雪…小雪だ。小雪…」

「もう、何回も呼ばなくても私は小雪。望月小雪だよ」

なんで現実に小雪がいるのか。そんな事どうでも良かった。

扉の向こうに小雪がいる。この事実だけで、俺の心を満たすには十分だった。

「小雪、こゆき…なんだな」

俺は、ひたすらにこの世界でたった一人の、愛した人の名前を呼び続けた。

「ふふ、湊音、みーなと。また会えたね」

「ああ、また…会えた」

その自分の名前を呼ぶ声を聞いて、話して、涙が勝手に落ちる。

「また泣いてるの湊音?もう湊音は泣いてばっかりね」

「しかたないだろ…。ずっと会いたかった」

「私もだよ」

「小雪、泣いてる?」

「泣いてないし…」

でも、小雪の元気な声は少し震えていた。

「あのさ湊音。今年も花火大会に行くって約束したのに、行けなくってごめんね」

「いいよ」

「海も行きたいって言ったのに、ごめんね」

「いいよ」

「約束破ってごめんね」

そうだった。

「だって、約束破ってないだろ」

「え?」

小雪は、俺の目の前から消えたかもしれない。

でも、小雪がいなくなっても思い出は消えない。

だから、小雪はずっとずっと俺と望月さんの中で生き続けるんだ。

何年経っても。何十年経っても。俺が死んでもだ。

なんでこんな大切なことを忘れていたんだろう。

「だって、俺たちはずっと一緒。小雪がそう教えてくれたんだ…」

「うん…そうだ。そうだよね。じゃあ、来年は、私をお祭りと海に連れていってね」

「思い出たくさん作ろうな」

小雪との来年の予定をたてる。

「あんまり小雪に迷惑かけちゃダメだよ。湊音が無視するから小雪毎日泣いてるんだよ」

「それは、悪いことをしたな」

「ホントだよ。私の可愛い小雪を泣かせるなんてだめだぞ。湊音は、男の子なんだから守ってあげて」

「うん。わかった」

「ふふ、良い子」

望月さんは、辛い時いつも何も言わずに優しく寄り添ってくれた。

この1年間、どうしようもない俺のこともずっと気にかけてくれていたんだ。

悲しみや、痛みも分かち合ってそばに居てくれる大切な人なんだ。なんでこの気持ちまでも忘れていたんだろう。

そんな時、小雪が現れる前、聞こうとしなかった望月さんの思いが蘇る。


「湊音くん。今日は、聞いて欲しいお話があるの」

なんだよ。

「私は、小雪さんの未来を潰してしまった。小雪さんという人格を生み出して、未来を潰して、私は、責任を取らなくちゃいけない。だから、偽物の私は、もう湊音くんの近くにいちゃいけない存在なんだって思ったの」

「でも…それでもやっぱりあなたと一緒にいたかった」

こんなにも望月さんが自分の気持ちを話してくれたのは、これが初めてだった。

「初めて教室で湊音くんを見た時、ああ、私は、この人を好きなんだ、運命の出会いだって直感で思ったの」

この人は、いつも俺のことばかり気にかけて、自分の気持ちを抑えこんでいたことを俺は知っていた。

「でも、それは多分、私の中の小雪さんの気持ちだったんだと思うの。私の気持ちじゃなかった」

「でも、湊音くんを知るたびに、私自身の気持ちがすごく大きくなって、小雪さんに負けないくらい溢れていった」

だから俺は、話を黙って聞いた。

「私は、私自身の意思であなたを好きになってたんだよ。初めは偽物の気持ちでも、私だけの意思で一緒にいたいって思ったの」

その内に秘めて溢れ出してしまった想いと、真剣に向き合うために。

「でも、そんな私の気持ちだけじゃ湊音くんの深く傷ついた気持ちは動かないって分かったの…。」

「湊音くんの、心の中にはいつも小雪さんがいた。私と過ごしてる時も、今もそう。ずっとずっと。その大切な物を失った湊音くんの心は、私じゃ癒せないんだって気づいた」

「だから私は、人任せになっちゃうけど、自分の責任を取るべきなんだ」

「いや、人任せじゃない…。私たちは2人で1人だから、小雪さんに任せるね。私じゃ、もう何もあげられないから…」

「ああ、やっぱり小雪さんには勝てないや…。この温かい気持ちも、全部…」


「私の気持ちの分も、小雪に託すね」


なんで忘れていたんだろう。

俺は、望月さんのことも愛しているんだって。望月小雪という二つで一人の人間を、愛していたんだってことを。

「愛してるよ、湊音」

「知ってるよ。俺も、この世で一番愛してる」

「知ってるよ…知ってる…」

「ああ、もう…時間だ。じゃあ、またね」

小雪は、鼻を啜って元気な声でそういう。

「ああ。また来年たくさん遊びに行こうな」

「うん。約束だよ」

「ああ、約束だ…」

俺は、指切りをするように空中に小指を掲げて、小雪と指を交える。

「私は、矢野湊音を…愛しています」

小雪と会えるのは、今日が最後なんだな…

最後に話した小雪の心からなんとなくそう感じた。

でも、会えなくってもずっと一緒。約束をしたから。だから俺は大丈夫だ。

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