第39話 「またな。愛してる」

  8


ハナテラスでパフェを食べ終えた俺たちは、その後も色々な場所に行った。

河口湖周辺でおいしいドーナツを食べたり、海鮮丼も食べた。そして、富士山が綺麗に見える展望台にも行った。

どれも一度行ったことのある場所だったが、付き合った後に行くと、なんだか違う場所に感じた。

この夏に行った場所のほとんどを今日という日だけで渡り回った。

すっかり辺りが月明かりに照らされ出した頃、最後に連れてこられたのは、俺たちの思い出の公園だった。

俺たちは、昔と同じように二人で広い草原に寝転ぶ。

「この夏、いろいろなことをしたね。湊音と見たことのない綺麗な景色を見た。湊音と美味しいものを食べた」

今年の夏の思い出を静かに振り返るように、小雪の言葉を聴く。

「ずっと心に抱えていた想いも伝えられた。全部湊音との思い出。湊音と幸せな時間をたくさん過ごした。やりたい事はぜーんぶやった。湊音との毎日は、すごく夢みたいな時間だった…」

今まで思い出を楽しそうに話す小雪の声が少し震えている。まるで我慢できなくなったみたいに。

「あぁ、本当に楽しかったなぁ…」

「小雪?」

「あのね湊音に、言わないといけないことがある」


「私ね、今日で最後なの…もう湊音には会えない…」


小雪は笑顔でそう言った。

「え…?」

でも、その笑顔の裏には不安と恐怖の気持ちが隠れていた。小雪は、不安が俺にバレないようにしていたが隠しきれていなかった。小雪の声は、すごく震えていた。

だから俺は、すぐに小雪の言っていることが冗談じゃないとわかった。

「私は…望月小雪の代わりなんだ」

「何…言ってるんだよ…。代わりって、最後ってなんだよ」

でも俺は、小雪が何を言っているのか少しも理解できなかった。

「湊音は、本当の望月小雪のことを知ってるはずだよ」

「ああ、知ってるよ。俺の目の前にいる。俺の愛したただ一人の君だ」

望月小雪は望月小雪だ。この世界にたった1つの存在で。俺が愛したただ一人の人。

「私のことじゃない」

「望月小雪は、君だけだろ!」

「望月小雪は、解離性同一性障害の二重人格。私は、二人目の望月小雪だよ」

「は?」

本当に、小雪が何を言っているのか分からなかった。いや、俺には少し思い当たりがあったから理解しようとすらしていなかったのだと思う。俺は、勉強が嫌いだ。でも、頭は人並み以上に良かった。望月さんが、解離症と診断された時、その可能性も頭の片隅にあった。でも、受け入れたくなかったから見ないふりをしていた。

望月さんは、生まれた時の記憶はあった。 でも3年前の記憶だけが何故かなかった。

「望月小雪が小さい頃、親はすごく喧嘩をしていた。幼い望月小雪の心は、そんな苦痛に耐えらなかった」

自分の名前を他人みたいに呼ばないでくれよ…。

「だから3年前に、自分の心を守るために私が生まれた」

「嘘だ…」

「嘘じゃないよ。あっちの世界でもう一人の小雪に会ったはずだよ」

「あっちの世界ってなんだよ!俺の居場所はここだけだ」

俺はその現実から逃げ出すように、思いっきりその場を立ち上がり走る。

でも、俺たちの周りを囲うように見えない壁が俺の行く手を阻んでいて、壁に弾かれるように床に尻餅をつく。

俺は、何が起こっているか理解できなくて、その壁から後ずさる。小雪の背中に『ドン』とぶつかる。

そんな俺を、小雪は前から優しく抱きしめる。

「湊音、私の話を聞いてほしいな。大切な話なの」

現実を受け入れる事はできないけど、見なければいけない時が来ただけ。

この不思議なことがたくさん起こる世界。俺たちに都合が良すぎるこの世界にずっと違和感はあった。

「湊音が3年前に出会った望月小雪は、確かに私だよ。でも、本当の人格じゃなくて、たまたま私の人格と入れ替わってる時だった。それから親が離婚して、望月小雪が苦痛に晒されることはなかった。つまり、私は役割を終えて必要なくなったの。だから私の人格は消えて元の人格に戻った。でも、元の人格に私の記憶は受け継がれなかった。だから、私と湊音が会っていたことを知らない本当の望月小雪は、急に公園に来なくなってしまって、私が突然姿を消したように感じた。そして、湊音は高校入学で本当の望月小雪に出会った。そうでしょ?」

「なんでそれを知っているんだ…」

望月さんを捨てて、小雪と恋をすると決めた。だから俺は、小雪にその話をしなかった。避けてきたはずだった。

「これが全部教えてくれた」

そう言って、小雪がどこからともなくあの日記を取り出す。

ページを開くと、表紙から半分くらいしか聞き込まれていなかった日記はびっしり全てのページが埋まっていた。

「後ろから増えた文字。湊音が怖がっていたもの。これはねもう一人の小雪が書いたものだよ。小雪の意思が、望月小雪の心を通して私に通じたんだよ。ずっと隠していてごめんね」

望月さんが書いた?じゃあ、あの時の朝、既に小雪は自分が二重人格だって気づいていたってこと…。

だから俺に、ずっと秘密にしていた。残り少ない時間を、大切に過ごすために…。

「それで消えた私には、親が喧嘩した時に受けた苦痛と、湊音と会えなくなる虚無感の悲しみだけが残った」

「そんなのあんまりだ…あまりにも小雪が可哀想だ」

「でも、私はこうして湊音と一緒にいられてる」

そうだ。小雪は、確かに俺の前から姿を消した。一度消えたのにも関わらず、俺の前にまた現れてこうして恋をした。

「だから望月小雪は、私に猶予をくれたの。私がまだ現実にいたらこういう未来もあったかもしれないって。この世界は、私のために、未練が残らないようにもう一人の小雪が時間をくれて、私の記憶で作った可能性の世界だよ。見てて」

晴れていた空から突然雨が降り出す、と思ったら次は、夏なのに雪が降り出してくる。そして、最後にはまたさっきみたいに晴れる。どう考えてもおかしな天気だった。

「ね、天気もおもいのまま」

二人が入れ替わっていたんじゃない。

俺が、二人の世界を行き来していたんだ。だから俺の目線からは、二人が入れ替わっているように見えた。

この世界に入るトリガー、それは睡眠、それとお互いへの強い思いだったんだ。望月さんと出会ったことによって、望月さんの中の小雪に影響を与えた。それで、俺と小雪の想いが、二人をこの世界にひきつけていた。

それに小雪が現れると他の人から見えなくなる。

これは、小雪の記憶で作られたnpcみたいな人間が、他の世界から来た俺を認識できなかった。

マスターとは昔俺と出会ったことがあったんだ。だから、3年前の小雪の記憶で作られた人は、俺のことを知っていたから認識することができた。

小雪との記憶の食い違い。これは、小雪と俺が別々の世界に存在していたから起こった。俺たちは、3年という長い間、お互いを別々の世界で探し続けていた。

おかしいと思っていた。小雪が好きそうなところはすべて探した。そりゃあ見つからないに決まっている。それに、小雪が突然姿を消すなんてことないだろ。なんで信じてあげられなかったんだ…。

「今までのことが、現実じゃないってことか…?。小雪と海に行った思い出も、祭りでの大切な思い出も全部…全部」

「いや、現実だよ。私の心には幸せな思い出がたくさん残ってる。実際に起こったことだよ。でもね、この世界は湊音がいるべき世界じゃない。湊音が、この世界に完全に適応する前に元の世界に帰らないと」

「もう帰らなくていい…」

「ダメだよ…」

「もう一つの世界?そんなものもうどうだっていい。小雪がいる世界が、俺にとっての一番大切な世界だよ…。だから、ずっとここにいたいだ。俺は、君という望月小雪を愛している」

「おねがいよ…。会えないより、湊音が死んじゃうのはもっと辛いよ」

「死ぬって…」

「本当の世界の湊音は、ずっと昏睡状態のままなの」

昏睡って、こっちの俺はこんなに元気なのに。

「私の世界にきている時、本当の世界の湊音は病院で2ヶ月近く眠ってるって日記に書いてる。私の、ずっと湊音といたいっていう気持ちで、この世界は本来の世界より時間が遅く進んでる。この世界の時間は歪んでるの。だから、この世界にいると湊音の身体が危ないの」

「死んでもいいよ…俺は、死んでもいいから君といたいんだ」

「どうしてわかってくれないの!?」

「わからないよ!だってそのくらい、俺は君を愛してる。たくさん食べている君も、元気な君も、とにかく全部が愛おしくてたまらない。小雪と会えなくなるなら死んだほうがマシだ」

「私も愛してるよ」

「じゃあなんでだよ!小雪は、俺と一緒にずっといたいって言ってくれたじゃないか。それに…、ずっと一緒にいるって約束しただろ...」

「私だってずっとにいたいよ!。約束忘れたわけない。ずっと一緒にいたいって思ってる。結婚するって、ずっと一緒にいたいって思える人だよ。でもね、湊音が死んじゃったら、私との思い出は誰が持って帰るの?

小雪とおでこを合わせる。

「それは…君が持って帰るんだ」

「私がいなくなっても、思い出はずっと湊音の心の中にある。そうしたら、私たちはずっと一緒だよ」

「そんなの自分勝手だ…」

「そうだね。だからごめんね。私の分も、もう一人の小雪とたくさん思い出を作って、私の思い出の続きを作ってよ。そうしたら、私は湊音の心の中で日記の1ページとして生きられる。そしたらずっと一緒だよ。素敵だと思わない」

そんな中、あたりがキラキラと消えだす。視界が揺れているのは、俺の涙でいっぱいだからだろう。

「私はもう、未練がないからこの世界は必要ないみたいね。最後に、何か楽しいお話をしよ。そうだなー、何がいいかな」


「ねえ湊音、私のこと好き?」

「大好き。この世界で一番愛してるよ」


「もう、どれだけ私のこと好きなのよ。本当湊音は、私がいないと心配だなー。朝学校しっかりいける?」

「キス魔がいないと朝は寂しくて行けないかもな…」

「キス魔じゃないよー、湊音がしたそうだからちゅーしてあげてるだけよ。いや、でもやっぱりキスは私がしたかっただけだったかもね。それと、ご飯もしっかり食べてね」

「もう、小雪が作るご飯以外食べられない…」

「そうだよねー、私湊音と再開した時のために頑張って練習したんだから嬉しいな」

「本当に、おいしかった…」

やっぱり…お願いだ…

「小雪、やっぱりいかないでく…」

口を指で軽く抑えられる。

「め、それ以上はだめだよ」

「こゆき…」

「こら、男の子の湊音が泣かないの。私も泣いちゃうでしょ…笑顔でお別れしたいから」

綺麗な満点の星空に、流星群がたくさん流れる。

「ねえ最後に、ちゅーしよっか」

そうして今までより一番長いキスをする。

「そんな悲しい顔しないでよ…笑顔笑顔」

これが最後のキスだと考えると、涙が止まらない。

でも、小雪と笑顔でお別れするって決めたから、涙を流しながら全力でくしゃっと笑う。

「湊音、愛してるよ」

「俺もだ。想いを伝えられて小雪と過ごせてすごく幸せだった。小雪が人を愛する事を初めて教えてくれたんだ。ありがとう。愛してる小雪…」

「私を愛してくれてありがとう。私すっごく幸せだったよ。湊音と恋人になれて、一緒に過ごせて幸せだった。夢が叶ったんだもん…」

小雪自身から、キラキラと光が舞う。

「ああ、もうそろそろお別れの時間だね」

最後に、手を繋ぐ。


「じゃあね…湊音愛してる」

「ああ、またな…俺も愛してるよ」


これが、小雪からの最初で最後の愛してる。

さようならは言わない。小雪は、ずっと心の中で一緒だから。

ありがとう。愛することの意味を教えてくれた人。

そうして視界が真っ暗になる。


ああ…泣かないって約束したじゃないか、小雪のばか。

最後見た小雪の顔はすごく元気な無邪気な笑顔で、その瞳には一粒の涙がキラキラと輝いていた。そんな小雪の顔を見て、今までの夏の小雪のたくさんの笑顔がフラッシュバックするように蘇ってくる。

ごめん小雪。俺も、約束守れてないな…


終章 Coming Soon...

1月14日。19:15 公開...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る