第34話 8月9日。「日記に綴られた君の思い」
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8月9日。
今日は、小雪が美味しいパンケーキを食べたいらしく、久しぶりにマスターの経営しているカフェに来ている。
小雪はパンケーキとコーヒーを、俺はチョコーレトパフェとカプチーノを頼んだ。小雪は俺のパフェも食べたいみたいで、パンケーキとパフェを仲良く半分こして食べる予定だ。
ちなみに、小雪のパンケーキはトッピング全部乗せだ。小雪は甘いものが大好きで、今までも沢山食べていたが、良いスタイルを保っているので太らない体質らしい。
そして、前から気になっていた望月さんのお父さんがマスターだったことについて質問をしてみた。しかし、マスターは望月さんのお父さんどころか、望月小雪という名前すら知らない様子だった。
ということは、望月さんのお父さんとマスターは全く関係がなく、ただただ顔が似ているだけということだろうか。不思議だ。
でも俺は、なんだかマスターに遠い昔に会ったことがあるような感覚もしていた。覚えていないが、顔に見覚えがあるような気がする。
「来週の火曜日、河口湖でお祭りがあるんだって」
そんな時、カフェの入り口に張り出されている宣伝ポスターを指さして小雪がそういう。
「えー、こんなお祭りやってたんだな。知らなかった」
来週の火曜ということは15日か。 河口湖で祭りがあるなんて初耳だ。俺は、高校生活に合わせて引っ越しをしたから河口湖周辺には詳しくなかった。
「花火も上がるみたいだぞ。家から見えるかもな」
カプチーノを飲んで、雑談程度にそう返す。
「へー、花火なんて何年ぶりだろ。久しぶりだから外で見て夏を感じたいなー」
「じゃあ、ベランダでラムネでも飲んで一緒に見るか?」
花火とラムネで夏って感じで良いな。俺も、この歳になると花火なんて自分で見ようと思わないから夏を体感するには絶好の機会だ。
「そ、それも良いけど!なんかやきそばとか、美味しいものも食べたいな。どっかで買っていって花火見たいなーなんて」
「お、焼きそばならまかせろ。俺焼きそば作るの得意なんだよ」
「ちが、そうじゃなくって」
「たこ焼きとかも結構作ってきたし得意だぞ」
「もう。だ、だから…、一緒に行こってこと!」
机の下で、足をトントンと突かれる。
「あ、そういう」
だからさっきからもじもじしていたのか。てっきり、外で花火を見たいだけかと思っていた。
「もう、言わせないでよ…。私以外の女の子だったら怒られてるからね」
「じゃあ、一緒にお祭りいくか…」
「うん、いく」
辿々しい雰囲気がながれ、少し気まずくて窓の外を意味もなく眺めカプチーノをすする。
そして、そんな来週の予定を1つ決めつつお互い頼んだものを食べ終える。パンケーキは、トッピングのフルーツとクリームが生地にマッチしていてとても美味しかった。もちろんパフェもだ。
このお店は、コーヒーにスイーツ、それにご飯まで美味しくて、マスターは本当にすごい人だと実感する。
「あ、そうそう。湊音に見てもらいたいものがあるの」
スイーツを楽しんだ後、小雪がそう言ってバッグをゴソゴソと漁り始める。
小雪は、「なんか不思議なの」といってバックから何かを取り出しテーブルに差し出されたのは、1つのノートだった。
それは、今ではもう気にもしていなかった小雪の日記だった。この日記は、小雪のものなのになぜか望月さんも持っていた不思議な日記だ。
小雪が、ペラペラとページを巡っていく。表紙から、小雪と俺の3年前の思い出のページを飛ばすようにペラペラとめくり、その手は一番最後のページで止まった。
「これなんだけど」
白紙だったはずのそのページには、何かが書き込まれていた。
「昨日、久しぶりに日記を見てみたら書いてあったの」
「書いてあったって、小雪が書いたんじゃないのか?」
「それが、私は書いた覚えがまったくないの。急にこの文字が現れたっていう感じ」
「忘れてるだけとか?」
「そんなことないよ。この日記は、私にとってすごく大切なものだから。それに、表紙の方から書いていたのに急に後ろから書くなんておかしいでしょ」
「それはそうだけど、じゃあ誰が?」
「湊音とか?」
「俺じゃないよ」
「だよねー」
二人で、うーんと唸りながら頭を抱える。そんな光景は、俺には見覚えがあった。望月さんの持っていた、小雪の白紙の日記が増えていくときにもこうやって二人で頭を悩ませた。その状況と同じだった。とりあえず、分からないことは考えてもしかたないので、書かれた内容を読む。
6月9日。
私は、何であんな事を言ってしまったんだろう。
迷惑をかけるだけだってわかってた。わかっていたのに私の口は勝手に動いていた。
あれが最後の会話になるかもしれなかったのに。神様、いや誰でも良いから助けてください…
こんな最後なんて嫌だよ…湊音くん。全部私のせいだ。ごめんなさい…。
「小雪、これ読んだか…?」
そのページを読み終えた俺は、すかさず小雪にそう問いかける。
「怖くって湊音と一緒に読もうと思っていたから読んでないよ」
「読んでみて」
そう言って、小雪が読みやすいように日記の向きを変える。
俺の手は、最後の文字を読んでから汗でびっしょりで、日記のページに汗が少し滲んでいた。
「え、なに、これ。最後、湊音って書いてあるけど…」
「これ、本当に小雪が書いたわけではないんだよな?」
「うん。本当に私じゃないよ」
小雪は、とぼけている感じはなく本当に知らないという顔をしていた。そもそも、小雪は嘘をつくタイプではない事をずっと近くにいる俺が一番知っている。俺の名前を知っているということは、イタズラでもないだろう。
それにあの内容。助けてとか、最後とか、まるで俺が死んだみたいな言い方だった。俺は、全然元気で今ここに座っている。
さっきからその日記の内容に対する恐怖で、冷汗が止まらない。
俺でも、小雪でもない。じゃあ誰が書いたんだ…。
俺が死ぬ?あの内容、どういう意味だ…。なんだ、本当に。ほんとうに…。
「もうやめよう!」
小雪がそう言って、日記を鞄にしまう。鞄を持った小雪が隣に席を移して、俺は優しく抱きしめられる。
「ごめんね。怖かったよね」
小雪に背中を撫でられ、呼吸が落ち着いてくる。
俺は軽いパニックになっていたことに気づいていなかった。呼吸が落ち着いてきた今でも少し息苦しい。
思い出の日記は、一気に恐怖の対象に変わった。
「お家、帰ろっか」
そう言って、小雪に肩を預けて席から立つ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。」
「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」
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