第30話 8月1日。
7
8月1日。
目が覚める。いつも聞こえてくる耳障りな音が鳴っていないことに気づいて、ベッド近くにある置き時計を恐る恐る手に取る。
時計は、12時を回っていた。どうやら俺は、寝坊したらしい。原因は、昨日夜遅くまで起きていたからだろう。
日付を確認するために、スマホを手に取って電源ボタンを押すが、一向に反応を示さないので電池切れだ。俺はいつになったら、充電を忘れないで済むのだろう。まあ、昨日が5月最後の日だったので今日は6月1日のはずだ。
重い体をベッドからゆっくり起こす。俺は、基本的に遅刻したら潔くゆっくり準備するタイプだ。
どっちにしろ学校に行く足取りはすごく重かった。望月さんに合わせる顔がないからだ。俺は、これから望月さんとどう接していけば良いのだろう。身勝手な理由で傷つけたのだ、望月さんも俺の顔を見たくないと思う。
でも、学校を休むわけにはいけない。とりあえず外に出てから考えよう。
外に出ると、俺の心を表すように今までにないくらい雨が降っていた。傘を持ってマンションのフロントを出ると、路上は少し浸水していた。それに6月なのになんだかやけに蒸し暑い気がする。
靴の中が雨でぐしょぐしょになりながらも駅に到着して、電車に乗り込む。
こんな雨の中だから、電車が運行していないと思っていたが通常運転だったのでよかった。こんな雨の中歩くなんて勘弁だ。
電車の中では特にやることがないので、電光掲示板のお天気コーナーがやっているニュースを無心で眺める。
『今日も全国的に猛烈な雨が降り続いています。5月上旬から3ヶ月連続で降水を観測しており、日本では降水連続日数を更新し続けています。気象庁によりますと、雲が異例の動きを見せており今後の天気も予想できない状態とのことです。お出かけの際は、傘を常に持参しておくと良いでしょう。』
お天気コーナーでは、そんな報道がされていた。
雨が3ヶ月連続で降っていると言ったか?。確かに今日はすごい雨だが、昨日は晴れていたはずだ。
とにかく、今日はすごい雨が続くということらしい。天気は仕方のないことだが、こんな暗い気持ちの中に雨だと、気持ちがもっと沈んでしまう。そんな土砂降りの中電車に揺られて数分、河口湖駅に到着した。
結局、望月さんと会った時に何を言うかを考えていたがいい案は浮かばなかった。もう合わせる顔がない。
遅刻をしていてスクールバスが出ていないので、河口湖駅から学校までを土砂降りの中歩く。
雨の下を歩き、学校に到着したがなぜか校門が閉められていた。開けようと試みたが施錠されていてびくともしない。
そんな中、昨日の詩乃と叶翔との屋上での会話を思い出した。今日、6月1日は創立記念日で学校が休みだったのだ。
休みの日に学校に来てしまうなんて本当についていない。
「はぁ、帰ろ」
そう独り言を漏らし、来た道を引き返す。
靴の中はびしょ濡れだし、雨は横殴りに降っていて服も濡れていて、今日はとことんついてない。
学校前のこの坂道を歩いていると、たくさんの謎で絶望していた俺に何も言わずに寄り添ってくれた望月さんの思い出が蘇る。
望月さんには、たくさんもらっているのに俺は何も返していないどころか、傷つけてばかりだった。取り返しのつかないことをしてしまった。
今更、後悔が心にじわっと滲む。俺はどこまで愚かな人間なんだろうか。そんな俺を受け入れてくれたくれた人も、俺は裏切った。もう、戻れないことをした。なんであの時、あの小さく震えた背中を追わなかったんだ…
学校から河口湖駅までの道を、半分くらい歩いた頃だっただろうか、その出来事はなんの予兆もなく突然起こった。
「み、なと?」
レジ袋と傘が床に落ちる音と共に、自分の名前を呼ぶ声がして下を向いた顔を上げる。
目の前には、口を手で押さえてとても驚いた表情をした女の子が立っていた。
「嘘。湊音、湊音だよね」
その女の子の声は、少し震えていた。
「小雪なのか」
お互い状況を飲み込めず名前を呼び合う。小雪だ。そこには、正真正銘1ヶ月ぶりに小雪が目の前にいた。
「湊音」
「小雪」
お互い名前を呼び合って道の真ん中で抱き合う。
「本当に3ヶ月もどこ行ってたのよ…ばか」
小雪は、涙を流して嗚咽しながら嬉しそうな声でそう言った。
「小雪、ごめん、ごめんな」
俺も1ヶ月ぶりに小雪に会えて、涙が雨に混じりながら溢れる。
小雪だ、小雪だ…。
「本当よ。私、ずっと待ってたんだからね」
「俺も、俺もずっと小雪に会いたかった」
小雪への想いがあふれて抑えられなくなり、思わず少し強く抱きしめてしまう。
「ずっと会いたかった、寂しかったよ」
「ごめんな長い間寂しい思いをさせて」
「これからはもうどこにもいっちゃイヤ」
「ああ、もうどこにもいかない」
「もう、私の家で一緒に暮らすの。一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、一緒にお風呂も入るの。ずっとそばにいて」
「ああ、ずっと一緒だ。約束したもんな」
だめだ。
本当に小雪のことが好きで、好きで、愛おしくてたまらない。
さっきまでの気持ちは、小雪で完全に満たされていた。
「そうよ。約束したのやっぶちゃイヤ」
「そうだな。約束だもんな。でも、風呂はちょっと恥ずかしいな」
「ダメ。湊音はすぐどっか行くから、お風呂も一緒」
「返す言葉もありません。やばい。俺、今が一番幸せだ」
「私もすっごく幸せ。本当にもうどこにもいかないでね」
「うん…」
不思議なことに3ヶ月も降りつづけていた雨は、俺たちの再開を祝福するように晴れ渡り、太陽が俺たち2人を照らしていた。
そんな中、周りからたくさんの拍手が聞こえてくる。『ヒュー』と言う口笛も聞こえてくる。
小雪との再会が嬉しくて、道の真ん中で抱き合っていた俺たちは注目を集めてしまっていたみたいだ。
そんな恥ずかしいことでも、小雪と一緒ならなんでも笑い話に変わる。
小雪といると毎日が楽しくて、幸せに包まれた気分になる。
「ふふ」
「ぷ、あはは」
恥ずかしいながらも、おかしくて二人で顔を見合って笑う。
傘を畳んで、床に落ちたレジ袋の持ち手を二人で分け合って持つ。
「材料多めに買っておいてよかった」
「小雪の手料理初めてだ」
「きっと美味しすぎてびっくりするよ」
「それは楽しみだ」
俺たちの足は、自然と小雪の家に向かっていた。二人の家に帰るんだ。
これからはずっと一緒だ。
もう離れないと約束したんだから。
4章 Coming Soon...
1月7日。19:15 公開...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます