第28話 5月31日。「入れ替わりの条件」
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5月31日。
ということが1ヶ月前にあった。定期テストも終わり、今はもう5月が終わりを迎えようとしていた。
あれから、小雪は姿を一度も見せていない。二回同じ日が続くなどの不思議な現象も、最近はさっぱり起きなくなった。
1ヶ月も会っていなくて、小雪は怒っていないといいのだが…。
小雪が現れたり、いなくなったりする現象はいまだに謎だ。なぜ同じ空間を過ごしているのにも関わらず小雪とは会えないのだろうか。本当になんて弁明すればいいんだか。
望月さんの病気の検査も、解離症という珍しい病気だからか、あまり進捗は良くないみたいだ。
そして今は、屋上で詩乃と叶翔と昼飯を食べている。望月さんは、図書委員会の仕事で来られないということなので、今はいない。
「みなとっちはテストの結果どうだった?」
「確か、真ん中くらいだった気がする」
勉強していない割には、そこそこの順位が取れて満足だ。
「以外にやるじゃんか。勉強していなかったし、もっと下かと思ったよ」
おい失礼だな。自慢ではないが、俺は勉強していないのにテストができるから、地頭がいいとよく言われる。
「まさか、みなとっちー勉強しているのにしてないよーっていうやつ?」
続けて詩乃がいう。勉強していないと言って、高得点を取る輩がよくいるが、俺は本当に勉強していないパターンだ。
「本当に勉強はしていないよ。勉強は嫌いだ」
「だよね。みなとっちはいつもそんな感じだもんね」
「そう言う詩乃は、テストの結果どうだったんだ?」
そう詩乃に問いかける。
「え?私は、まあまあだったよ。まあまあ」
詩乃は口笛を吹くように、とぼけた顔をしている。
見るからに怪しい。
「詩乃、嘘はよくないよ」
「何言ってんの叶翔。う、嘘なんかじゃないよ」
「詩乃は、百八十…んー」
何か数字を言い出す前に、詩乃が叶翔の口を無理やり手で塞ぐ。
百八十って言いかけていたような。1学年の生徒数は、確か二百人くらいだった気がする。そうなると、相当悪かったのか。
「もう、この話は終わり。うるさい叶翔は、口チャックの刑です」
口を塞がれた叶翔がジタバタしている。こんなに暴れられるのは、人目につかない屋上のおかげだな。
俺たちの高校の屋上は、立ち入り禁止とかではないのだが、みんな何故か立ち入り禁止と思っているので、最近は俺たちの溜まり場になっている。
「そういえば、相談ってなんだ湊音?」
そんな中、詩乃の手をひっぺがして叶翔が今回の本題を切り出す。
「あ、そうだったな」
別の話をしていて、本題を忘れるところだった。
「今から話すことは、あくまでミステリー小説の話だと思ってくれ」
ご飯を食べながら、雑談程度に今回の本題について話し始める。
「ミステリー小説?。私、難しいのはわかんないよ?」
「まあ、とりあえず聞くだけ聞いてくれ。まず、この物語には二人の女の子が出てくるんだが、今回は詩乃aと詩乃bとしよう」
俺の言葉に直すと、詩乃aが望月さん、詩乃bが小雪だ。
ここからは、頭の中でそう解釈していこうと思う。
そう。これは小雪との出来事の話だ。名前をわざわざ変えるのは、望月さんと小雪ということを考慮しないで、先入観なく客観的な考えが欲しいからだ。俺だけの考えだと、思考が極端化している気がするのだ。何か大切なものを見落としている。そんな気がしてままならないのだ。
「なんで私!?。村人a、bみたいに言わないでよー」
そんな詩乃のリアクションをスルーして話を続ける。
「その二人は、見分けがつかないほど同じ見た目をしているんだけど、性格は全く違くて別人って感じなんだよ」
「それで、ニ人には不思議な関係性があるんだよ。望月さんが現れる時は、小雪が姿を突然消すんだ。逆も同じで、小雪が現れる時は、望月さんが姿を消すんだ。まるで、二人が入れ替わるみたいにね」
「ねー、みなとっちこの話難しくない?。私、もうギブアップする」
「だから俺も悩んでるんだろ?」
「あ、そっか。じゃあ、私も頑張って考えてみるね」
詩乃は、眉をへの字にしてまで頑張って考えてくれるみたいだ。叶翔は、最初から手を顎に当てて真剣に考えてくれている。
「それで、ニ人が入れ替わると、決まって同じ日が二回続くんだ」
「おんなじ日が二回?」
「例えば、小雪が現れた日が3日だとする、その次の日は4日のはずだろ?。でも、次の日望月さんが入れ替わるように現れて、3日がまた始まるんだ。それで、小雪が現れる時は、決まって不思議な現象が起こるんだ。主人公の姿が他の人から見えなくなったりするとか。でも、それとは逆に、望月さんが現れると不思議な現象がきっぱり起こらなくなるんだよ。だから同じ日が二回続くのも、小雪が発生条件なんじゃないかと思ってる」
「ある日小雪と公園に遊びに行ったんだ。当たり前だが、公園はいたって普通だった。そして次の日、望月さんが現れて同じ日が続いた。それで、たまたまその日に望月さんと同じ公園に、もう一回行ったんだ。そしたら、その公園は工事中で、望月さんと行った公園と、小雪と行った公園が別物だったんだ。日付が変わっていない、つまり時間が経っていないはずなのに公園の様子が違ったんだ。おかしな話だろ?」
「と、まあざっくりしてるがこんな話の小説なんだが、この二人の関係について何かわかることはないか?。俺はもうさっぱりなんだ」
これまでに起こった謎の中で、特に理解しきれていないものをまとめて話した。
小雪と俺の記憶の食い違いについては、当事者の俺たちがわからないのだから、他人に話しても解決は見込めないと思い割愛した。説明が曖昧なものばかりだが、今わかっていることがこの程度なので仕方がない。
「話を聞いた感じ、この小説の謎は小雪と望月さんが入れ替わるタイミングがカギになってくると思うんだ」
ずっと考え込んでいた叶翔が顔を上げてそう言う。
「入れ替わるタイミング?」
「そう。二人は入れ替わるように現れて、小雪の時だけ不思議なことが起こる。ということは、望月さんと小雪が入れ替わるタイミングに何かが起こっているんだよ。だから、小雪の時は謎が起こって、望月さんの時は起こらない」
なるほどな。確かに、何もしていないのに不思議な現象が起きるということはないはずだ。
要するに、望月さんと小雪が入れ替わるタイミングで、俺が何かトリガーを踏んでいて世界がおかしくなる。こんなイメージか。
「きっと、入れ替わるためには何かしらの条件があるんだ。その条件を満たすと、止まっていた小さい歯車が動き出すみたいに一気に周りが変わる。そういう意味で、入れ替わるタイミングが鍵ってこと。例えば、これをすると毎回入れ替わるとか、入れ替わる時の法則性みたいなものはないの?。何かわかるかも」
時計の歯車は、大きい歯車や小さい歯車をたくさん組み合わせて、その回転数で時間を正確に測る。
でもこの時計に、1つでも歯車を追加すると、歯車の回転数は変わり60分で針が1周するという計算は一気にくるってしまう。
叶翔は、こういうことがいいたいのだろう。俺が、何かのトリガーを踏んでしまい、動かないはずの歯車を動かしてしまった。だから、世界がおかしくなった。それにしても、法則性か…。
入れ替わった時のことを振り返る。普通に朝起きたら、もう入れ替わっていたよな…。あ、そうか…!
「二人が入れ替わるトリガー、それは睡眠だ。なんの前触れもなく、いつも朝起きたら入れ替わっていたはずだ。つまり、俺が寝ている時に2人の間に何かしらの作用が起きているってことか?」
「睡眠…。じゃあ、小雪との出来事は夢なんじゃないか?。やっぱり小雪がいると起こる不思議なことは、現実だと物理的に無理な話ばかりな気がするんだけど…。公園の話だって、小雪との出来事が夢だったとして現実じゃないとしたら、望月さんで公園が工事中だったということは、筋が通るんじゃないか?」
「いや、あれは夢じゃない。根拠はないけど、それだけは間違いないんだ」
俺も、夢の可能性が一番高いと思う。叶翔の言う通り、小雪との出来事が夢で現実になかったことなら筋が通ると言うのも納得だ。でも、毎回思うが夢にしては意識がはっきりしすぎている。この問題の中で一番可能性の高い『夢』ではないという確信があるからこそ、困っているのだ。
もし小雪との出来事が全て夢だったとしたら、神様はどこまで俺に天罰を与えれば気が済むのだろうか。
「それに、睡眠をとったからといって、入れ替わりが毎回起きるというわけではないんだよ。実際に、1ヶ月くらい入れ替わりは起きてないんだ」
「そうなんだ。不思議だな。でも、起床したら入れ替わりが起こっている状態ということは、少なくとも睡眠はトリガーで間違いないと思うんだ。1ヶ月も入れ替わりが起きていないとなると、睡眠ともう一つ何かトリガーが必要なのかもしれない」
「もう1つと言うと?」
「それは、俺もわからないかな。流石にお手上げ」
叶翔は、両手をあげて観念したような顔をしている。
「いや、これだけ分かったら十分だ。付き合ってくれてありがとう」
これまでの叶翔の考えをまとめるとこうだ。
小雪と望月さんが入れ替わるのには、法則性がある。それは、睡眠と何か。
この二つのトリガーを踏むと世界が何かしらの影響を受けて、二人は入れ替わる。
しかし、何かは今の段階だと不明。少なくとも、俺が睡眠をとっている間に二人が何らかの形で入れ替わっていると言う可能性が高い。確かに、この考えなら入れ替わりの条件としては納得がいく。しかし、公園の説明がつかない。公園は、二人が入れ替わったからといって公園があれほど違うのはおかしい。
二人が入れ替わっているというわけではないのか?。なんだが、さっきから根本的に考え方を間違えている気がする。
まあ、今回は入れ替わりの条件と、入れ替わるタイミングに何かが起こって、小雪が現れ、不思議なことが起こり始めるということがわかっただけでも収穫はあったと言える。さすが、叶翔だ。テスト上位10位は、頭のキレが違う。
でも逆にいうと、叶翔でもわからないということだ。はー、どうしようかな。
そんな時『キーンコン、カーンコン』とよく学校で聞くチャイムが、昼休みの終わりを告げる。
「よし、戻るか」
そう言って、みんなで屋上を後にする。結局詩乃は、俺たちの話についていけず、教室までずっと頭を抱えていた。
そして放課後は、望月さんと図書員会の仕事がある。また日記について聞いてみよう。
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