第22話 「そう、俺たちは昔とおんなじ」

   8


「い、今から!?」

この話は唐突に始まった。

「今以外いつがあるのよ?」

「ほら、明日とか。今日は、急すぎるだろ」

流石にいきなり言われても、心の準備ができていないので脳は行くか行かないかで低迷状態だ。

「急って、行って帰ってくるだけでしょ?。それに久しぶりに再開したから、もう一度二人で私たちの思い出の場所にいきたいな」

小雪は、真面目な顔でそう言った。

「わかったよ…。じゃあいくか」

渋々立ち上がる。記憶の入れ違いの謎については、今の情報では八方塞がり状態なので、行ってみる価値はあるか。

それに、俺も久しぶりに小雪とゆっくり話す機会が欲しかった。

3年間も離れ離れだったのだ。小雪も、久しぶりに昔のように思う存分はしゃぎたいのだと思う。

「うん!。湊音は、相変わらずちょろいねー」

優しくしてあげたらすぐ調子に乗る。 でも、これも小雪なりの優しさだ。小雪はいつも場を賑やかにしてくれた。

俺は、そんな小雪と遊ぶのが好きだった。

「おい」

「きゃー、怖い怖いー」

小雪は逃げるように、寝室に出かける準備をしにいった。昔から変わらず、元気な子だな。

そうして、出かける準備をした俺たちは、玄関の戸締りを入念に確認して家を出る。

思い出の八木崎公園行きのバスは、河口湖駅から乗車できるため二人で駅に向かう。

八木崎公園は、ここから少し離れた場所にありバスで1時間20分ほどで行くことができ、なかなかの長旅だ。


そして、数分歩いて河口湖駅に到着。

「ちょっとトイレ行ってくるな」

バス停でバスを待っている間にそう切り出す。

「うん。行ってらっしゃい」

まあ、トイレに行くというのは嘘だ。少し確認したいことがあった。

俺の仮説が正しければ、最近起こっていた謎の原因がわかるかもしれない。

俺はトイレに向かうふりをして、お馴染みの駅弁売り場に向かう。

「すみません。この豚味噌焼き弁当を1つください」

一回目の2日の時と同じように、店員さんにそう注文する。一言一句、声の大きさまであの時と同じにする。

しかし、店員さんは一向に反応を示さなかった。やはり、俺の姿は見えていない様子だった。

「だよな」

そう呟いて、バス停に戻るため駅構内を歩きながらこのことについて考える。

やはり、俺の仮説は正しいのかも知れない。どちらかというと、仮説というか憶測に近い。

俺の姿が、小雪とマスターの人以外に見えていないこと。学校で俺の席がないこと、望月さんや詩乃、叶翔が突然姿を消すこと。

この謎が発生するときは、毎回立て続けに起こっていて、発生頻度はとても極端だった。

だから俺は、この謎に法則性があるのではないかと考えていたが、今の店員さんの反応でなんとなく確証がついた。

この2つの謎が起こるときは、必ず小雪が突然現れるときだ。

まず、初めてこの謎が起こった時。一回目の2日の話だ。学校に行くとお馴染みの3人がいなくなって、入れ替わるように小雪が現れ、俺の姿は他の人には見えていない状態だった。

そして今日。望月さんの家に向かうと、そこには小雪がいた。つまり、望月さんが消えて小雪が代わりに現れた。

そして、店員さんは俺の姿が見えていない。どちらも、小雪が現れた日に不思議な現象が立て続けに起こっていた。

対して望月さんのいる日は、この現象は起こらなかった。つまり、この現象が起こっているのは、小雪が原因の可能性が高い。

しかし、あくまでこれは憶測の話だ。小雪が現れる日に、たまたまこの謎が発生しているという可能性もある。

まだ、小雪と再開して二回目ということもあり情報が少ないのは確かだ。でも、解決への第一歩を踏み出せたことは憶測でも良いことだ。原因はまだわからないが、発生条件がわかっただけでも大きな一歩だと思う。

小雪と会う回数が増えれば、憶測から確証にも変わっていくと思う。気長に付き合っていこう。

でも、なんで小雪が現れるとこの謎が起こるんだろう。


少し引っかかる節があったが、駅での用事を済ませてバス停に戻ると、ちょうど公園行きのバスが到着していて、バスの前で小雪が小さく手招きをしていた。このバスは、2時間に1回しか来ないバスなのでこんなにも速く着くのはラッキーだ。

一番後ろの席に二人で乗り込む。小雪は、俺とピッタリとくっつくように隣に座る。

バスの車内からは、河口湖と富士山が綺麗に見え、その景色に見惚れて、二人して景色をぼーっと眺める。

家から河口湖は見えないので、この景色を見るとおのずと昔の記憶が蘇ってくる。大切な記憶だ。

「楽しみだね」

景色を眺めながら小雪が言う。

「そうだな」

このどこまでも広がっているような河口湖を見ると、3年前、日に照らされてキラキラとした水面をを横目に、公園で二人でかけっこをしたことを思い出す。あの時は、景色など気にせず無我夢中に走っていた。

でも、今は二人共、景色の虜になっている。俺たちも、成長しているのだなと実感が湧く。

「変わっていないと良いね」

「そうだな。俺たちの思い出だからな」

昔に遊んだ思い出のある公園だ。馴染みある景色が変わってしまうのは悲しい。

「湊音、何しんみりした顔してんの」

小雪が、イタズラっぽい表情をして、俺の顔を突いてくる。

「し、してないよ」

なんだか公園に行くだけなのに、緊張してきた。


そうして、綺麗な景色を横目にバスに揺られて約1時間。ようやく俺たちは、思い出の地、八木崎公園に到着した。

バスが目的の場所につき会計を済ませるなり、小雪は出口から飛び出すようにバスから下車する。

「湊音、早くー」

小雪が離れたところで、バスから下車したばかりの俺に、こちらに来るよう手を大きく振っている

「はいはい。今行くから」

小雪に聞こえるように、少し大きな声でそう言う。俺はバスを後にして、思い出の地に踏み込む。

その地で歩みを進めるたびに、胸が熱くなるような感動を覚える。

ここは普通のどこにでもあるような公園。でも、俺たちにとっては特別で大切な思い出の詰まった公園。

成長した今でも、訪れるだけで自然と笑みが溢れる、そんな場所だ。

そんな3年ぶりの公園は、時が止まったかのように昔と変わっていなかった。子供と犬を連れた夫婦が楽しそうにピックニックをしていたり、川沿いを老夫婦が会話をしながらゆったりと歩いていたり、この公園は幸せな空気に包まれて、時間がゆっくり進んでいるように感じる。

ここに帰ってくると、そんな俺たちの時間も昔から止まっていたかのように、楽しかった感覚が蘇ってくる。

俺は、離れたところにいる小雪を、昔のように小走りで追いかける。辺りを見回すと、昔と変わらず芝が綺麗に整えられた草原が広がっている。そしてその奥には、どこまでも続いているかのように広がる大きな河口湖と青空の上まで聳え立つ美しい富士。

「うわー湊音ー」

そんな美しい景色を見ながら小雪を追いかけ走っていると、突然こちらに向かって小雪が走ってくる。

小雪が走る勢い任せて優しくぶつかってきて、二人して被さるように『バタン』と芝の上に倒れ込む。

「う、重い」

「あー、女の子に重いってなによ」

「昔はそんなこと言わなかったのに、体重気にしているんだからね」

小雪は、比較的にスタイルが良い方だと思う。でも、昔にはなかったものが成長していて、ずっしりと体に乗っかっていて重い。

上に被さる小雪を隣に転がすようにどけて、手を広げながら、横並びにふわふわの羽毛のような草原に寝転ぶ。

「ふふ」

「なんで笑ってんだ?」

「いや、昔とおんなじだなって思ってさー。昔もこうして、ここでお昼寝したよね」

こんな光景も昔と変わらない。そう、昔と同じだ。3年経っても、小雪も俺も、この公園も。

「それで、二人とも夜まで寝てて警察の人にお世話になったよな。懐かしいな」

そんなこともいい思い出だ。

「本当、馬鹿なことばっかりやっていたよね」

「誰のせいだよ」

「私は悪くないわよ。だって、湊音ものりのりだったじゃん」

「そうだったか?」

「そうだよ、もう。でもさ、馬鹿だったけど、なんだかんだ全部楽しかったよね」

「そうだな。いい思い出だ…」

3年間疎遠になっていて、当たり前も当たり前のことじゃない幸せなことなのだとわかった。

こんな綺麗な青空も、小雪とみるとより美しく見える。これからも昔のように過ごして、小雪との時間を大切にしたいと思う。

もう何年も小雪が隣にいないのは耐えられないから。

「なにまたしんみりしているの。まだ終わってないでしょ。これからよ。これからも、思い出をたくさん作るの」

そう言いながら起き上がった小雪が、長い髪を耳にかけながらこちらに手を差し伸べてくる。

「ああ。これからもまたよろしくな」

手をとって立ち上がる。富士山から覗く夕日に照らされて、3年ぶりに再開した小雪と、昔とは違った青春の物語がまた始まったのだ。

「よーし、いつものとこでアイス食べて帰ろっか」

「お。あのアイスか。上手いんだよな」

「半分こね」

「いつもそう言っていっぱい食べるから、今回はきっちり測るからな」

「別にいいじゃんか少しくらい」

「だめだ。あそこのアイスは譲れん」

「湊音のケチ」

昔のように肩を軽くぶつけながら、隣り合わせで歩いてたわいのない話をする。こんな日常が、俺にとって幸せなんだ。

「あれ、今日何しにきたんだっけ?」

ふと何かを忘れている気がしてそう問いかける。

「ん?。忘れたけど、アイス食べにきたってことにしよう」

「ま、まあいいか」

まあ楽しかったからよしとしよう。そんなこんなで、小雪とのいつも通りの日常が3年の時を得て戻ってきたのであった。

そう、これからだ。

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