第19話 「不思議な日記」
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「湊音くん、何があったか聞いてもいいですか?」
お泊まりが決まってゆっくり雑談していた合間に、そう望月さんが聞いてくる。
「そうだよな。昨日まで普通だったのに急に様子がおかしくなって気になるよな」
俺は今日が2回目だが、望月さんは、俺と買い物をした次の日に俺の様子が突然おかしくなった訳だから気になるに決まっている。
「簡潔に言うと、昨日小雪にあった」
「え…昨日?」
望月さんは、驚いたというより困惑した顔をしていた。望月さんにとっての昨日は、初めて小雪のことを話した日でもある。そし2日は望月さんにとって、昨日のことなのだ。
「ということがあったんだよ。もう何が何だかわからん」
俺は、小雪と再会したこと、望月さんたちが消えたこと、姿が認識されないことなど、俺にとっての昨日のことを一通り話した。
「本当に昨日なのですか?。昨日は、確かに私と一緒でしたよね」
買い物に行ったのは、望月さんからしたら昨日。俺に取っては、一昨日なのだ。
「俺は、今日を2回体験しているんだ」
「2回って、え?」
不思議な顔で望月さんがいう。この反応をするのは当たり前だ。こんなことは現実ではあり得ないことだ。
「確かに2日に望月さんと買い物に行った。それは間違いない。そして昨日、朝起きて正常に3日が始まったと思った。そしたら、さっき話したたくさんの謎があって、今日起きたらまた3日だったわけだ」
望月さんは、こんな頭のおかしい話を真剣に聞いてくれた。普通だったらおかしな奴と揶揄されるところだが、俺が本気で悩んでいるのを見て、真面目に考えてくれる望月さんは本当に心の優しい人なのだと再認識する。
「同じ日が2回ですか…。すみません。私にも何が何だか」
「そうだよな。俺も同じ感じで困っているんだよな…」
2人して、頭を抱える。例のない出来事が起こっているから、わからないのも当然だ。そして解決策も原因もわからない。だからこそ、俺も困っているのだ。
「今思いつく可能性としては、夢だったとかですかね?」
望月さんが考え込んだ後そう言う。望月さんの考えは、的確に的を射ていると思う。
「いや、それはないと思う」
俺も、そう思った。小雪と再会できたのは、俺の空想の話なんじゃないかって。
「夢を見た次の日とかって、夢を見た事は覚えているけど内容までは覚えていない物だろ?。でも今回は、しっかり昨日のことを覚えているんだ。だから、夢ではないと思う」
とは言うものの、現実では起こり得ないことの連続で、夢の可能性が一番高いのは間違えなかった。
でも、それも違うとなるともう八方塞がり状態だ。
「では、いったい何なのでしょう…。私がいなくなったと言うのも不思議ですね。私は、確かにここに居るのに」
本人に聞いても、望月さんが消えた事はわからないという。
「そうだな」
みんながいなくなった事に、関しては叶翔、詩乃にも聞いてみよう。
「となると、3日の1回目を体験したのは俺だけということになるのか?」
望月さんは、1回目の3日のことは知らないし姿を現さなかった。
本人もそのことについては、身に覚えがないという。
「そうなりますね。漫画とかである、異世界に飛ばされたみたいな感じですね」
異世界に飛ばされた…。まさか、そんな事は現実にはないだろ。
それに、俺の通っている学校も富士山もしっかりあった。少なくとも異世界とかではないと思う。
そもそも、異世界という選択肢が生まれる時点で、この謎は非現実的な現象が起こっているという事だ。
「日記があればもっと詳しいことが分かりそうなんだが…」
そう呟くように言う。人間の短期的な記憶力では、全てを思い出す事は無理だ。
日記があれば詳細なこともわかっていたのに、現状ではざっくりとしか思い出せない。
「あ」
そんな時、俺のつぶやきを聞いて何かを思い出したように望月さんがソファーから突然立つ。
「そういえば、私も最近不思議なことがあったんです」
「不思議なこと?」
「はい。少し待っていてください持ってきます」
そう言って、望月さんは寝室に走って行った。
「これなんですけど」
何かをもって帰ってきた望月さんがそう言って、『望月小雪』と少し崩れた文字で名前の書かれたノートを手渡される。
「これは?」
「多分、日記だと思います」
多分?これは望月さんのものではないのか?ノートの名前記入欄には、望月小雪と書かれている。
「これは、望月さんの日記だよね?」
「いえ、私にもよくわからなくて」
「なぜかとても大切な物な気がして実家から持ってきたのですが、こんなノートを使っていた覚えはなくて、この名前も私は書いた覚えがないんです」
自分のものでも無いのになぜか大切とはどう言う意味だろうか。望月さん自身も、そのことを理解していないのか曖昧な表現をした。
俺は、謎の日記のページをペラペラとめくる。
その日記は、最初のページ以外白紙だった。何かを書いた痕跡があったが、消したような跡があるので誰かが消しゴムで消したのだと思う。とりあえず、最初のページの内容を読む。
2017 8月6日
今日から日記を書くことにしました。
暗い顔をしていた私に、お父さんが日記を書くといいと教えてくれました。
お父さんとお母さんは、今日も喧嘩をしています。引っ越した家も、もう嫌いになりそうです。
明日は、公園で友達を探しにいこうと思います。家にいるのはとても辛いです。 誰かに甘えたいよ…。
そんな、辛い日常が示された日記だった。
今が2020年だから3年前の日付だ。3年前と聞くと、小雪のことを思い出す。
ちょうど、俺と小雪があっていたのは3年前の中学1年生の夏の頃だ。それに、俺が小雪と初めて会った日は、この日記の次の日、8月7日だ。その日記は、まるで小雪の日常を綴った、そんな日記だった。
「このページは今日の朝、私が書いた物なんです。今まで日記の存在すら忘れていたのに、急に思い出したと言うか、なぜかこんな内容だったような気がして…」
「3年前って、望月さん記憶が戻ったのか!?」
望月さんは、3年前のことは何故か記憶がすっぽり抜けたように覚えていないと言っていたはずだ。
望月さんは、今日の朝、この日記を思い出したように書いたと言った。
この日記の内容。書かれているのは3年前の日付で、親が喧嘩しているということ。
そして、明日友達を探しにいくと書いてあって、この次の日に俺と出会った。小雪の置かれていた状況と同じだった。
正直俺は、望月さんは小雪と関係があるのではないかとまだ思っている。
望月さんと短いなりにも深く関わってきて、小雪とは性格もまったく別人だとわかっている。でも、名前も同じ、見た目も同じとなると、関係がない方がおかしいことだ。
望月さんは、小雪ではないのに疑っているのはすごく失礼なことだと思う。前までは小雪と会いたい、その一心で望月さんは小雪の失踪と何か関係があるのではと疑っていた。でも、今は小雪とも再開できて望月さんも俺にとってはもう大切な存在だ。
だから、心配なんだ。3年前の記憶だけがないことが。だから、小雪と望月さん二人の関係を知りたい。
何か、悩みがあるなら俺に頼って欲しいと。
「いえ、やっぱり3年前のことは何も思い出せないです。このページが書けたのも、本当になんとなくこんな内容な気がするだけです。でも、こんな事昔に書いた覚えがないんです」
望月さんは、『なんとなく』と曖昧な表現をする。望月さんも、現状のことを理解してないのだろう。
日記が書けたのは、記憶を思い出して書いた訳ではなくて、本当に無意識に書いた感じなのだと思う。
となると本当に、このノートは望月さんのものではないのだろう。じゃあ、なんで急に書けたのだろうか…
「謎だな」
「謎ですね」
現状わかっているのは、謎のノートの存在をいきなり思い出して、望月さんが最初のページに無意識に書き込みをしていた。
そして、内容は3年前のもの。今わかるのはこのくらいか…。考えるにしても情報が少なすぎだ。
「わからないものはしょうがない。次のページも、今回と同じで突然思い出すかもしれないしとりあえず様子を見てみよう」
「そうですね。このページの内容が、元の内容と同じものかもわからないですし…」
確かにそうだ。そもそもこの内容が、元の日記の内容と同じものなのかもわからない。この内容が、元の内容と同じというのもあくまで仮定でしかない。とういうことは、日記の内容が小雪の昔の話のようなのは、たまたまなのかも知れない。
でも、少なくとも望月さんの記憶が戻るかもしれない。今は、これだけで十分だった。
そんな中、望月さんが口を押さえて小さなあくびをする。リビングの壁にかけられた時計を見ると、二十三時を指していた。
思っていたより長時間話し込んでいたみたいで、望月さんは、とても眠そうに目を閉じたり開けたりしてウトウトしていた。
寝るのを我慢して、俺の問題について一緒に考えてくれていたらしい。望月さんの性格からして、眠いとはいえなかったのだと思う。日記に気を取られてそこまで配慮できていなかった。
望月さんは、いつも学校に早くきていたので、早寝早起きを心がけているのだろう。俺のせいで、睡眠不足にさせるわけにはさせない。この日記とは、ゆっくり接していくことにしよう。そう思った。
「ごめんね望月さん。付き合わせてしまって」
「眠かったよね」と付け足して、謝罪する。
「そんな、全然大丈夫ですよ。こちらこそ、力になれなくて申し訳ないです」
「いや、人に話す事ができてだいぶ心が楽になったよ。それに、望月さんが俺の問題を一緒に背負って、考えてくれた、その気持ちがすごく嬉しいんだ。今日はありがとう」
お昼の雨の下でのこと、落ち込んでいた俺を望月さんなりににぎやかな雰囲気で励ましてくれたこと。
今日のことを心から感謝をする。
「本当によかったです」
望月さんは、とても安堵したような慈愛に満ちた顔でそう一言だけ言った。
「よし。今日も疲れたし寝るか」
「そうですね。私も頭をたくさん使って疲れました」
望月さんは、ふらふらとソファーから立ち上がり背伸びをしながらそう言う。
二人並んで洗面台で、歯を磨く。鏡に写った望月さんは、目が閉じているのか空いているのかわからないくらい眠そうな目で歯磨きをしていた。
お互い歯を磨き終えて、洗面所のドアを開けて外に出ようとすると、望月さんは、鏡の前で立ち尽くして動こうとしない様子だった。
「望月さん?」
呼びかけても『ん?』と言う反応だけで、寝ぼけた感じだ。やっぱり大丈夫ではないくらい眠そうだ。
「ほーら、行くよ」
夜遅くまで付き合わせた俺の責任でもあるので、望月さんの手を引っ張って洗面所を後にして、寝室に望月さんを引っ張って連れて行く。
「ほら、望月さん寝室だよ」
「ん?、ん?。みにゃとくん~」
寝ぼけて、俺の言葉は脳まで届いていなさそうだ。
「俺はソファーで寝るから、手を離して欲しいのだけど…」
「ん?。だめでふ。湊音くんも一緒にベッドで寝ましょ」
「いや、俺はソファーで寝るってば」
そう言って望月さんの手を振り解こうと、腕を軽く振る。
「逃しませんよー」
そう言って、望月さんが抱きついてきた。
「ちょいちょい、寝ぼけすぎですよ望月さん」
胸が、胸ががっつり当たってますから。寝ぼけているのか、俺の羞恥心などお構いなしの甘えモードだ。
「ん?、かんねんしなしゃい」
「わかったから。寝る、ベッドで寝るから」
ベッドと言っても、別に寝るだけだ。意識しなければ普通の寝具だ。そう自分に言い聞かせる。
「わかったのならいいのでふ」
そう言って、望月さんは俺を抱きしめるのをやめて、腕にしがみついてくる。抱き着くのはやめないらしい。
もう、腕なら別にいいか。寝ぼけているから多分何を言っても甘えモードは治らなそうだ。
二人で布団に潜り込む。布団の中は、望月さんの匂いでいっぱいだ。なんだか、花の良い匂いがして眠くなってくるな…。
「じゃあ、電気消すよ」
そう問いかけた時には、望月さんは既に『すぅー、すぅー』と可愛らしい寝息をたてていた。
「湊音くん、わたしはここにいますよ…。甘えて良いんですよ。頑張りまし…」
寝言で何か言っている。
「望月さん、いつもありがとう」
望月さんの頭を撫でながら、いつも気恥ずかしくて言えない言葉を伝える。そんな望月さんは、なんだかとても心地の良さそうな顔をしている気がした。すやすやと気持ちよさそうに寝ている望月さんを見ていると、俺も眠くなって瞼が落ちてきて、目を閉じる。そんなこんなで色々あったが、2回目の3日はとても幸せなまま幕を閉じた。
5月4日。
そして次の日の朝。
目を覚ますと、天井そして周りの風景が、昨夜最後に見たものとは違った。周りをよく見渡すとそこは俺の寝室だった。
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