第18話 「いつもとは違った君も可愛かったな」

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それから、望月さんに手を握られながら連れられ、今俺は、望月さんの家の風呂場にいる。

「望月さん、自分でできるってば」

「ダメです。湊音くんは適当にやるから体が冷えてしまいます。風邪をひいたら大変です」

背中を丁寧にタオルで洗われる。

今回は、前回と違って腰にタオルを巻いて望月さんは服を着て電気もつけている。

俺は、しっかり拒否した。でも、望月さんが「洗いたい洗いたい」と駄々をこね始めたので仕方なく一緒に入っている。

なぜこんなにも一緒に入りたがるのか理解不能だ。

まぁ、俺は別にいいのだが、その、男女的によくないから拒否している。

「お腹も洗ってあげます、こっち向いてください」

背中を洗い終えた望月さんがそう言う。

「いや、それは自分でやるから」

「背中も洗ったのに、お腹を洗っていないと違和感があります」

何だその理由は。洗いたいがために適当なことを言うな。

望月さんに、体の向きを無理やり変えられそうになる。やばいやばい。

「本当に大丈夫だから!」

そう言って、ドアを開けて望月さんを猫の首を掴むように風呂場から追い出す。

そして『ガチャ』と入ってこられないように鍵を閉める。

「何でですか?。これくらい、いいじゃないですかー」

ドア越しに声が聞こえるが無視無視。

最近の望月さんは天然が増して来て、より大胆で困る。もはや、天然なのかわざとなのか分からなくなってきた。

「湊音くんのケチ」

そう言って、望月さんは脱衣所から出ていった。

俺も思春期の男だ。流石に、可愛い女の子とお風呂に入って意識しないのは難しい。

それに、今前を向くのは男の諸事情でちょっと無理だ。これがバレていたら友達では無くなるところだった。いろんな意味で。


そうして、雨で冷えていた体が温まり、満足して風呂から上がる。

脱衣所には、丁寧に着替えの衣服が畳まれて置いてあったが、これ望月さんの服じゃないか?

畳んであった服を持ち上げて開くと、ピンク色のもこもこの女性用の服だった。いや、これはちょっと…。

望月さんの肌に触れていた服なんて恥ずかしくて着られるわけない。

それに、望月さんはこの服を俺が着ても良いということなのだろうか。

頭ではこの服を着る事を拒否しているのに、俺は無意識に匂いを嗅いでしまう。

フローラルな女の子らしい望月さんの匂いがする。

すんすん、すんすん。って、何やっているんだ俺は。変態か。

流石にこの服は着られないのでバスタオルを体に巻いて脱衣所を後にする。

「望月さん、お風呂空いたよ」

ソファーで、テレビを見ている望月さんに話しかける。

「はーい。では、次は私が入りますねって、何で用意しておいた服を着てないのですか!」

「何でって、流石に女の子の服は着られないだろ」

「私は、湊音くんなら別に大丈夫ですよ」

「望月さんが良くても、俺が恥ずかしいだろ…」

「それに…」

「それに?」

「パンツないから、ズボン履けないだろ…」

その光景を想像したのか、望月さんの顔がみるみる赤くなっていく。

「あ…そ、そうでしたね。お風呂行ってきます」

『バン』と、脱衣所の扉が勢いよく閉まる音が部屋に響き渡る。

「変なこと言わせないでくれよ…。これじゃあ、俺が誘っているみたいじゃないか…」

望月さんには、俺も男だとわかって欲しい。望月さんは女の子だから、丁重に扱いたい。

俺のことを信用してくれているのは嬉しいが、危機感がなさすぎると思う。

そんなことを考えつつ、ソファーに腰掛ける。

それにしても、すごい雨だな。そんな事を呑気に考えつつ、外をぼんやりと眺める。

その瞬間『ドン!』という大きい音が轟く。

外では、雷が空を切り裂くように落ちていた。それと同時に、風呂場から叫ぶ声が聞こえる。

「きゃーー湊音くん、湊音くん」

リビングには、『お、お、お風、お風呂が呼んでいます』という電子音楽が鳴り響く。そんなにボタンを連打しなくとも、行くから安心してくれ。

「わかったわかった。今行くから」

急いで脱衣所に向かう。

「どうしたの!?望月さん」

扉を開けた瞬間、タオルを巻いた望月さんが抱きついてくる。

「えーん。湊音くん。湊音くん」

ちょいちょいちょい。それは、刺激が強すぎるってば。

望月さんに、覆いかぶられるように床に倒れる。

バスタオル1枚同士の男女が、床に倒れて抱き合っている状態だ。

薄い布1枚越しに、何かとは言わないがむにむにと俺の胸部に当たってくる。

これは、流石にいろいろとまずい。男女的にも、俺の息子的にもだ。

「ちょ、ちょっと望月さん。これは流石にまずいよ。離れてくれ」

無理やり剥がそうと望月さんの肩を押すが、力強く抱きしめられて全然離れない。

「雷、雷苦手なんです…。次、雷がいつ来るかわからないからこうしてないと無理だよー」

情けない声で言っても、ダメなものはダメだ。

「わかった。お願いだから、一旦離れてくれ」

望月さんがパニック状態で揉みくちゃになり、バスタオルがはだけた場所の体温が直に伝わってくる。

「わかった、脱衣所にずっといるから、それでもう怖くないでしょ?」

落ち着いたのか、望月さんが俺から体を離す。

「ほ、ほんとうですか…?」

鼻を啜りながらそう聞いてくる。

「本当だよ。だから安心して」

「一緒にお風呂…」

「え?」

「一緒にお風呂入ってくれないと、怖いです」

「そ、それはちょっと…」

いつもは電気を消して風呂に入る望月さんだが、雷の予兆があり怖かったのか、今日は電気がついていた。

真っ暗ならまだしも、電気がついていて体が良く見える状態で一緒に入るのは理性の問題的に無理だ。

「湊音くんは、か弱い女の子を雷の中、1人お風呂に残していくって言うんですか?」

珍しく好戦的だ。今の望月さんは、一緒に風呂に入りたいとかではなく、単に雷が怖い感じだった。

「そ、そうだ。じゃあ、風呂のドアを開けておいたら、俺の姿も見えるし安心だろ?。これでどう?」

「ま、まあ、それなら」

そう言って、望月さんは浴槽に戻っていく。

とりあえず一緒に入るのは回避できたみたいだ。

「ずっとそこに、いてくださいね…」

「いるよ」

その時、また雷が空を駆ける音が鳴る。

「きゃー」

どれだけ雷が、苦手なんだ。昔、雷にでも打たれたのだろうか。

そのくらいに、望月さんの大きな声が浴槽に響く。

「湊音くん、湊音くん怖いです」

「いるから大丈夫」

「やっぱり、無理です…」

そう言って、大きな水の音とともに望月さんが浴槽から上がる。

「も、もうお風呂は諦めます」

「そうか?じゃあ、俺は先に戻っているね」

任務は達成した。脱衣所のドアを開けて、後にしようとした時後ろから腕を掴まれる。

「着替え終わるまで一緒にいてほしいです。その、やっぱり怖いので…」

「わかったよ。特別な」

いつもは、俺が甘えてばかりだから今日はとことん付き合あうことにしよう。理性が持つ範囲でだが。

でも、いつもは甘やかし上手な望月さんだけど、たまにはこういう女の子らしいのもいいなと思う。

「じゃあ、俺は、後ろ向いておくから」

「は、はい…」 

望月さんが、恥ずかしそうに返事をする。

「じゃ、じゃあ、着替えますね」

そんな報告を聞いて心臓の音が早くなる。バスタオルが床に落ちる音が聞こえる。すぐに後ろで布の擦れる音がしだす。

俺の後ろで、望月さんが着替えている。不覚にもそんな想像をしてしまって、心臓の音が自分でも聞こえるくらいにうるさくなる。

脱衣所には、雨の音と布の擦れる音を掻き消すくらいに俺の心臓の音が響いていた。

「着替え終わりました。もうこっちも向いても大丈夫です」

振り返ると望月さんは、白色のモコモコのパーカを見に纏っていた。なんとも、望月さんらしい清楚で可愛らしい感じだ。

そんな望月さんの顔は、白の服で真っ赤なのがより目立っていた。

「じゃあ、先出てるな」

そう返事して、真っ先に脱衣所を後にする。

多分、俺も人のことが言えないくらいに顔は赤いと思う。ドクドクと心臓がうるさい。

不覚にも、先ほど見た望月さんのバスタオル姿が頭によぎる。そのくらいに、今の数分の出来事が脳裏に刻み込まれるように離れなくなっていた。

望月さん、抱き着くとか無意識でそういうことをするのは程々にしてくれ…。

でも、そんな賑やかな雰囲気に、今までの暗い気持ちは澄み渡るように晴れた気がした。


「すごくおいしかったよ」

そうして風呂からあがった俺は、望月さんが作ってくれた手料理を綺麗に食べきった。

生姜焼きは、豚に味がよく染み込んでいてお店に負けないくらい美味しいもので、味噌汁も、やっこ豆腐も、とにかく全部美味しかった。

「ふふ、それはよかったです。お腹いっぱいになりましたか?」

「うん。大満足だよ」

望月さんは、料理が得意みたいだ。全ての品を堪能させてもらい、食器を洗い場にもっていって望月さんと共同で洗う。

「望月さん」

食器を拭きながら、水洗いをしている望月さんに話しかける。

「ん?どうしましたか」

「今日さ、俺の服は濡れていて着られないじゃないですか…」

「確かに、乾燥機も壊れていますし着られないですね」

「このパジャマだと、恥ずかしくて外には出られないじゃないですか…」

「確かに、ピンクでモコモコな可愛いパジャマだと恥ずかしいですね」

「それでさ、今日どうすればいいと思いますかね…」

目的を濁して、回りくどい言い方をする。

「どうすればいいですかね?」

望月さんは、どうすればいいか分かっているのに意地悪でそう聞いてくる。

高校生男女にとって、泊まりとは特別な存在だ。お互いが「泊まり」という言葉を意識して、意地でも言わない戦いになる。

「望月さん宅を、日帰り旅行してもよろしいでしょうか」

泊まっていいかと聞くのは恥ずかしいので変な言い方をする。

「服が乾いてないのなら、仕方がないですよね。では、お泊まりということで…」

服が乾いてないのなら泊まるしかないよな….別にやましい気持ちとかでは決してない。

「ちなみに、あの歯ブラシセットって、俺用の物という認識で大丈夫ですかね?」

近くに置いてあった、お泊まりセットと書かれた商品について聞く。

「あ、あれは、私が使おうかなと思っていた物なのですけど、急遽お泊まりになったので湊音くんに差し上げますね」

意地でも、お泊まり会を意識して買ったものとは認めないらしい。多分、俺が泊まっていいか聞かなくとも望月さんからこの話を切り出していたと思う。その後は、二人恥ずかしさで俯きながら食器を淡々と洗った。そんなお泊まりが決まった二人の間には、なんとも言えない変な空気が流れていたのだった。

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