第17話 「人って暖かいんだなって」
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5月3日、十三時。
スマホの画面にはそう表示されている。
今俺は、富士山駅から電車に乗り込み学校の最寄りの河口湖駅に向かっている。
しかし、電車の走行音は愚か、雨音すら聞こえなかった。それほどに頭は混乱していた。
今朝、また一つ謎が増えた。3日がもう一度始まったのだ。ちなみに、俺の頭は正常だ。
昨日、3日は波乱の一日だった事を脳は鮮明に記憶している。そして睡眠をとり、確かに3日は終わりを迎えたはずだった。
しかし、今日の朝起きると、また3日がスタートした。さらに、昨日書いた日記はまっさらに消えていた。
これで何個目の謎かわからないほど考えることが多い。頭の中は、洗濯機みたいに謎と謎がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
しかし、今回ばかりは本当にどうしようもない。原因を探すことも、なぜ起こったかを考えることすら馬鹿らしいほどありえない現象が目の前に起きていた。際限なく前に進み続けている時間が巻き戻ったのだ。
いや、もう考えてもわからないことはしょうがない。
3日は、確かにもう始まっている。確定したことはどうやっても覆しようがないのだ。もう、ほんとに嫌になる。解決しないままどんどん謎が増えていく。でも、逃げだしたい気持ちは山々だがやるしかないのだ。とりあえず、今はすぐに解決できることに集中して1つずつ謎を解明していくのが現実的だ。今は小雪と会うのが最優先だ。
河口湖駅に到着した俺は、学校までの道のりを歩き出す。
そして学校に着いたのは十四時ごろだった。
下駄箱で靴を履き替え、廊下を歩き教室のドアの前に立つ。どうせ俺の姿は見えない。そう思い何の抵抗もなくドアを開ける。
「小雪いるか?」
教室のドア付近から、小雪を呼ぶ。
「おい、矢野遅刻だぞ」
先生が、そう話しかけてきた…。見えないはずの俺に。
「え…」
俺は、予想のしていなかった出来事に、唖然として棒立ちになる。
「突っ立ってないで、早く座れ」
担任の先生が、俺にそう言う。クラスメイトは、全員こっちに注目している。
昨日は、全員俺のことが見えていなかったよな…。
見えたり見えなかったり。1つ、2つ、3つと、どんどん謎が押し寄せてくる。もう、何なんだよ…。
その時、ほつれながらも細く繋がっていた糸が『ブチン』と俺の中で切れる音がした。
「もう、訳わかんねーよ!」
俺は、そう叫んでバックを置きっぱなしにして教室を飛び出す。
「おい矢野!」
教室からは、先生の呼び止める声が聞こえるが、そんな声も無視して廊下を走る。
そのまま何も考えず学校を飛び出して、傘も刺さずに雨の中一心不乱に走る。何で見えているんだよ。昨日までは見えてなかっただろ。
また謎が1つ増える。でも、もうそんなのどうでもよかった。見えることは嬉しいはずなのに、今は全然嬉しくなかった。
最低な自分、環境の変化、訳のわからない現象。そんなたくさんの謎に心は疲弊しきっていた。
たった一日の出来事かもしれない。でも俺は沢山のことに悩まされて、絶望と疲れでもうボロボロだった。
やるしかないのは重々理解している。でも、脳ではそうわかっているが心はそんなに簡単なものではない。
何もかもに絶望した俺は、何もない道の真ん中に立ち尽くす。雨はそんな俺のことなど気にせず、理不尽にぶつかってくる。この目の水が涙なのか、雨なのかもうわからない。
「湊音くん、湊音くん!」
そんな中、俺の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返る。小雪が傘も刺さずにこちらに向かって走ってくる。
俺はそんな小雪のことを無視して、頭を向き直してゆっくり歩き続ける。俺を追うように後ろから「ぴちゃぴちゃ」と地面を強く蹴る音が聞こえる。
音が近くなって腕を掴まれる。俺は、そんなことも無視して目的もなく歩き続ける。もう疲れた、何も考えたく無かった。
「ねえ、湊音くんってば。待ってどうしたの」
呼び止められて手を強く引っ張られる。
「ごめんな小雪…。最低な俺ででごめん…。でも、もう疲れたんだよ…」
消えそうな声でそう言いながら、掴まれた手を振り解くように振る。
「辛かったよね湊音くん」
次の瞬間、雨で冷たかった背中が体温であたたかくなるのを感じた。
後ろから優しく抱きしめられ、思わず歩みを止める。
「今日の湊音くん、私と初めて2人で話した時と同じ顔してた。酷く悲しい顔」
望月さんだ…。
「私は、湊音くんに何があったのかわからない。でも、何か辛いことがあったんだよね」
抱きしめる力が強くなるのを感じる。
「辛かったよね。すごい頑張った。もう、休んでいいんだよ」
そんな優しい言葉、今の俺には不相応だ…
「俺は…何も頑張っていない。何もできていない。何も解決できていない」
「結局俺は、最初からわからないと思い込んで、考えることを放棄していただけじゃないか。責任を、起こった謎に押し付けてた。時間が解決してくれるって逃げる道を必死に探していただけだ」
雨の音と、俺の大きな声が道路に響き渡る。
「そんなことないよ。逃げてもいいんだよ」
「逃げてきた結果が、このざまだ。どんどん謎が積み重なってもうわけがわからない。何も解決できてないのは全部自分自身のせいだ…」
そうだ。
俺は、解決するふりをして逃げていただけじゃないか。
俺は、解決しようとしているんだ。頑張っているふりをして自分をいいように解釈していただけだ。俺が、全部悪いんだ…。
「湊音くんは、頑張ったよ」
そう言いながら、望月さんは、俺を胸で優しく抱くように抱きしめる。
俺は、されるがまま望月さんの胸に頭を預ける。望月さんの胸からは『ドクドク』と心臓の音が聞こえる。
「よしよし。本当にがんばりました」
抱きしめられながら、頭を優しく撫でられる。その言葉を聞いた瞬間、今までの心の傷が洗い流されて救われた気がした。望月さんは、これまでの俺を優しく包み込むように認めてくれた。
「頑張った」それは、今一番言われたかった言葉だった。
そうだ。俺は、誰かに頑張っているって認めて欲しかったんだ。
頑張った振りをしていたかもしれない。でも、この辛さをわかって欲しかった。
「一人で辛かったよね。今は、私がずっとそばにいるから甘えていいんだよ」
誰にも助けを求めることができない。そんな状況で、一人で戦ってきた。
「ずっと1人で怖かったよ…」
泣きながら情けない声を出して、望月さんを強く抱きしめ返す。
「頑張った。本当にがんばったよ」
望月さんは、それ以外何も言わなかった。初めて会った時のように、背中をやさしくさすられる。
ボロボロの心が、望月さんの優しさで包み込まれるように治っていく。
雨の中、誰もいない道で2人抱きしめ合う。
「今日は、お家帰ろっか」
雨で冷たいはずなのに、俺の心はとても温かくなっていく気がした。
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