第15話 「俺がこの世界から消えた」
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考えをまとめて店を後にしたのはいいものの、この後のことを何も考えていない。
小雪に謝りたいが出て行ってから行方知らずだ。でも、まずやることは小雪を探すことだ。
そうして俺は、当てもないのに歩き出す。
それから、小雪を探して3時間くらいが経過したが見つからなかった。当てのない捜索をこれ以上しても、小雪を見つけることは難しいだろう。
そうだ。とりあえず、消えた望月さんを探す事にしよう。そうすれば、突然小雪が現れたことも何かわかるかもしれない。
もし、望月さんが見つからなくとも、詩乃や叶翔も学校に来ているはずだ。
みんなで望月さんを探した方が良いし、2人は望月さんの居場所について何か知っているかもしれない。
善は急げだ。俺は、まず学校に向かうことにした。
喫茶店から、5分ほど歩いて河口湖駅に着いた。駅の電子時計は、十五時三十分を指していた。
そんな時『ぐぅ』と俺のお腹が突然鳴る。そういえばお昼を食べていなかった。
俺は、お腹も空いたことだし、この前少ししか食べられなかった駅弁を買いにいくことにした。
「すみません。この、甲州名物豚味噌焼き弁当を1つください」
ショーケース越しの店員さんに、そう注文する。しかし、聞こえていないのか特に反応がない。
「あの。すみません」
大きい声で注文してみるが、やはり反応はない。何なんだ?仕方がないので、駅弁は諦めることにした。
「すみません、この弁当を1つ」
帰ろうと思っていたところ、すれ違いざまに来た別の人が店員さんに話しかける。
「シュウマイ弁当が1つですね。少々お待ちください」
店員さんが、笑顔で接客をしている。俺の注文は無視なのに…。俺は、気づかないうちに河口湖駅で出禁を食らうほどのことをやっていたのかもしれない。過去の河口湖駅での行動を振り返る。特に何もしていないよな。なんで無視されたのだろう…。まあいいか。
俺は『ぐぅぐぅ』となるお腹をさすりながら、河口湖駅を後にする。
そして、15分ほど歩いて学校に到着。喫茶店から30分ほど経って、やっと望月さん捜索作戦の開始だ。
とりあえず、一番居る可能性の高い場所に行こう。まずは、自分の教室を探すのが安定だろう。今は、時間的に授業中なので教室を探せば望月さんが居る可能性が高い。望月さんの席に、小雪が座っていたのは謎だが探すだけ探してみよう。
昇降口を抜け、学校の廊下を歩く。また途中登校だから教室では注目を集めるだろう。
1日に2回も地味に嫌なイベントが起こるなんて、今日はなかなかに最悪な日だ。とはいうものの、ついさっきもやったことだ。なんの抵抗もなくドアを開けて教室の中に入る。
今は、生物の授業中みたいだ。先生が、黒板に難しい記号をたくさん書いている。やはり、クラスメイトは授業に集中しているのか、俺には目もくれない様子だった。とりあえず、一度席に座って授業を受けながら探すことにしよう。
そんなことを考えていつもの席に向かう。
「あれ?」
しかし、いつも俺が座っている席にはなぜか別の生徒が座っていた。
確かに俺の席はここのはず…。新幹線の席を間違えるのはわかるが、学校の席を間違えるなんてことあるのだろうか。
「あの、ここ俺の席なんですけど…」
疑問に思った俺は、そう席を間違えている生徒に聞いてみたが特に反応はない。
さっきの騒がしい駅とは違って、教室は静かで聞こえていないなんてことはないはずだけど、駅での出来事といい今日はやたらと無視をされる。生徒は、俺のことなど気にせず黒板をノートに写し続けている。
「おーい」
少し腹が立ったのでイタズラしてやろうと思い、俺は、黒板が見えないように生徒の前に立ちはだかる。
しかし、その生徒は俺のことなど気にせず板書を続ける。なんでノートを書き続けられるんだ?俺が立っているから黒板は見えていないはずだ。その生徒は、俺の腹を見る形で板書を続けていた。俺は、そのノートを見て違和感を覚える。
ノートに書かれていた内容は、黒板の内容としっかり同じものだった。俺が黒板を見えないようにしているのにも関わらずだ。
その生徒は、そう、まるで俺が透明人間になったかのように、見えていないような様子だった。
どういうことだ…。いや、現実でそんなことが起きるわけない。姿が見えなくなるなんて、アニメや漫画でしか見たことがない。科学的にもありえないことだ。
今の状況に確証のつかない俺は、事実を確かめるために教壇に立ち思いっきり叫ぶ。
「俺の姿が見えているやついるかー」
誰も反応しない。やっぱり、俺の姿は誰にも見えていなかった。
視界が揺れる、息がどんどん早くなってくる。俺は、パニックで床に後ずさるように尻餅をつく。
そうだ、詩乃や叶翔俺のことがは見えているはずだ。今は、たぶん無視をされているだけだ。
俺は2人を探すためにクラスを見渡す。
いない。いない…。
望月さんは愚か、2人の姿もいつもの席にはなかった。それどころか、そこにも別の生徒が座っていた。
それによく見たら、クラスメイトも全員知らない顔だ…。
何もかもがおかしい。突然俺の姿は視認されなくなるし、小雪が現れて俺の知り合いは全員消えた。
俺は、自分のことが誰にも見えないという恐怖と不安で教室から飛び出す。
そうだ。あのマスターは、俺のことが見えていたはずだ。とりあえず俺のことが見える人のところに行こう。
見える人にあったところで、何の意味もないし状況は変わらない一方だという事はわかっていた。でも今は、誰にも認識されない不安でいっぱいだった。一心にあの喫茶店に向かって走る。
一心に走り続け、喫茶店についた俺は『バン!』とドアを勢いよく開ける。
「マスター!俺のことを見えていますか?」
いきなり入ってきて意味のわからないことを言いだすから、マスターは驚いた表情だ。
「先ほどのお客様。そんなに急いだご様子でどうしました?」
見えてる…。
「よかった…俺のことが見えているんですね」
「見えているかって当たり前ですよ。とりあえず、こちらの席に」
そう言って、マスターがカウンターの席に案内してくれる。とりあえず、見えている人がいて安心だ。
カウンターの椅子に腰かけて、前回のよりも甘いコーヒーを頼む。
「あの、マスター。突然人の姿が見えなくなるってあると思いますか?」
目の前のマスターにいきなりそう聞く。今は誰でもいいから話を聞いて欲しかった。
それに、俺だけではもうどうしようもない問題だ。
「姿が見えなくなる…ですか?」
「透明人間のように突然人が見えなくなったり、昨日までいた人が突然消えたり」
「少なくとも私はそのような体験をしたことがないので、なんとも」
「そ、そうですね。すみません。変なことを言ってしまって」
当たり前だ。こんな体験を現実でしている奴の方がおかしい。俺だって、まだ信じ切れていない。
でも、小雪が現れたのは現実であってほしい。だって、何年も探してやっと3年ぶりに会えたんだ。
これが現実じゃないなんて嫌だ。
「何か悩み事があるのでしたら、日記などに綴ってみると良いですよ。毎日の少しな変化も、何か解決につながるかもしれません。このようなアドバイスしかできず申し訳ないです」
日記か…。確かに、今の俺は考えることが多すぎるし、謎が入り浸っている状態だ。一度思考を整理するべきだ。
「こちらこそ、変なことを言ってしまってすみません。日記書いてみます」
毎日の些細な変化から解決策が見つかるというのも納得だ。こんな状況だ、起こったことは全て記しておくに越したことはない。
俺は、学校指定のカバンからいつも使っているメモ用のノートを取り出し、白紙のページに文字を書き込んでいく。
5月3日
小雪と再開した。3年ぶりだ。3年かけてやっと会えたんだ。
でも再開したはいいものの、喧嘩をしてしまった。小雪は、俺が姿を突然消したと言っていた。俺の記憶と食い違うことがある。
今日のことは明日にでも謝罪をして、事情を聞いてみようと思う。小雪本当にごめん。
そして、小雪が現れた代わりに、望月さん、それに詩乃と叶翔が姿を消した。
みんなが座っている席には、別の生徒が座っていた。俺の席も同様だ。でも、望月さんの席には移り変わるように小雪が座っていた。これに関してはまだ何とも言えない。わからないことが多すぎる。
そして次の問題は、俺の姿がマスターと小雪以外の人には見えていないことだ。まるで透明人間みたいに、その場にいないようになる感じだ。なぜかマスターと、小雪にだけは俺の姿が見えるらしい。心当たりは全くない。もう訳がわからない。
解明しなければいけない謎がたくさんある。明日からは苦労しそうだ。
そう綴って、ノートを閉じていつもの場所にしまう。これで無くさないはずだ。
とりあえず今することは、小雪と話し合うことだ。今すぐにでも会いたいが、どこにいるかがわからない。となると、今できることはもうないか。みんなが消えたこと、俺の姿のことは、今では解決する方法は思いつかない。
この件は、もう時間に身を委ねるしかなさそうだ。そのくらいに理解し難い問題だ。それに、もう疲れた。昼からご飯を食べていなかったからお腹かが空いた。
メニュー表を開くとこの店の名物のオムライスが、でかでかと記載されていた。すごく美味しそうだ。これにしよう。
「マスター、この特製オムライスを1つ」
「かしこまりました」
疲れている時は、美味しいものを食べれば元気になるものだ。
「こちら、特製オムライスになります」
15分後。美味しそうなオムライスが目の前に置かれる。
「いただきます」
今までのオムライスの中でも格別に美味しかった。お腹が空いているのもあるが、卵の焼き加減やチキンライスの味の濃さなどが洗礼されていた。長年の想いが詰まった味がする。
すごく美味しくて、オムライスをものの10分で食べ終えてしまった。
小雪はオムライスが大の好物だから、仲直りをしたら食べさせてあげたいと思った。あと、フルーツも沢山食べさせてあげよう。
また、あの笑顔を見たい。
お腹がいっぱいになって満足した俺は、あまり長居するのもよくないだろうと思い、コーヒーを飲み干して、会計をして店を後にする。
「ごちそうさまでした。また来ます」
マスターにそう告げお店のドアを開ける。
「はい。またお越しくださいませ」
外に出ると、日が沈み出し空は夕日でオレンジ色に染まっていた。
今日はずっと走ってばかりだったので、ゆっくりと帰路を歩き出す。
富士山駅に着くと辺りはすっかり暗くなっていた。
俺は、家に帰るなり寝室に直行する。制服を床に脱ぎ散らかして、パジャマに着替える。風呂は明日の朝入ろう。
昨日もこんなことを言っていた気がするが、疲れている時に風呂なんて入ってられない。
睡眠は3大欲求であり、風呂より優先順位が高いのだ。頭を空っぽにしてベッドに入り、布団を被る。
明日は、小雪に謝ろう。そう決めてゆっくり目を瞑る。
その決心は虚しく終わりを迎えるとも知らずに…
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